第五十九話 迷子に遭遇したのですが
あけおめ!
だからというわけでは無いですが、明日にもう一話更新します。
今の俺は王都に来たばかりの頃のようなお上りさんでは無い。まだまだ新参者ではあるが、それなりの時間をここで過ごし、ある程度の土地勘も得ている。女性の喜びそうな店や場所にも多少の心得を持っていた。
「(もきゅもきゅ)ああ、再びこれを味わえただけでも、抜け出してきた価値はありました」
「んな大袈裟な」
お嬢さんは幸せそうな顔をして、串焼きの肉を頬張っていた。
以前に比べれば、一般庶民向けではあるが女性の好みそうな店をいくつか知っている。キュネイとミカゲのおかげで自然とその辺りの情報を仕入れるようになった。その中のどれかを案内しようとしたのだが、並んで歩いている最中、奇しくもあのときと同じ店を見つけるとお嬢さんが目をキラキラとさせて指差したのだ。
言葉はなくとも彼女が何を求めているかは誰にだって理解できた。
あんなに目を輝かせたお嬢さんの希望を誰が無下に出来ようか。結果として、俺とお嬢さんの手には串焼き肉がそれぞれ握られていた。
「やっぱり、お屋敷の中だとこう言った手合いを食べる機会は無いのか?」
「そもそも、純粋にお料理を楽しむという機会があまり無いというか……」
礼儀作法とか五月蝿そうだもんな、貴族様って。家族だけで食べる時にだって、色々と気を使わないといけないのだろう。
「ですので、こうして周りを気にせず自由に食べ物を頂けるというのは気が楽で良いですね」
「そうかい。だったら存分に楽しんでくれ」
どうやら、お嬢様は飲食店よりもこう言った大味な出店料理の方が喜びそうだ。似たような料理を出す店も知っているが、お嬢さんを連れて行くには少しばかりガラが悪い。だったら、他の人目もある出店を巡って行った方が安心だ。
──クイッ。
「ん?」
露天の食べ物をお嬢さんと楽しみながら歩いていると、突如。ズボンを引っ張られた。
何事かと振り向くが、背後には誰もいない。けれども、ズボンを引かれる感触は未だ絶えず。
「あの……」
今度はお嬢さんに服の裾を引っ張られる。彼女は困り果ててしまった顔になり、下に目を向ける。
お嬢さんの動きに習って下を向けば……十歳にも満たないような幼い少女が、目に涙を溜めながらこちらを見上げていた。
「ママ……どこ?」
「……どこだろうな」
思わず素でツッコミを返してしまう。
『迷子、ゲットだぜ』
うぜぇ。
グラムのテロップじみた言葉にイラっとしていると、少女の口がわなわなと震えた。
「ああもう、しょうがねぇな」
俺は咄嗟に少女を抱きかかえる。「ひっくひっく」としゃくりあげ、ついには泣き出してしまった。
背中を優しく叩いてやると、今までよほどに心細かったのか、少女は殊更に強く俺の服を握り俺の躰に縋り付く。少女が埋めた部分が涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになってしまうが、溜息ひとつで我慢した。
「はいはい、好きなだけ泣いてくれよ」
「お優しいのですね」
「子供相手に言って聞かせたところで、泣き止むはずがねぇからな」
お嬢さんが微笑みながら言ったが、俺は肩を竦めた。
大人だって一度泣き出せばそう簡単には止まらないんだ。だったら一通り泣いてスッキリさせた方が早い。
「悪いなお嬢さん。デートは一旦中止だ」
「仕方がありませんね」
とりあえず、ここでは人通りが多い。一旦落ち着くために腰を下ろせそうな場所にまでくると、俺は抱きかかえていた少女を座らせてやる。
「ほれ、おやつ」
途中で買っておいた棒突き飴を渡してやると、少女はしゃくりを上げつつも飴を受け取り、チロチロと舐めだした。多少は落ち着いたのか、涙はまだ出ているがほとんど泣き止んでいた。
「はい、お嬢さんも」
お嬢さんも飴を受け取り、少女の右隣に座る。俺はその対面の左隣に腰を落ち着けた。もちろん手には棒付き飴だ。
しばらくの間、俺たち三人は黙って飴を舐める。
頃合いを見計らい、少女から事情を聞けば案の定。買い物途中の母親とはぐれ、一人寂しく人の往来の中を彷徨っていたとか。
「とりあえず今は飴舐めてろ。それが終わったら一緒にママを探しに行こうな」
「……うん」
少女の頭をポンポンと叩いてやると、彼女は飴を舐めることに没頭し始めた。
「慣れていますね」
「え?」
「子供の相手です。私だったらあたふたとして何もできなかったと思います」
「……まぁ、出身が小さな村だからな」
子供が生まれると、村ぐるみで世話を焼くのだ。特にまだ力仕事が出来ない子供は、ご近所で生まれた子供の世話が仕事みたいなものだった。
「とは言え、迷子の相手なんぞ俺も初めてだ」
迷子なんてのは、王都のような大都会であって初めて起こり得る面倒ごとに違いない。小さな村であれば、迷子になる要素がほとんど皆無だ。子供が泣いたら誰かしらがすぐに駆けつけるからな。
槍を使っての切った張ったの荒事は得意だが、迷子の親を探す術はついぞ知らない。
「まずは保安局に行けば良いのでは?」
「あ、なるほど」
お嬢さんの助言に、俺は飴を持っていた手をポンと叩いた。
お嬢さんの言う保安局とは、王都の治安を守る役を担った兵士たち──警邏の駐屯所。一般市民にとっては最も親しみ深い国の公共機関だ。
「子供の足ですから、親とはぐれた場所からそう遠く離れてはいないはずです。最寄りの保安局に行けば、もしかしたらこの子の捜索願が出ているかもしれません」
「んじゃ、次の目的地はそこだな」
行動の指針ができたところで、ふと少女が俺とお嬢さんの顔を興味深そうに交互に見やっている。
「どうした?」
「……おにいさんとおねえさんって、恋人同士なの?」
「「────ッ!?」」
他意を一切含まない無邪気な質問に、俺たちは硬直した。
「な、なんでそんな風に思ったんだ?」
「だって、おにいさんもおねえさんも、すごくなかが良さそうだから」
「そ、そうかい」
子供の言葉とはいえ──いや、子供だからこその率直な言葉に、嬉しいやら恥ずかしいやら。
ところが、だ。片や俺が一人で舞い上がっている中、お嬢さんは笑みを浮かべつつもどこか物憂げな感情を浮かべていた。その顔を見た途端、高まっていた熱がすっと引いてしまったような気がした。
「……ごめんなさいね。この方とは恋人同士ではないんです」
そして、お嬢さんは決定的な一言を告げた。
「私には、親が決めたお相手がいるのですよ」
──絶望したね。




