第六十三話 凄みがあるようですが
──王都を発つ前、俺は鍛冶師の爺さんのところへ向かった。
ゴブリンの巣が洞穴であることを考えると、動ける空間には限りが出てくる。
狭い洞穴内では長さのある槍では取り回しが悪い。爺さんのところで厄獣を相手にできる小回りの効く武器を仕入れる必要があった。
爺さんに事情を話し、急ぎ武器を用意してもらう。相手がゴブリンということでミカゲと同じように怪訝な顔をされたが、俺の剣幕に事の深刻さを察してくれたようだ。
用意されたのは肉厚で無骨な大ぶりの鉈。俺好みの、余計なものを一切省いた実用一点張りの品だ。これなら洞窟の壁面にぶつけてもちっとやそっとじゃビクともしないだろう。
「坊主。こいつも持ってけ」
早速店を出ようとした俺に、爺さんが何かを差し出してきた。鞘に入った一振りの短剣だ。
「こいつは?」
「御守りみたいなもんだ。坊主は何かと面倒ごとに首を突っ込みたがる。俺としちゃぁお得意様に死なれると困るからな。予備の武器を持ってるにこしたこたぁないだろ」
「この店は趣味でやってたんじゃないのか?」
「うるせぇ。いいから黙って受け取れ」
「はいはい」
言われるがままに俺は短剣を受け取った、よくよく見ると、柄や鞘に施された装飾はなかなか凝った造りになっている。試しに鞘から少しだけ刀身を抜くと、相当に質の良い品だとわかった。間違いなく、先に受け取った大鉈よりも格は上だな。
「お得意様にプレゼントする特典品にしちゃ、随分と高そうだな」
「いいからさっさと行け。急いでるんだろ?」
腕を組み、ふんすと鼻を鳴らす爺さんに促されて俺は店の出口に向かう。
「坊主」
「今度はなんだ?」
爺さん呼び止められ、振り返ると威圧感さえ伴っていそうな眼光に射抜かれた。
「その短剣、折ったり刃こぼれするのは構わんが……絶対に無くすなよ。もし無くしたら承知しねぇからな」
「お、おう。わかった」
いつになく真剣な爺さんの迫力に押され、俺はおずおずと頷き店を後にしたのであった。
──そして、依頼を受けた翌日。
急ぎ準備を終えた俺たちは依頼を出した村へと、日の出とともに出発した。徒歩でも問題ない距離ではあったが、時間が惜しかったので馬車を馬と御者ごと借りる。依頼料から考えると、馬車の借用費で完全に赤字になるが今回は人命が掛かっている。幸い、普段からコツコツと依頼の報酬を貯金していたので懐具合はさほど痛まなかった。
「──で、やっぱり来るのか?」
「ここまで来て送り返されたら、逆に困っちゃうわよ」
王都を出発して数刻が経過。日もすでに上がっている。揺れる馬車の荷台で、俺は前に座る女性──キュネイに聞いた。装いは医者を表す白衣。けれどもその内側に着込んでいるのは普段のような扇情的な格好だけではなく、その上に急所を守るように防具が着込まれている。
昨日、急ぎの依頼で王都を発つことをキュネイに伝えると、あろうことか彼女は付いてくると言い出したのだ。
「もし万が一に、ゴブリンが村を襲っていたら、負傷した村人を治療する人間が必要よ。違う?」
「いや、確かにそうかもしれんが」
キュネイは治療のプロだろうが戦闘は素人だ。もしゴブリンの群れが村を襲っていた場合、乱戦になる可能性が高い。そうなるとキュネイを守っている余裕がなくなる。
「あら、もしかしてユキナ君は私をか弱い乙女だと思ってるのかしら」
クスリと笑うキュネイは、ミカゲに目を向けた。
「ミカゲ。そのテーブルに置いてあるリンゴを宙に投げてちょうだい」
「……? こうですか?」
ミカゲがリンゴを放り投げる。するとキュネイの手が素早く閃き、次の瞬間にリンゴは彼女の手から放たれた『投擲ナイフ』によって中心を射抜かれ、壁に縫い止められた。
俺とミカゲは揃って唖然となる。どこからか取り出しナイフの束を扇のように手に持ち、いつになく強気に笑うキュネイ。
「娼婦って、色気や手管だけで上り詰められるほど甘い世界じゃないのよ。こう見えても、多少なりとも自衛の心得はあるわ。足手まといにはならないはずよ」
そこには、王都で頂点に君臨した娼婦の凄みがあった。
予想外の実力を見せ付けられ、俺は『絶対に前に出ない』という条件でキュネイの同行を許した。ミカゲも、回復要員が仲間にいるのは非常に心強いと判断した。
そして──その判断は正しかった。
「おい、村から煙が上がってるぞ!!」
御者の叫びに、俺は荷台から御者席に顔を出す。目を凝らして馬車の行く先を見据えれば、御者の言う通り煙が立ち上がっていた。しかも一本ではなく複数だ。
「──っ、ユキナ様! 風に乗って血の匂いがします!」
嗅覚の鋭いミカゲの言葉に俺は歯嚙みをした。想定していた中で最悪の状況を引き当ててしまったようだ。
「こっから村までどのくらいだ!」
「ひ、人の足で十分もしないほどだ」
「わかった。ここで止めろ!」
馬車を止めさせると、俺たちは急いで荷物を下ろす。
「ミカゲ! お前は先に行け。この中じゃ一番足が速い。けど無理はするな」
「承知!」
俺の指示を受け取るなり、ミカゲが疾風のごとき速さで駆け出した。
「ユキナ君、こっちの準備は終わったわ」
キュネイは医療器具を詰め込んだカバンを肩から下げている。普段は色気を放っている露出した太ももにはベルトが巻かれており、投擲用のナイフがいくつも装着されている。
俺は最後に御者に告げる
「あんたは王都に戻って傭兵組合に伝えてくれ。村が厄獣の群れに襲われてるってな」
「わ、わかった。けどあんたらは?」
「俺たちは──お仕事だよ!」
キュネイと頷きあうと、俺たちは揃って駆け出した。




