side fencer4(後編)
ミカゲさん視点の後編
鋼鉄蟷螂の最も注意すべき点は、何と言っても両手の巨大な鎌だ。鋼鉄蟷螂に取っての最大の武器であり、ただでさえ硬い皮膚の中で最も高い強度を誇っている。それこそまさに鋼鉄にも匹敵する。
鋼鉄蟷螂を討伐するには、比較的柔らかい躰の関節部位を狙うか、強力な衝撃を与えて内臓にダメージを与えるかが基本戦術となる。
私とて『斬撃』には多少なりとも自信はあるが、さすがに鋼鉄蟷螂の表皮を断ち切るのは難しい。ましてや『鎌』の部分ともなれば、打ち合えばこちらの得物が破損する恐れがある。
──作戦としては単純明快。
僧侶シオンが魔法使いマユリが後方で支援。私が速さで撹乱を行い、ガーベルトと勇者で前衛を担当する。
元は私の請け負った依頼であり最初は私が前衛を担当しようと申し出たのだが、ガーベルトからは『これも勇者の修行だ』とこの布陣にしたのだ。
熟練の傭兵であるガーベルトの言葉だ。勇者の実力を冷静に分析した上で、前衛を任せられると判断したのだろう。大事な部分を人に任せることに引け目を感じつつも、勇者の実力を見極める上では好都合だった。
だが、実際に勇者の戦いぶりを目の当たりにすれば、予想よりも数段回上の光景が広がっていた。
「白焔付加!!」
勇者が唱えると、聖剣に白い焔が纏った。それが魔法によるものなのか、あるいはそれ以外の力が働いたのか。
間違いないのは、焔を纏った聖剣が鋼鉄蟷螂の中で最も高い強度を持つはずの大鎌を、まるでバターに熱したナイフを押し当てたかのようにたやすく両断したことだ。
切り飛ばされた蟷螂の鎌が遠くの地面に突き刺さる。昆虫種の厄獣は痛覚が鈍く、多少の損傷を負った程度では構わず襲いかかってくる。だが、自分の最も誇るべき部位をたやすく切り裂かれ、鋼鉄蟷螂は鼓膜を突き刺すような甲高い悲鳴をあげた。
激昂した大蟷螂が残った方の大鎌を勇者に向けて叩きつける。勇者は無理に追撃しようとはせず、鎌を切り飛ばした時点で後方に飛び退いてた。
虚しく空を切る大鎌。最大の得物を力任せに振り下ろした鋼鉄蟷螂の胴体に、ガーベルトが横から強烈な一撃を見舞っていた。彼の身の丈に迫る巨大な剣から繰り出される衝撃は、鋼鉄に覆われた厄獣の内臓に強烈なダメージを与える。
私は隙を見計らって、鋼鉄蟷螂の足関節を狙い幾重にも斬撃を放っていた。表皮に比べれば柔らかいものの、鋼鉄蟷螂の巨体を支えるだけあって一撃では断ち切れない。それでも回数を重ねるごとに徐々に厄獣の動きが鈍っていく。
鋼鉄蟷螂の敵意が我々に向いているおかげで、マユリは後方で魔法の準備に集中ができる。彼女が放った炎の魔法が厄獣の表皮を焼いていく。
シオンは絶え間なく支援魔法を唱えており、我々の躰には常に躰の強度と俊敏さを上げる魔法が掛けられている。なるほど、本人は自身を『ハズレくじを引いた』と自嘲していたが、決してそれだけではないと確信させる安定感がある。
皆が皆、己の役割を把握し互いの領分を侵さない見事な連携。そしてその中で一際輝きを放っているのはやはり勇者であった。
勇者の戦いぶりは、妙な表現になってしまうのだろうが、まさに『正統派』。この国に住む剣を扱う者が最も基礎としている動きを、そのまま昇華させたように見えた。
ガーベルトほどに立ち回りが上手いわけではないが、それでもここぞというときの思い切りの良さには目をみはるものがあった。
半年前までは片田舎で自警団紛いの行いをしていただけの少年なのか。成長スピードが明らかに異常なのは、私にもわかった。
──これが人類の希望と呼ばれる『勇者』なのか。
そう思った矢先だ。
先ほどよりも傷を多くおった鋼鉄蟷螂は、大鎌を大きく振り上げる。振り下ろしの速度は素早くとも動きそのものは単調。『起こり』さえ見誤らなければ回避は容易。
けれども、傭兵としての経験から私はその動きに『危険』を感じていた。それはガーベルトも同じだろう。これまでよりも鋼鉄蟷螂よりも大きく距離を取っていた。
勇者だけ離脱が遅れた。戦いに身を置くようになってまだ日も浅い彼にとって『それ』を初見で感じ取れという方が無理だった。それまでと変わらぬ距離だけで回避しよとする。
「離れろ!」
私が咄嗟に声を出した事で勇者もようやく気がついた。だが、彼が対処に動くよりも早くに鋼鉄蟷螂の大鎌が振り下ろされる。
先端が大地に突き刺さった拍子に、粉砕された岩場の破片が勇者を襲った。シオンが掛けていた支援魔法のおかげで、負傷こそなかったろうが、その衝撃の全てを殺しきれず勇者の躰が地面に倒れる。始末の悪いことに、その拍子に聖剣が手から弾かれ遠く離れてしまった。
「まずい──ッ、勇者殿!!」
私は大急ぎで救助に向かおうと駈け出す。だがその一歩を踏み出したところで肩を掴まれた。いつの間にか近くに来ていたガーベルトだ。
「何をするのですか!?」
「まぁ見てろ。そう心配はない」
私の焦りとは対照的に、ガーベルトはひどく落ち着いいていた。まるで勇者がこの状況を乗り越えて当然と知っているかのように。
勇者は立ち上がると、大鎌をもう一度振り上げる鋼鉄蟷螂をまっすぐに見据える。いくら支援魔法で防御力が上がったとしても、あの大鎌の直撃を受ければ重傷を負いかねない。
それでも勇者は動揺することもなく、恐れることもなく。
高らかに唱えた。
「来れ、『聖剣』よ!」
正面に掲げた右手。その甲に刻まれた勇者の証たる聖痕から光が溢れた。やがてそれらは勇者の手に集まると形を成していき──聖剣が現れた。
『聖剣』の柄を握ると、勇者は白焔を纏いながら迫り来る大鎌を両断した。
両手の鎌を失った鋼鉄蟷螂。勇者は大きく踏み込むと聖剣を振るい、厄獣を半ばから見事に断ち切る。上半身と下半身が分かれ、音を立てながら巨体が崩れ落ちた。
──私は、ふと既視感を覚えた。
光を伴い虚空より現れた聖剣。それを振るい敵を倒した光景は、私の中に刻み込まれた記憶を呼び覚ました。
そう、ユキナ様を主君と仰いだあの日の出来事。
あの方がコボルトキングの前に立ちふさがった時。漆黒の光と共に出現した『槍』。それを振るい敵を屠ったあのお姿。
ユキナ様と勇者は同郷。けれども、それ以外にはまるで共通点が見当たらない。使う武器から立ち振る舞いまで、その性格からして一致するところは皆無。
なのにどうしてか。
ユキナ様と勇者の背中が、私には重なって見えたのだ。
最初は純粋に興味があっただけだ。
けれども、勇者の戦う姿を──聖剣を携える彼の姿を見て少しだけ考えを変えた。
勇者とは一体なんなのか。
私が見出した『英雄』と何が違うのか。
短期間とはいえ、行動を共にするのだ。
──これより一週間と少し程度の期間、ユキナ様と再会するまでの間、私は勇者を見極めるための観察を継続するのであった。
余談ではあるが、勇者と行動を共にしその実力には驚いたものの、私のユキナ様への忠義は一片の揺るぎはなかった。己のことではあるが、そのことに関しては安堵した。




