第五十七話 作っていただきたいようですが──
まさか、二度と会えないと思っていた一目惚れの相手と、また一緒に歩けるとは。キュネイやミカゲたちには申し訳ない気持ちを抱きつつも、心は軽く弾んでいた。
「ところでお嬢さん。あの偏屈な爺さんに何の用だ?」
あんなむさ苦しくて髭モジャモジャ、武具関連を求める女傭兵ならともかく、育ちの良さそうな女性とは無縁だろう。
「その……細工の依頼をしたくて」
「細工? あの爺さんに?」
「その様子ですとご存知ないのでしょうが、あの方は様々な分野において高名な職人なのですよ?」
あのヒゲモジャ爺が細工を作る場面を想像するが、全くもって似合わない。ハンマーを振り回してどでかい剣を作っている光景の方がよほどしっくりくる。
近場というだけあり、程なくして目的の武具屋に到着した。
趣味で営業してるので、平日だろうと何だろうと不定期にしまっていたりするが、今日は幸いにも営業していた。
「おーい、爺さんいるか?」
相変わらず店の中に客の姿は無い。俺が奥に向けて声を発すると、髭もじゃの爺さんが出てきた。
「よぅ坊主。今日は何じゃ?」
「俺じゃなくて、用があるのはこっちのお嬢さん」
入り口から一歩離れると、お嬢さんが入ってくる。
彼女を見るなり、爺さんが「ほほぅ」とニヤけながら顎髭をさする。
「おいおい坊主。まぁた新しい女を引っ掛けたのかぃ。そろそろ若い奴らに刺されるぞ」
「ばっ、人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ!」
よりにもよってお嬢さんがいるところで何てことを言ってくれるんだこのジジイ!
『……いや、何一つ否定できねぇぞ相棒』
「はっはっは! 英雄色を好むとはよく聞くが、他の女にばかり目移りしとるとあの子らにそっぽ向かれるからほどほどにしとかんとな」
「うるせぇわ!!」
グラムと爺さんの双方からツッコミをくらい、俺はヤケクソ気味に叫ぶ。それから恐る恐るとお嬢さんの方へと振り向いた。
彼女は外套を深く被っており、その表情を伺えない。それを良しとするか悪しとするかは判断が迷う。
やがて、お嬢さんは被っていた外套を下ろす。あの鮮やかな紅の髪がふわりと舞い、美しい顔が露わになった。
にやけヅラを浮かべていた爺さんだったが、お嬢さんの顔を見て少し驚いたように息を飲んだ。そりゃぁ、カビ臭い武具屋にこんな美少女が現れたら驚くだろうさ。
「お前さんは……」
「ご無沙汰しております、職人様」
どうやら二人は知った顔だったようだ。俺の紹介はあまり必要なかったのかもしれない。いや、道案内としては充分役目を果たしたはずだ、うん。
『必死になって点数を稼ごうとしても、もう手遅れ気味じゃね?』
間に合うかもしれないだろ!
──いや間に合ってどうするかって話ですけども。
「おい坊主」
グラムと念話で話し合っているところに、爺さんが真剣な顔で声をかけてきた。
「俺はこのお嬢ちゃんと話がある。悪いが席を外しちゃくれないか」
「……警邏に通報するか」
「真面目な話だ馬鹿野郎」
うら若き乙女と髭モジャ爺さんを一緒の空間に二人っきりにしておくとか、犯罪の予感しかしない。
割と本気で通報の是非を考えていると、お嬢さんがこちらを向いた。
「あなたは店の前で待っていてください。大丈夫です、もし万が一何かありましたら大声を出しますので」
「おいおい」
「……ふふ、冗談ですよ」
困ったように言う爺さんに、お嬢さんはいたずらっぽく笑った。それを見た爺さんはまた意外そうな表情になった。
そして爺さんは俺に向けてこう言った。
「……女誑しにもほどがあらんか、坊主」
どいつもこいつも人聞き悪いな本当にさぁ!
ユキナが出て行くと、店内に残されたのはお嬢さん──アイナと鍛冶師の老人だけとなった。
「いやはやまったく、驚いたわい。まさか王女様が護衛の一人もつけずに来るとはな」
外套を深く被っていたのもあるが、何より王女様がこんな場所にいるはずがないという先入観もあり、最初は本当にわからなかった。
「いえ、護衛ならいましたよ。心強いお方が」
アイナは店の扉に目を向けた。その一枚を隔てた先にいるであろう、槍を背負った青年を思い微笑んだ。
この二人は、アイナが幼少の頃から面識があった。親しい間柄とまではいかなかったが、鍛冶師が偏屈を起こさずに会話ができる程度の交流はあった。
鍛冶師の記憶の中で、アイナがこんなに自然な笑みを浮かべた事はほとんどなかった。
それが先ほどといい今といい、見ているものさえ微笑みたくなるような表情を浮かべている。
「……本当に、あの坊主ときたら」
まるで嘆くように鍛冶師は額に手を当てた。
間違いなくユキナが関わっている。
誰に聞くでもなく鍛冶師にはわかった。あの青年に出会ってからもう何度も驚かされてばかりだ。
「あの坊主とはどのようにして知り合ったんだ?」
「以前に、街で助けていただきました。もっとも、彼とはそれっきりだったのですが……」
「今日偶然再会して、一緒に来たわけか」
「お恥ずかしい話ですが、この店までの道順が分からなくて。いつも来るときは馬車の中で街並みも流し目していただけでしたから」
恥ずかしげにアイナは頬を掻いた。
店の看板やその付近の様子こそそれなりに覚えていたが、王城からここに至るまでの詳しい道順は朧げにしか記憶になかった。
微かな覚えを頼りにどうにか進んだものの、途中からは似たような店や通りが続くようになり、本格的に道に迷ってしまったのだ。
「まったく。魔法の腕は国内有数と聞くが、それでも立場が立場だ。今頃、王城は大騒ぎだろうに」
「それはまぁ……覚悟はしています」
「まぁ、聡明なあんたのことだ。周りに迷惑を掛けている自覚はあるだろうし、相応の理由があってのことだろう」
顎鬚を撫で、鍛冶師は見定めるような目になる。
「さて本題に入ろうか。王女様がお城を抜け出してきてまでここにきた理由はなんだ?」
アイナは懐から一枚の紙と、拳に収まる程度の鉱石を取り出し、店のカウンターに置いた。
「……作っていただきたいものがあるのです」
ナカノムラはコミックマーケット95に参加することになりました。
詳しい説明は活動報告やツイッターにて記載しているので、興味のある方は御覧ください。




