第六十四話 わらわらといるのですが
村へと辿り着くと思っていた通りの──そして最悪の光景が広がっていた。
いたるところから破壊の音が鳴り響き、どこからか悲鳴が響いている。燃えている民家もあり、倒れて動かなくなった人間の姿があちこちにあった。
「酷い……」
キュネイが口元に手を当て、震えた声を漏らす。ある程度の覚悟していたとはいえ、実際に悲惨な現場を目の当たりにすれば彼女の反応も当然だろう。
けれども、今は優しい声を掛けている場合ではない。
「キュネイっ、行くぞ!」
「──っ!? は、はい!!」
俺は鞘から槍を引き抜くと、キュネイを伴って村の中へと走り出した。
グラム、索敵と誘導を頼む!
『あいよぉ! とりあえずそこの建物の陰からゴブリン三つ!』
忠告通り、すぐさま小人のような厄獣──ゴブリンが現れた。ほとんど丸裸に近い格好で腰にボロ切れを巻いている程度。手には刃こぼれした剣が握られている。
俺たちの姿を確認し、ゴブリンたちは手にしていた武器を構えようとするが、それよりも先に俺の振るった槍がゴブリンの胴体を薙ぎ払った。
『今度は反対側からだ!』
俺は更に襲ってくるゴブリンを迎え撃とうと槍の穂先を向けようとするが、それよりも早くにゴブリンが悲鳴をあげて倒れた。眉間にはナイフが突き立てられていた。
キュネイの方を向けば、彼女がナイフを投擲した格好のままで佇んでいた。
「言ったはずよ、足手まといにはならないって」
声は震えていたが、恐怖よりも強い怒りの感情が宿っていた。医者としての矜持が恐れを上回ったのだろう。
グラム、この辺りに生存者は?
『生きてる人間はいねぇな』
それはつまり、見渡す範囲内で倒れている人間は、すべて息絶えているということだ。思わず槍を握る手に力がこもった。
『不幸中の幸いと言っていいかは不明だが、この規模の村にしちゃ死体の数は足りねぇ。おそらくは、襲撃を受けてまだ間もないはずだ』
ってことは、まだ生存者がいるってことか。
『ああ。村の中央部にまだ生きてる人間が残ってる。けど、そいつらを狙ってるのか、ゴブリンどもも中央に集まってきてる。先行してたミカゲもそこだ』
わかった。とりあえず村の中央を目指すのが先決だな。
「キュネイ、村の中心地に向かうぞ。多分生きてる人間の多くはそこにいる。残念だけど」
「……ええ、わかってる」
てっきり、倒れている人間の治療に行くと思っていたのに、キュネイは悔しげに答えた。
「ここにいる私たち以外の人からは精気が感じられないから……」
そうか、彼女は淫魔だ。その感性が付近に生存者がいないことを察していたのだろう。
「行きましょうユキナ君。助けられなかった人たちのために、一人でも多くの人を助けるの」
「ああ、その通りだな」
キュネイは俺の思っていた以上に強い女性だった。彼女の強い決意を無駄にしないために、俺たちは再び駆け出した。
村の中央へと向かう道すがら、度々ゴブリンと遭遇するが幸いにも一度に襲ってくる数は少数。出会い頭に槍を振るって屠り、それで逃した分もキュネイがナイフで急所を狙い射って仕留めていく。
おかげでさほど手間取ることなく村の中心地にたどり着くことができた。
少し開けた空間で、その中央には古びた教会が建っている。ミカゲはその扉の前で、群がるゴブリンを次々に斬り伏せていた。すでに周囲にはかなりの量のゴブリンの亡骸が散乱していた。
生存者は教会の中か。ここからミカゲの間にもかなりの量のゴブリンがいるが、迷っている暇はなかった。
「突っ切るぞキュネイ!」
「了解!」
俺はキュネイを伴い、ゴブリンの囲いに突貫した。
「重量付加!!」
俺の詠唱に応じて黒槍の重量が大幅に増す。その重みを力づくで制御し、強引に薙ぎ払う。槍の届く範囲に存在するすべてのゴブリンが超重量の槍に巻き込まれ吹き飛んで行った。
「まだまだいくぞぉ!!」
視界に映るゴブリンを片っ端から吹き飛ばし突き進む。背後からの強襲にゴブリンたちはまだ動揺している。その隙をつき、俺たちは囲いを突破しミカゲとの合流に成功した。
ゴブリンたちは新たに登場した俺を警戒したのか、攻めてこようとはしない。その間に俺たちは言葉を交わす。
「ミカゲ、無事か?」
「こちらは問題ありません。生き残った村人はこの中です。私がここにたどり着いた時には、扉が破られる寸前でした」
彼女を先行させたのは間違いなかったようだ。少しでも遅れていれば、今頃はもっと犠牲者が増えていただろう。
ミカゲは切っ先をゴブリンに向けつつ、キュネイに言った。
「キュネイ。教会の中に入って怪我人の治療をお願いします。中には一刻を争う人もいるようです」
「わかったわ。……二人とも、気をつけて」
キュネイは俺とミカゲに回復魔法を施してから教会の扉を叩き、自らが医者であることを名乗る。少しだけ扉が開かれ、中にいた村人がキュネイの姿を確認するとすぐに中へと招き入れた。
それを見届けてから、俺とミカゲは改めてゴブリンの囲いに目を向ける。
「ユキナ様が迅速に行動を起こしていなければ、村人たちは皆殺しになっていたでしょう。相手がゴブリンであると甘く見ていた、己の未熟を恥じ入るばかりです」
「そのあたりの後悔は目の前の厄獣を全滅させてからいくらでもすりゃぁいい。今は生きてる人間を生かすことだけ考えろ!」
僅かに目を伏せるミカゲに俺は叱咤する。それを受けたミカゲは腹を括ったように目の前の厄獣を睨みつけた。
『さぁ相棒、まだまだくるぜ! こっからが本番だ!』
グラムの言う通り、この場所に続く道のいたるところからわらわらとゴブリンが集まってきた。村の付近にできた巣は、想定していたよりも規模が大きいようだ。
──これはちょいと長引きそうだ。
俺は気合を入れ直し、雄叫びを上げながら襲いかかってきたゴブリンをミカゲとともに迎え撃つのであった。




