第六十七話 謎が残ったようですが
グラムの指摘通り、頭を倒されたゴブリン達は先ほどまでの狂気的な攻めの姿勢を保てずに総崩れになっている。これまでの一斉に襲う、絶えずに攻め続けるという行動が一切取れなくなっていた。
元からゴブリンなど束になって襲ってきても余裕だったのだ。体力は消耗していたとしても、集団としての強みを失ったゴブリンなど相手になるはずもない。
「……これでとりあえずは大丈夫。でも、あくまでも応急処置だから無茶はできないわよ」
「いや、十分すぎるくらいに助かった」
ミカゲにばかり任せてもいられない。キュネイの魔法のおかげで動ける程度には回復した。躰の節々がギシギシと軋む感覚は抜けきっていないが、ゴブリンを相手にするならさほど問題はない。
「まったくもう、無茶ばっかり。……帰ったら覚悟しておいてね」
これはいつも以上に絞られることを覚悟しなければならないな。嬉しいやら恐ろしいやら。
「そのためにもまず、無事に帰るために頑張らんとな。──魔刃よ、来い!」
左手の聖痕から黒光が発せられ、グラムが手元に現れる。
『呼ばれて飛び出て俺ちゃん参上! にしても相変わらず相棒は無茶苦茶だな! 俺が女だったら惚れそうだぜ!』
そういうのは良いから。まだ仕事は残ってんだから真面目にやれ。
『ノリの悪いことを言いなさんな。相棒はもうちょっと俺を労っても良いんだぜ?』
……もしかして、トロールの頭に投げた槍がピタリと命中したのって。
『そうそう、俺のおかげよ。相棒には今まで黙ってたけど、実は俺単体でも少しは動けるんだなこれが』
言われてみると、黒槍を扱っている際に時折に『引っ張られる』ような感覚があったな。今まではずっと気のせいだと思っていた。
『つっても、軽く服をつまんで引っ張るくらいの力だけどな。だから今のも、多少の軌道修正をしただけで八割方は相棒の技量よ。そこは誇っても良いぜ』
褒め言葉を受け取りながら、俺は槍を支えにして自身の躰を立て直した。
「さ、もう一踏ん張りだ。いくぜ!」
──それから少しの時間を要して、俺たちはゴブリンを撤退にまで追い込むことができたのである。
建物の被害こそかなりのものであったが、人的な意味で言えば最小限の犠牲に留めることができたといえる。
もちろん、それなりの死傷者は出ており素直に喜ぶことはできなかったが、それでも村の住人からは感謝の言葉をもらえた。それが救いと言えば救いだろう。
その日の夜。打ち壊された家の中でかろうじて原型をとどめている一軒を、村人の好意で拠点代わりに貸してもらえたのだ。明かりを炊き、俺は改めてキュネイの治療を受けながらミカゲと話をしていた。
「にしても、あの規模はちょっと異常すぎんだろ。予想の五倍くらいいたぞ」
「ええ、私も驚きました。まさかあれだけの数がいようとは……」
戦っている最中は無我夢中であったが、思い返すとゴブリンの数が多すぎた。戦いの中心となった村の境界付近には、一箇所に集められたゴブリンの死体がうずたかく積もっている。
討伐証明であるゴブリンの耳は剥ぎ取りが終わっており、あとは村人に死体を集めてもらって燃やしてもらう。あのまま死体を放置しておくと肉が腐り、疫病の原因となるからだ。
「……ユキナ様、これはやはり異常な事態かもしれません」
「さっきからそう言ってるだろ」
「いえ、違うんです。そういう意味ではないんです」
ミカゲは顎に手を当てると神妙な顔つきになっていた。
「確かにユキナ様がおっしゃっていた通り、傭兵のゴブリンに対する認識の甘さは否めません。ですが、それはこれまで特に問題が起こっていなかったからです」
「ちょっと話が飲み込めないんだが?」
ミカゲに説明を求めようとするが、先に答えたのは俺の腕に包帯を巻き終えたキュネイだった。
「確かお国の兵隊さんたちが定期的に王都近辺の厄獣の掃討を行ってるはずよ。この近辺もその範囲内じゃなかったかしら?」
「そうです。ごく一部を除き、金や名声を求めて活動している傭兵とは違い、軍の存在意義は国家の秩序と平和を保つこと。そんな彼らがゴブリンの持つ危険性を知らぬわけがありません」
考えれば当然の話だ。
厄獣は人間社会にとって常に付きまとう問題。国としてその対処を傭兵にだけ任せるはずがないか。
勇者の遠征活動だって、あいつに経験を積ませる意味もあったが、放置されていた問題の解決という面もあったはず。
これまでは定期的に国軍が厄獣を潰してきたからこそ、巣が出来上がるようなこともなかったと。
「あれ? だったら犬頭人の厄獣暴走はどう説明すんだ?」
「あの森は傭兵が頻繁に出入りする場所なので、その管理は傭兵ギルドにほとんど一任されています。とはいえ、緊急時には国軍が出張ることもありますが」
俺の与り知らぬところでは、厄獣暴走の一件でギルドは国から相当責められたらしい。一時は管理の権限をギルドから取り上げ、国が管理するというところまで発展したようだ。
「ユキナ様の昇級試験にコボルトの掃討が選ばれたのも、国から要請されてやむを得ずだったようです。跳ね除ければ、それこそあの森の管理権限は国に移っていたでしょう」
「あの森は新人の傭兵たちにとっては生活の糧だもの。お国から厳重注意された手前、しばらくは従うしかないでしょ」
キュネイはあの試験の外部協力者として参加しており、裏方ということでその手の話は耳に届いていたらしい。
ギルドの問題はとりあえずここまでにして、話を戻す。
「ユキナ様。ゴブリンが巣を作りあの規模まで膨れ上がるのにどれほどの時間がかかるのですか?」
「そんなの知るかよ。俺は学者でもなんでもないんだから」
傭兵よりかはゴブリンの危険性を知ってはいるが、その詳しい生態まで聞かれても困る。
「そういえば……」
何かを思い出したか、キュネイが口を開いた。
「ゴブリンを追い返した後、改めて村の人たちに治療を施してた時に聞いたけど、この森の近辺でトロールなんて見たことがなかったって」
「そりゃそうだろ。あんなデカブツを見つけたら、ゴブリンなんぞよりよっぽど大問題だって」
今回に限っては出落ち感が否めないが、通常であるならばそれこそ早急に依頼を出さなければならない案件だ。というか、見かけてたらそれこそ傭兵への依頼書に記載されていただろうに。
「……お待ちください。でしたら、あのトロールはどこからやってきたのですか?」
「そりゃ、ゴブリンと一緒にどこからか流れてきたんだろ」
ゴブリンは決まった生息地を持たない。群れが生存できる食料がある場所でならどこでだって繁殖を始める。
「確かにその通りなのでしょうが、そうだったら今頃この村は壊滅していたはずです」
トロールがゴブリンを率いる例は数多くあるが、拠点を作ってから準備を終えて人間の生息域に攻め込むなどという話は聞いたことがない、とミカゲが話した。
「そんな回りくどいことなどせず、トロールはゴブリンを率いてこの村を蹂躙していたでしょう」
言われてみると確かに。
ゴブリンが巣を作っていたのは村を攻め落とすための拠点を構築する為だ。
逆を言えば、村を攻め落とすに必要な条件が揃っていれば拠点を作る必要もなかった。トロールがいる時点で条件は満たされていたのだから。
「……なんだか、話せば話すほど謎が深まっていくわね」
キュネイの言う通り、この一件は当初に思っていた以上に根深い『何か』があるのかもしれない。それこそ、俺たちが思いもよらない事態が眠っていると思わされる。
「とりあえず、明日の朝になったらゴブリンの巣を叩くぞ。話はそれからだ」
まずはきっちり仕事を終わらせることに集中しよう。俺たちが今あげた疑問は余さずギルドに報告すれば、後はそちらに任せればいい。
──ところが、事態は予想していたよりも遥かに悪い方向へと進んでいたことを、俺たちはこの時知る由もなかった。




