side fencer4(前編)
ミカゲさんルート。
どうにか一話でまとめようと数日悩み、結局無理と判断して前後編にしました。
──一時的に仲間に加わってくれないか
運がいいのか悪いのかいささか判断に困ったが。傭兵組合の前で再会した勇者は私にそんな提案をしてきた。
彼らは組合支部の中で長期的に放置されている依頼──つまりは『塩漬け依頼』を請け負い、私にその協力を申し入れたのだ。
勇者がどのような意図でそんな誘いをしてきたのか、私には分からなかった。一番最初に思い浮かぶのは戦力の増強であろうが、勇者の背後に立ち並ぶ面子を見ると疑問を抱いてしまう。
大剣を背負う壮年の傭兵。私も何度か面識がある。
彼は傭兵の最高位である第一級であり、王都を拠点に活躍する傭兵の中でも最強格の実力者だ。彼がいる時点で戦力としては十分すぎる。
魔法使いにしても、若くして宮廷魔法使いを務めている女性。凶悪な厄獣の討伐を単独で成し得たという話は傭兵の間でも有名だ。実力的には二級傭兵の上位に匹敵すると組合は評価している。
最後の一人である僧侶は──頼りなさそうな印象を受けるが、勇者の仲間に選ばれるだけあって相応の実力を秘めているのだろう。
「……あ、いえ。自分、ただの人数合わせなので。たまたま重要な役職についていない、そこそこの実力者だから選ばれただけらしいんで」
歳は私とさほど変わらないように見えるのだが、まるで悲嘆にくれた年配者が己の境遇を嘆いているような様子だった。なんと言葉をかければ良いか分からないが──とりあえず強く生きて欲しい。
人材的な面で自分が入る余地があるかどうか疑問は残るが──私は勇者の申し出を受け入れた。
勘違いしてもらっては困るが、私の主君はユキナ様ただ一人。鞍替えするつもりは毛頭ない。そんなことを強要されれば、相手がたとえ勇者やこの国の王族であろうとも容赦しないし、あるいは自害する覚悟だ。
ただ、正式な勇者の仲間になることを断った手前、いささか断りづらいと思ったのが一つ。
そして勇者とユキナ様が同郷であるのは、ユキナ様当人から聞き及んでいる。だから、勇者の口からユキナ様についての何かしらの話が聞けたらと思ったのだ。
私は、私が前もって受けるつもりだった依頼に協力してもらうことを条件にして、勇者たちの仲間に一時的に加わることを承諾した。
そして翌日。
早速、勇者たちと共に私が請け負った依頼──厄獣討伐に赴いた。
討伐対象は『鋼鉄蟷螂』。厄獣の名称は、その形状と特徴から取って付けられることがほとんど。この鋼鉄蟷螂もその例に漏れず、鋼鉄のように硬い表皮を持った蟷螂型の厄獣だ。
本来の生息地は別だが、どうやら他から流れてきたようで町の付近にある鉱山の一角に住み着いてしまったのだ。
だが、幸いにもそこは廃坑になって久しい場所であり、また確認された鋼鉄蟷螂は雄が一体だけであり番もいない。
これが雄雌両方が確認されていたり、あるいは雌の単体であったりすれば依頼の緊急度は非常に高くなる。繁殖行為の後に産卵が行われ、卵が孵れば一気に個体数が増え食料を求めて鉱山の外にまで溢れ出す──まさに厄獣暴走の恐れが出てくる。
だが、雄の一体だけであれば繁殖の心配もなく、住みついた場所にさえ近づかなければさほど危険がない。これが依頼が放置されていた理由だ。
元は私が請け負った依頼だ。鋼鉄蟷螂の討伐を推奨される階級は三級の上位から二級の下位。厄獣の能力と己の実力を比較し、私の実力なら単独での討伐が可能だと判断したからこの依頼を選んだのだ。
「とはいえ、複数人で当たれば確実に仕留められる。ご協力、感謝します」
「いえ、こちらとしてもいい経験が積めるので。それに、元々ミカゲさんが請け負っていなければこの依頼も受けるつもりでしたから」
私の礼に、勇者は謙遜するように言った。人を見る目が特別に優れているわけではないが、それでも勇者が本心で言っているのは理解できた。
「それで銀閃。目的地までどのくらいだ?」
「もうしばらく進んだ先です。この辺りに生息する厄獣はそれほど驚異ではないにしろ。警戒は怠らないでください。……もっとも、私に言われるまでもないと思いますが」
「いや、たとえそうであろうとも口に出して再確認するのは悪くない。この面子は俺とおまえさん以外は実力はともかく傭兵活動に関しちゃ見習いだからな」
大剣を背負う男──第一級傭兵ガーベルト。この中では一番の長身だが、むやみやたらと筋肉が付いている風貌ではない。だが、身にまとう鎧の合間から覗くのは鍛え抜かれた肉体だ。あれは無駄なく極限まで絞り込まれているのだ。
「にしても銀閃よぉ……『男』ができたって本当か? 組合の中じゃその噂で持ちきりだぜ」
周囲への警戒は継続したままではあったが、ガーベルトはニヤニヤしながらそんな下世話な話題を投げかけてきた。
私は彼を一睨みする。
「……あなたに答える必要を感じられません」
「そう言うなよ。今まで愛想の欠片もなく色恋沙汰にとんと縁がなかったおまえさんが、突然男を作ったとなりゃぁ気にならない方がおかしい」
この男、傭兵としては尊敬できるが人間的には苦手だ。自分の興味に忠実であり、相手への配慮が欠けている。
「シオンさん。大丈夫ですか?」
「いやはや、申し訳ないです。私一人だけが足を引っ張っているようでして。まだ若いマユリさんがそんなに元気なのに、情けない限りです」
魔法使いの少女──マユリが心配そうに声をかけたのは、僧侶のシオン。彼は既に息も絶え絶えであった。
「無理はしないでください。私は宮廷魔法使いとして野外活動の訓練も実地経験もあります。けど、シオンさんは元は内勤で、外での活動はなかったのですから」
「だとしても、これから先にはこれよりもはるかに厳しい環境に身を置くわけでして、この程度では泣き言も言って入られませんよ」
元は教会の司祭を請け負っていただけであり、回復魔法を扱える以外は素人同然だ。それでもシオンは声をかけられるまでは根を上げず、必死に皆のペースに合わせていた。職業柄、仕事に対しては真面目なのだろう。
それに、元は内勤の司教ということを考えればシオンはよくやっている方だ。鋼鉄蟷螂が住み着いたのは廃坑の一角。道程は長らく放置されていたため荒れ放題であり足場も悪い。そんな中を息切れをしつつも我々についてこれているなら、今後の成長次第で十分に旅に同行できるだろう。
「じゃあ、ここで最後の打ち合わせをしておきましょう」
そう言って、勇者が足を止める。すると、シオンはホッと息を吐くと近くの大きな岩に腰を下ろし深く呼吸をした。頑張ってはいたが、やはり体力的には辛かったのだろう。
上手い、と私は感心した。ちらりと横を見ると、ガーベルトも顎に手を当てて小さく頷いていた。
勇者はシオンの体力を考え、この場で休憩することにしたのだ。だが、目的はあくまでも『打ち合わせ』だ。シオンが気負うことなく休憩できる面目を作ったわけだ。そして、実際に『打ち合わせ』が決して無駄になるわけではない。
誰の目から見ても好青年と呼ぶにふさわしい人物像であり、経験者に対しては謙虚であり人への気遣いもできる。その上で頭の回転も速い。
勇者と会うのはまだ数回目であったし、行動をともにするのは今回が初めて。そんな短期間であっても、彼が非常に『優れている』のがよくわかった。
ユキナ様の話でも、故郷の村では若者たちのリーダー格であり、次期村長としても将来を期待されていたとか。なるほど、と十分に頷けた。
ただ、これはあくまでも人間性の話だ。
ここまでの道程で遭遇した厄獣はどれも五級傭兵レベル。これだけの面子がいれば片手間で対処できた。
だからこそ。強敵を前にした時、勇者がどう戦うのか。かつては自分が『主』と仰ごうとしていた人物の実力がいかほどか。
勇者の今回の誘いを承諾した理由の一つが、それでもあったのだ。
毎度思うけど、人の名前とか敵の個体を考えるのって結構難しい。




