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第六十八話 導火線が短いようですが


 ゴブリンを撃退した翌日の朝。


 キュネイの献身な治療のおかげで、重量増加エンチャントの反動で傷ついていた躰は完治した。おかげで存分に槍を振るうことができる。


 昨日の時点でかなりゴブリンを減らすことができたが、巣にどれだけ残っているのかは不明だ。それにまたトロールのような強力な厄獣がいないとも限らない。


「ユキナ様、こちらの準備は整いました」

「私の方も良いわ」


 ミカゲとキュネイの言葉を受けて俺は頷いた。二人とも昨日からの緊張感を程よく維持できていた。これなら油断することもないだろう。


 そしていよいよ巣の駆除に赴こうとしたその時だった。


 村から出ようとしたところで、ミカゲの耳がピクリと動く。


「……? ユキナ様、お待ちください。こちらに何か近づいてきています」


 ミカゲがある一点を見据えて目を凝らしている。その方角はちょうど、昨日俺たちがこの村に来た時の方角だ。


 しばらく待つと、遠くの方から二頭の馬に牽引された馬車が近づいてくるのを見つけることができた。


 やがて馬車が村の入り口までたどり着くと、荷台からぞろぞろと人が降りてきた。数にして十人ほどで、全員が武装した傭兵だ。


「よかった、間に合いましたか」


 馬車の御者がミカゲの顔を見るなり安心したように胸を撫で下ろした。


 一応、御者にはギルドに急を要する知らせだと伝えてはいたが、こんなに早く増援がくるとは思ってもみなかった。


「銀閃、ギルドからの要請だ」


 傭兵の一人がそう言って丸められた書類を取り出した。封蝋はギルドの正式な書類であることを証明している。


 眉をひそめつつもミカゲは書類を受け取り封を切る。俺とキュネイはミカゲの両側から書類に目を通した。


『銀閃殿。緊急事態により、現在の依頼をこの書類を届けた傭兵へと引き継ぎ、大至急王都に戻られたし』


 初っ端から只事ではない雰囲気が臭ってきている。


 そして、最後にはこう書かれていた。


『王都に厄獣の大群が接近中。ギルドの権限により、銀閃はこれに対する迎撃作戦の参加を命ずる』

「な──っ!?」


 ミカゲは目を大きく見開き絶句した。


「ユキナくん、これって」

「なんだかキナ臭くなってきたな」


 俺とキュネイは顔を見合わせた。


 話には聞いていた。


 傭兵は階級が上がれば上がるほど多くの報酬を得ることができるが、それは同時に危険な依頼を受けることの引き換えでもある。


 そして、大きな危機的問題が発生した場合、ギルドには強制的に傭兵を依頼へと参加させる権利を行使することがある。


 それが、ミカゲの今の状況だ。


「そこに書いてある通り、後の仕事は俺たちが請け負う。銀閃はこの馬車に乗って急いで王都に向かってくれ」

「……わかりました」


 それからミカゲは引き継ぎのために、この村で起こった事実を簡潔に傭兵へ伝えた。想定以上の深刻な状況だったことに傭兵は驚いていた。


「ゴブリンの多くは昨晩の時点で潰しましたが、巣にどのくらい残っているかは不明です。もしかするとトロールのような強力な個体がいる可能性もあります。たかがゴブリンなどと油断せぬよう、十分に注意してください」

「了解した。あの銀閃がそこまで言うんだから、本当マジなんだろうよ。皆に伝えておく」

「お願いします」


 伝えるべきことは伝え、ミカゲはギルドからの書類をしまうと俺に目を向けた。


 その瞳には何かを期待し、それでいてそれを押しとどめるような自制が宿っていた。


「ユキナ様……」

「みなまで言うな。俺も一緒に行くに決まってんだろ」

「……ありがとうございます」


 主として俺を慕いながらも、その俺を危険な状況に連れて行くことへの罪悪感。そしてそれ以上の嬉しさが彼女の顔に浮かんでいた。


 俺としても惚れた女を一人で危ない場所に送るほど、人として腐っているつもりはない。


「そうと決まれば早く行こうぜ。っと、キュネイは」

「ここまで来て、今更置いて行くなんて言わないで」

「だよな」 


 心情的にはともかく、戦力的な意味で回復要員キュネイがいてくれるのは非常にありがたい。


『きばれよ相棒』


 もとよりそのつもりだ。何があっても守り通す所存だ。


 話はまとまったものの、それはあくまでも俺たちの中だけだ。はたで聞いていた傭兵は違った。


「ちょっとまて。まさかそこの腰巾着を連れて──」

「──誰が誰の腰巾着だと?」


 傭兵が待ったをかけようと口を開いたが、その言葉が強制的に封じられる。ミカゲが目にも留まらぬ速さで腰の刀を抜き、その刃を傭兵の首元に添えたのだ。


「ひっ!?」

「もう一度聞こう。誰が腰巾着だと?」


 悲鳴をあげる傭兵。ミカゲの目が完全に座ってらっしゃる。ほんの少しだけ刃を動かしただけで、傭兵の頭と胴体が泣き別れしそうである。


「……もしかして、ミカゲってかなり短気?」

「冷静沈着に見えて、あれで案外直情的だからなぁ」


 キュネイがミカゲの凶行に顔を引きつらせる。俺は額に手を当て、やれやれと首を振ってからミカゲに言う。


「ミカゲ、やめろ」

「──分かりました」


 不承不承といった風に、ミカゲは刀を鞘に戻した。傭兵は息を荒く乱しながら己の首を何度も手でさすり、繋がっていることを確認する。


「我が主への侮辱はすなわち私への侮辱にも等しいと知りなさい。次に同じようなことを口にすれば、今度は止めません」


 殺気を含んだミカゲの警告を叩きつけられ、傭兵はカクカクと頷いた。


「それと、勘違いをしているようなので教えておきましょう。先ほどの話に出てきたトロールですが、あれを討ったのは私ではなくユキナ様です」

「はぁっ!? け、けどそいつはまだ四級だろ!」

「傭兵の階級など、真にその人の実力を測るに足るものではありません。それとも、私が嘘を言っているとでも?」


 もう一度ミカゲの目が座ると、傭兵は首をブンブンと横に振った。もう一度、首が胴体から離れる恐怖は味わいたくないそうだ。


「こんな者に構っている暇などありません。早急に王都に向かいましょう」


 ミカゲの言葉に頷き、俺たちは傭兵たちをここまで運んできた馬車に乗り込む。ミカゲと傭兵とのやり取りを見ていた御者がおかなびっくりといった風ではあったが、俺たちが乗るのを確認すると馬車を出した。


 未だ自身の首元を押さえながら、呆然と離れていく馬車おれたちを見送る傭兵。それを眺めてから、キュネイが心配そうな顔で俺たちに向き直る。


「あれ、あのままでいいの?」

「ユキナ様を侮辱したのですから、当然の報いです」

「いや、そうじゃなくて」


 キュネイはミカゲから俺へと視線を移す。俺はせいぜい、肩をすくめる程度の返ししか思いつかなかった。


 別にどう噂をされようが構わないし、見ず知らずの傭兵を相手に言い訳を重ねるのが手間である。


 とはいえ。


「ミカゲ」

「申し訳ありません、つい……」


 いや『つい』じゃねぇよ。


 先走った己が叱られると思っているのか。耳を垂れてシュンとしているミカゲの頭に、軽く手刀を振り下ろす。


「はうっ」

「俺ぁ別に誰に何と言われようと構いやしないが、積極的に悪評を広めるほど変態じゃねぇぞ。ああいうのはほどほどにしてくれ」

「……わかりました。以後、気をつけます」


 落ち込んでしまったミカゲの頭を、今度は撫でてやる。ついでに耳をフニフニしてやるとむず痒そうな顔になるが、罰だと思って存分にモフモフしてやった。


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