side braver 2
勇者視点のお話パート2
──僕は謁見の間にいた。
王城はまさに、一国の主が居を構える威風堂々とした場であった。。
街の端からでも見えるほどの巨大な建造物。中に入ればまさに豪華絢爛といった具合。見たこともない絵や芸術品が所々に置かれており、その中を歩く僕はまさに借りてきた猫のようであっただろう。
僕は王と会うための場所に通されていた。
さすがにこの場には僕一人というわけではない。ペインさんと他数名の教会の人間が同席してくれている。
王侯貴族への礼儀作法など知る由もない僕は、ペインさんたちの真似をして玉座に対して膝を屈し、ひたすら来たるべき人物を待つ。
──不意に、僕の脳裏につい数時間前の出来事が再生された。王都に着いた途端、ユキナが馬車から飛び降りてしまった場面だ。
「まったく、困ったご友人ですな、彼は」
「あははは……」
ユキナが飛びだした開きっぱなしの扉を閉め、ペインさんが溜息と共に咎めるように言った。僕は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
王都に向かう道中での会話で〝勇者の付き添い〟がユキナにとっては事のついでであるのは察していた。けれど、こうもあっさり単独行動に出るとは思っていなかった。てっきり、王様との謁見にまでは付いてくると思っていたのだ。
村人──庶民にとって、王族は雲の上の存在だ。遠くから目にする事はあっても、間近で会うことなど一生に一度あるかないか。
万人にとっては貴重な体験であっても、ユキナにとってはさほど興味が無かったみたいだ。
そういえば、ユキナは時折教会の人と話をしていたようだ。もしかしたら、彼が王都に来た理由に関係しているのかも知れない。機会があれば話し相手になっていた人に問うのも良いかもしれない。
「彼を如何しますか? 人混みに紛れてしまえば探すのは容易ではありませんが……」
「仕方がありませんよ。王様との謁見にはユキナ抜きで向かいます」
本音を言えばユキナには王様との謁見まで一緒に付いてきて欲しかった。この国を治める最も位の高い人が、僕を勇者と認める光景を彼に見て欲しかった。
ただ、あの人はとことんマイペースだけど、逆を言えば己のペースを崩されるのを何よりも嫌う。無理に連れて行こうとすればユキナが頑なに反抗するのは目に見えていた。
「……よろしいので?」
「大丈夫ですよ。教会の人たちは良い人たちばかりですから。あなたたちが居てくれれば、王都暮らしでも心強いです」
「勇者様にそう言っていただき、我ら教会として感激の至りです」
教会の人たちがいい人たちばかりなのは、王都に向かう道中で理解できた。勇者として選ばれはしたが、たかが田舎の若者である僕に親切に接してくれた。彼らがいてくれるなら、ユキナがいなくても心細い思いはしないで済みそうだった。
「王がいらっしゃいました。皆様、失礼の無いようお願いします」
城の勤め人が王の来訪を告げ、僕の意識が現在に引き戻された。
僕たちが頭を下げてその時を待っていると、やがて屈強な鎧を纏った兵士を連れた一人の男性が現れた。
おそらく、先頭を歩く人が僕たちの待っていた人なのだろう。
顔を伏せたままでは、その人の足下しか見えない。なのに、彼が現れた途端に謁見の間の空気が張り詰めたように思えた。顔は下に向けたまま少し背後を見ると、教会の人たちの表情も強ばっていた。
「教会の者たちよ、ご苦労であったな。皆、面を上げよ」
許しが出て、僕たちは顔を上げた。
姿を見たのはこれが初めてだけれども、間違いない。彼こそがこの国を治める王ベルンストだ。
装飾に彩られた衣装を纏いながらも、その内側にある屈強な肉体が見て取れる。その威風堂々とした姿はまさに、この国の支配者の証明であろう。
ペインさんが口を開いた。
「国王陛下。貴重なお時間を頂き、まことにありがとうございます」
「よい。我が国アークスにとって──延いてはこの世界にとって重要な事だ。その為に時間を割くのは当然のことと言えよう」
そして、ベルンスト王の視線が僕を射貫いた。王の鋭い眼光に僕の背筋が震えた、
「そなたが勇者か」
「は、はい国王様……。レ、レリクスと申します」
ちゃんとしなければいけないと分かっているのに、心臓の動悸が激しすぎて口元が覚束ない。頭の中が段々と真っ白になっていくようだ。
あからさまに動転している僕に、ペインさんが助け船を出してくれた。
「陛下。勇者様は先日までは何も知らないただの村人でした。多少のご無礼はお許しください」
「その程度は私も弁えている。世界を救う運命にある者に対して、事細かく礼儀を問うつもりはない。立場的にはむしろ、私の方が跪くべきなのだからな」
世界を救う運命──王の言葉を聞いて僕はハッとなった。
僕はやがて世界の脅威となる『魔王』と戦わなければならないのだ。一国の王相手とはいえ、肩を震わせているだけでは到底そんな大業は成し遂げられない。
「王という立場であるが為、安易に人へ頭を下げるわけにはいかん。だが、こちらも無礼を承知で聞こう」
王の言葉を耳にし、躯の震えが徐々に収まってくる。
「伝承によれば、魔王は強力無比な力を秘めているという。それこそ放置すれば世界を破滅に導くほどだという」
僕は拳にぐっと力を込めた。
「──勇者レリクスよ。そなたに、魔王に立ち向かう覚悟はあるか?」
その問いかけに、いつしか震えは止まっていた。
自然と、そんな口が開いていた。
「……それが僕の運命であるならば」
僕は神に選ばれたのだ。ならばその運命に従い、魔王を打ち倒さなければならない。いつまでも、村人の気分に浸っては居られない。
僕の決意に王は頷いた。