第六十六話 出落ち感が否めないようですが
姿はゴブリンをそのまま大きくしたような風だ。ただ、ゴブリンよりも発達した牙と太い手足。それに、手には身の丈にふさわしい大きな木の棍棒が握られている。
「トロールです。どうやらあれが、この集団を統率しているようですね」
グラムの言う『ボス』の存在には気づいていたのか。ミカゲは巨体の厄獣が現れても冷静であった。ただ落ち着いているのは言葉だけであり、その表情はやはり険しい。
「強さ的にはどうなんだよ」
「知能で言えば、ゴブリンよりも多少ですが上。ですがそれ以上に、膂力で言えば比べ物にならないほどです」
そりゃあのデカさだ。手にしている棍棒を自在に振るえると考えれば相当な腕力だろうよ。
「相手できるのか?」
「トロールだけであれば私一人でもどうとでも。しかし、それに加えて集団で攻められると不安が残ります」
最初よりも大幅に数は減ったが、それでもまだまだゴブリンは多くいる。コボルトキングと相対した時は、その手下の横槍のせいでミカゲは危機に陥っている。その記憶がまだ彼女の中に根強く残っているのだろう。
『正直な話、この状況を二人で乗り切るのはちと厳しいな。雑魚を相手にできるやつがもう一人いてくれりゃぁどうにかなるだろうが』
ボスの登場で活気付いたのか、ゴブリン達が奇声をあげて突っ込んできた。トロールを相手にする前にそいつらを迎え撃とうと槍を構えるが、それを振るう前にゴブリンの数体が倒れる。その躰にはナイフが突き立っていた。
「ユキナくん! 加勢するわ!」
教会の扉から姿を現したキュネイの投げたものだ。
「キュネイ! 怪我人はもう良いのか!」
「重症患者は一通り治療は終わったわ。あとは私がいなくても大丈夫だから町の人に任せてきたの」
指の間にナイフをつかんだキュネイが俺の側で身構える。
『こりゃちょうどいい。ミカゲに親玉を任せて、相棒とキュネイで雑魚を相手にすりゃバランスはとれらぁ』
「………………いや、もっと手っ取り早い方法がある」
『相棒?』
キュネイが来てくれたおかげで、一つ思いつく。彼女の姿を見た瞬間に閃いた。
「ミカゲ。疑問は後にして率直に答えろ。トロールとコボルトキング。どっちが硬い?」
「え? ……そ、それはおそらく、コボルトキングの方が上かと。ですが、トロールの筋肉は分厚く相応の強度を秘めています。言うほど差があるわけでは──」
疑問符を浮かべつつも、ミカゲは俺の質問に答えた。
確認ができたら、あとはやるだけだ。
「キュネイ、今からちょいと無茶する。フォローを頼んだ」
ミカゲと同じく「え?」とキュネイが声を発する。それに構わず、俺は順手に持っていた槍の柄を逆手に持ち直した。
『……おい相棒、お前まさか』
「おう、そのまさかだよ」
グラムも俺の思惑を悟ったようだ。
良い加減にうんざりしてきたのだ。これだけの数の厄獣を相手にするのは気も滅入ってきた。そろそろ終わらせたい。
このゴブリンの集団はトロールが率いているという。
言い換えればトロールさえ仕留めてしまえば良い。グラムもそう言っていたではないか。
「重量増加!」
一歩を踏み込むと同時に槍の質量を一気に増大させる。踏みしめた地面が音を立てて陥没する。槍を支える躰や腕が悲鳴をあげるが、それらを一切無視し俺は振りかぶる。
「ぶちぬけぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は超重量を秘めた黒槍を、トロールにめがけて投擲した。
空を貫き、山なりに飛翔する黒槍。
トロールの目にも俺が投げた槍が見えたのか、持っていた棍棒を振りかぶる。人間の投げた槍など簡単に弾き返せると低い知能で判断したのだろう。
黒槍はトロールの振るった巨大な棍棒をたやすく粉砕し、その脳天をも吹き飛ばした。
頭部を失ったトロールはそのまま数歩前に出るが、やがて音を立てて倒れ伏した。
ゴブリン達は状況が飲み込めなかったのか。倒れたトロールを見て呆然としていた。こうもあっさりと己達の頭目が死ぬとは考えもしなかったのだろう。
「「…………」」
それはこちらも同じだったようだ。ミカゲもキュネイも何が起こったのか受け入れられず、立ち尽くしていた。
──ビキリッ。
「いっでぇぇぇぇぇっっっ!!」
全身から伝わって来る激痛に俺は悲鳴をあげた。耐えきれずに膝を屈する。
コボルトキングの心臓を撃ち抜いた時とほぼ同じ質量の黒槍を投げたのだ。反動でこうなることは当然の帰結。覚悟していたとはいえ、やはり痛いものは痛い。それでも、意識をしっかり保てる程度には躰が無事なあたり、俺も成長していたようだ。
それに、胴体の一部に当たれば良いと考えていたのに、まさか頭を吹き飛ばせるとは思いもしなかった。密かに槍投げの特訓をしていた成果が出たのは僥倖だ。
「ゆ、ユキナくん!?」
慌ててキュネイが俺に駆け寄り躰に手を添えると、目を見開いて驚いた。透視を使ったのだろう。
「これは……?」
コボルトキングと決着をつけた時、俺の躰は内側からボロボロになっていた。あの時に比べれば遥かにマシではあるが、それでも似たような雰囲気を感じ取ったか。
「きゅ、キュネイ……頼む」
こんな無茶をしでかしたのも、医者であり回復魔法に秀でたキュネイがいればこそだ。
「──治療」
恋人として医者として、言いたいことはあるかもしれない。それでも周りの状況を考えたキュネイは険しい表情ながらも治療魔法を使う。キュネイの手から発せられる光が俺の躰に染み込んでいき、強烈だった痛みが和らいでいく。
後は──。
「ミカゲ!」
「──ッ、承知!!」
ほんのわずかに余裕を取り戻した俺は、未だに動こうとしない銀狐の剣士を叱咤する。耳と尻尾をピンと立てたミカゲはカタナを構えると未だに動揺から抜け出せていないゴブリン達に向けて突っ込んでいった。
数日前からアルファポリスの方で新作を出しました。
今回はちゃんと区切りがつくまで書きだめがあるので『終わる終わる詐欺』にはならないのでご安心を。
題目は
『転生ババァは見過ごせない! 〜元悪徳女帝の二週目ライフ〜』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/306167386/626255038
ナカノムラ作品初となる女性主人公です。
よろしければこちらもお楽しみください。




