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第六十一話 あふれた話なのですが


 お嬢さんとの二度目の邂逅を経て最初の二、三日こそ多少なり気落ちしていたが、いい加減に未練は断ち切るべきだ。


 それに俺にはキュネイとミカゲがいる。いつまでも引きずっていては彼女たちに悪い。


 表面上な普段通りを装っていても、キュネイは元娼婦。相手おとこの機微を悟るなどお手の物だ。言葉にしなくとも、俺が落ち込んでいることに気が付いていたはずだ。


 キュネイは俺の悩みに深く踏み入らずに接してくれた。俺はそんな彼女に申し訳なく思いつつも、本当にいい女だと改めて実感した。こんな俺を慕ってくれているキュネイを改めて幸せにしたいと誓いを新たにする。


 ミカゲはといえば、一週間と数日が過ぎた頃に、無事に俺の元に戻ってきてくれた。俺よりも傭兵としては先輩で腕達者。取り越し苦労だとは思いつつもやはり心配は尽きなかった。


 話を聞いて驚いたのは、ミカゲが依頼のために赴いた町でレリクスと遭遇したことだ。噂の『遠征先』が奇しくもミカゲと一緒だったのだ。


 ミカゲはレリクスに誘われて一時的な仲間パーティーを組み、幾つかの依頼をこなしてきたのだという。


「レリクスのやつはどうだった? 元気にしてたか?」

「はい。ユキナ様によろしくお伝えするように言われました」


 たまに思うけど『よろしく伝える』って具体的にどういう意味なんだろうな。挨拶じゃねぇだろうし。


 レリクスは旅をするための仲間と共に今も頑張っているようだ。ミカゲの話ではすでに実力的には三級傭兵の上位陣に食い込んでいるとか。


 あいつ、この前まで村で自警団をやってる程度の人間だったんだぜ? それが今では国内で上位に入るくらいの実力者になっている。四級傭兵として日々勤しんでいる俺に比べると、成長の速度が異常すぎるだろ。


「勇者に選ばれるやつぁ大概の場合、成長の度合いがイカれてんだよ。『一を聞いて十を知る』って芸当を本当に仕出かしちまうんだからな」


 グラムは肩があれば竦めているような風だ。


 それにしても、グラムの持つ『勇者』に関する知識は、世間に出回ってるそれらに比べて、一歩以上踏み込んだ内容だ。興味深い一方で、その知識をどこで得たのかがやはり気になる。グラムを『作った人間』が彼に教え込んだのだろうか。


 レリクスと俺の立ち位置の『差異』に思うところがないわけではない。同郷であり歳も大差ない。けれども知っていた人間がずっと前を歩いている現実に、小さな羨ましさを感じずにはいられない。


「ま、あいつはあいつで、俺は俺だしな」


 レリクスは勇者だ。いずれは世界の命運を背負った戦いに身を投じることになる。俺程度のやつと足並みをそろえているようでは到底生き残れない。特別に親しいわけではないがそれでも『友人』と言える仲なのだ。どうせなら生きて魔王討伐の旅を終えてもらいたい。


 それに、あいつが魔王を倒してくれないと今後の俺の幸せ生活に大いな影響を与える。


 俺の現在の目標は、キュネイとミカゲに釣り合う男に成長して、傭兵としてしっかりと出世し、ある程度貯金が貯まったら老後は彼女たちとのんびりと過ごすことだ。


『はっ。相棒にのんびり生活スローライフとか無理に決まってんだろ。馬鹿じゃねぇの?』


 グラムに鼻で笑われた。俺が引退したら溶鉱炉にぶち込んでやるから覚悟しておけよ。


 ──俺は『魔王』や『勇者』の存在をどこか遠くに感じていた。いずれはレリクスが魔王を倒してくれる。そんな漠然な思いを抱いていた。



 ミカゲが遠出から戻ってきてから、俺は再び彼女と共に傭兵活動に勤しむ日々だ。以前と変わりない、ありふれた日常だ。


 ──けれども、ある日。気がつけばありふれた日常にも異変が訪れた。


 切っ掛けは、とある依頼だ。


「うげっ、マジかよ……」


 依頼の掲示板で依頼しごとを探していた俺は、盛大に顔を顰めた。貧乏くじを引いてしまった気分になる。


「ユキナ様、どうかなされたのですか?」


 俺の隣に立っていたミカゲが不思議そうに首を傾げた。俺は彼女に対し、見つけてしまった依頼を指差した。


 ──村の近くにある洞穴に住みついたゴブリンと、その巣の駆除。


 ゴブリンは人型の厄獣。人型とはいうが、二足歩行が可能なだけであり人間とは似ても似つかない醜い小人だ。


 個体としての能力は犬頭人コボルトよりも弱いが犬頭人コボルトよりも知能があり、手に武器を持ったり防具を身につける程度には賢い。だが、その程度であり傭兵の中では『雑魚の中の雑魚』と呼ばれるほどに弱い厄獣とされている。


 あくまで『傭兵の中』に限った話だ。


「『ゴブリン退治』……ですか。たかだかゴブリン程度、今のユキナ様の敵ではありませんが?」


 案の定、ミカゲは俺が何を気にしているのか全くわかっていなかった。傭兵にとって、彼女の反応は特別ではない。


 けれども俺は農民上がりの傭兵だ。


「ゴブリン舐めんじゃねぇぞ!」

「は、はい!?」


 俺の剣幕にミカゲが驚く。近くにいた傭兵たちも俺の突然の声にぎょっとするが、俺は構わずに続ける。


「いいか? ゴブリンってのは確かに雑魚だ。多少の腕がある農民でも倒せる程度には弱いが、犬頭人コボルトやビックラットと違って、狩っても取れる素材なんて殆どない。ぶっちゃけ、傭兵にとっちゃ相手にするだけ無駄な厄獣だろうよ」


 犬頭人コボルトは毛皮。ビックラットは肉。どちらも傭兵が得られる報酬としては最低ランク。それでも片手間で得るには十分な額だ。


 けれども、ゴブリンから得られるのは何もない。死骸からはぎとれるのは食用に適さない肉と、加工に適さない骨だけ。だからこそ、ゴブリン退治で得られる報酬というのは、多くの依頼の中でも最低額。


 傭兵によってゴブリン退治は『割りに合わない仕事』。誰も受けたがらない依頼ナンバーワンとも言える。


 だからこそ、性質タチが悪いのだ。


「ゴブリンは繁殖力が半端じゃないから放っておくとすぐに増える。で、誰も仕事を請け負わないから増え放題。気がついた時には立派な巣が出来上がってる。こうなったらもうヤバイ」

「たかがゴブリンの巣一つくらいで大袈裟では?」

「傭兵にとっちゃ巣を駆除するくらい楽だろうが、素人にしちゃたまったもんじゃねぇんだよ」


 やはりピンと来てないのか、ミカゲの反応が鈍い。


 俺は依頼書を剥がして受付に持って行き、情報を聞き出す。


「おい、この依頼を組合が請け負ったのはいつだ?」

「……? つい先日のことですが」

「具体的に頼む」


 ミカゲと似たような反応に、俺は目に力を込めて再度聞く。俺の眼力に圧倒されたのか、受付が喉奥から「ひっ」と悲鳴に近い音を漏らした。


「い、一週間ほど前と記憶にあります。私が担当しましたので」

「一週間か……下手すりゃもう被害が出てるな」


 組合としても、ゴブリン退治は他の依頼と比べても優先順位は低い。後回しにするのはわからなくもない。


 俺も、ゴブリン数匹程度の退治ならここまで焦らない。どこまでいってもゴブリンは雑魚の厄獣だ。


 だが、それが『巣』を作ったとなれば話は別だ。しかも、近くに村があるとなればいよいよ急がなければならない。


「つか、なんで傭兵組合ってのはこう言った類の依頼がおざなりになるんだよ。都会暮らしの弊害なのかね」


 俺は依頼を受理すると大急ぎで組合を出た。


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― 新着の感想 ―
[一言] 副題に脱字がありませんか? "ありふれた話なのですが" ではないかと思ったのですが。
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