第七十話 外より中が気になるようですが
ミカゲはなんとも言えない表情になるが、俺の顔を見るとハッとなったように目を開き、そして強い眼差しを俺に向ける。そして俺に深く問いかけることもなく、他の傭兵に言われて厄獣の迎撃のために門の方角へと向かっていった。
それを俺は黙って眺めて見送る。俺とミカゲの会話が聞こえていたのか、走る傭兵の数人からはあからさまな侮蔑の顔を向けられたが、気にしなかった。
やがて、組合の中にいた傭兵のほとんどが出て行き、辺りは閑散とした雰囲気になっていた。
『……それで、どいういうつもりだよ相棒』
グラムの声には半ば呆れたような感情が込められていた。
『相棒のことだ。今更怖気付いたってぇわけじゃねぇよな』
「………………」
俺はグラムの言葉に答えず、人気の少なくなった王都の道をぶらりと歩く。
組合に向かう最中に見かけた兵士たちも、今はいない。厄獣の襲来で門の方に向かったのか。
俺はそのまま、キュネイの診療所へと足を運んだ。
「えっ、ユキナくん?」
俺が入るなり、キュネイは驚きの声を発した。出かける準備をしていたのか、彼女は薬を大量に収めたカバンを肩からかけている。
「どこに行くんだ、キュネイ」
「も、門の近くに野戦病院を作るからそこに……。厄獣との戦闘で怪我を負った傭兵や兵隊さんのためにって」
キュネイほどの腕の持ち主なら、確かに野戦病院の大きな戦力となる。協力を持ちかけられるのは当然だ。そして医者としての自負がある彼女なら、話を持ちかけられた時点で断るという選択肢はなかった。
「ユキナくん、ミカゲは? それにさっきの鐘だって」
「ミカゲは厄獣を迎え撃ちに行ったよ。俺は……このまま王都に残る」
俺の答えに、キュネイは先ほどのミカゲと同じように驚きの表情を浮かべた。
けれども、少しすると微笑んだ。
「そっか。……分かったわ」
キュネイはそう言って、俺の体を優しく抱きしめた。
「それがユキナくんの選んだことなら、私は何も言わないわ」
「悪い……。前線に出ないだろうけど、戦いの近くに行くんだ。気をつけてな」
「うん。ユキナくんもね」
そして、俺はキュネイを見送った。
『本当にいい女だねぇ、キュネイもミカゲもさ』
「ああ。本当に俺にはもったいないくらいだよ」
二人とも言いたいことがあっただろう。けれども、その上で俺の意思を優先してくれた。本当にありがたいことだ。
誰もいなくなった王都の道を歩く。
『……そんで、どういうつもりだよ相棒。いい加減にちゃんと説明してくれよ』
「特に、これといって深い理由があるわけじゃぁない」
俺が王都の内側に残ったのは、胸の中に生じた『引っ掛かり』が全てであった。
「あれだ、みんなと同じ事をするのってつまんねぇじゃん」 『いやいや、さすがにこの状況でその考えはどうかと思うぞ』
グラムと言葉を交わしながら、俺は王都の道を当てもなく歩き続ける。
耳を澄ませれば、遠くから戦いの音がここまで届く。門の外では王国の兵士と傭兵たちが、厄獣をここまでこさせないように命がけで戦っている。
ミカゲもキュネイも、己の本分を全うしようと頑張っているはずだ。
申し訳ないと思う一方で、俺はどうしても己の中に湧き上がる『不安』を無視できなかった。
「まぁ『つまんねぇ』ってのはさすがに言い方が悪かった。けどよ、みんながみんな同じ行動を取るのもどうかと思ってさ」
「……話が見えねぇ。話をぼかすのはそろそろやめてくれよ」
普段は俺が質問をする側なのに、今回はグラムが質問する側に回っている。それが少し新鮮でおかしかった。
根拠があるはずもなく、確信もない。
ただ、話を聞いていて漠然と感じたのだ。
──皆の目が、王都の『外』にばかり向けられていると。
「単純な話だ。誰か一人くらいは『外』じゃなくて『中』を見張る奴がいてもいいってことだ」
「あ……」
賭け事で言えば『大穴』といったところだな。
「言ってたじゃねぇかグラム。大量の厄獣が現れたのは、召喚魔法が使われてるって。でもってこいつは人為的なもの。人の意思が絡んでるってんなら──」
俺は言葉を切り、足を止めた。
辿り着いたのは、王都の中にあり多くの道が交わる広場。
誰も賭けないからこそ、高くなる倍率。
ありえないと思うからこその高配当。
外れたところで誰も損はしない。
だが、的中してしまったらどうなるだろうか。
配当金は、危機の重さといったところか。
大穴に賭けたやつは損をする。
この場合で言えば、他の傭兵からの評価が該当するだろう。
何事もなければ、俺への傭兵たちの感情は下落するだろう。元から低かったろうが、そこからさらに下がる。
俺が馬鹿にされる程度で済むなら構わない。心の中に生じていた『嫌な予感』を払拭できるなら儲けたものだ。
この大穴に全額を投じる必要があると。俺は判断したのだ。
──そして残念ながら、分の悪い賭けは的中してしまったようだ。
広場にそれがいた。
普段なら露天商が多く並び、王都の住人たちで賑わっているであろうその空間。
今は巨大な『魔法陣』が描かれていた。
そしてその中央には、ローブを着た人影が一つ。深く外套を被っておりその顔を伺うことはできない。けれども、明らかに尋常ではない雰囲気を纏っていた。
『おい、ヤベェぞ相棒……こいつは召喚魔法の陣だ!?』
グラムが警告する。それが『何』を召喚するためのものかは、この状況下においては問うまでもない。
「本当に面倒臭いことになりそうだ」
嫌な予感が現実となったことに、俺は辟易としてしまう。だが、現実から目を背けている場合ではない。
俺は背中の槍を引き抜き駆け出す。
駆け足でようやく俺の存在に気がついたのか、ローブを着た輩は驚いたようにこちらを振り向く。
──俺はそいつの脳天に、槍の穂先を叩き込んだ。




