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第五十五話 ようやく自覚できたようですが──


『わかってたようん。こうなることはさ。さすがの俺ももう学習しましたよ』


 悟りきったようなグラムの声が頭の中に響くが、俺は俺で己の手応えに違和感を感じていた。


 グラムを背中に戻しながら足元に目を向けると、痙攣ピクピクしている男が一人。気絶はしているようだが、なんだか打撃の反動がいつもよりも軽かったような……。


『直前に重量増加エンチャントを弱くしたんだよ』


 俺が内心に抱いた疑問に、グラムが先回りして答えた。


「なんでまたそんな手間を』

『今の相棒の腕力で普通に振り下ろしかましたら、やっこさんただじゃ済まねぇっての。下手すりゃ頭蓋が陥没してる』


 嘆息すら含みそうなグラムの台詞をさらに追求しようとするが、さすがにそこまでの余裕はなかった。


 仲間の一人が不意打ちをくらい、衝撃を受けた男二人。俺がグラムと言葉を交わしている間に立ち直ったのか、すごい剣幕でこちらの胸ぐらを掴みあげてきた。


「いきなり何しやがる!」

「白昼堂々と女性に手を出そうとしてるお前らこそ何してやがる」

「テメェには関係ねぇだろ!」

「やかましい。見ててイラっとすんだよそういうの。女の子と仲良くしたいなら色街に行ってこいや」


 激昂する相手とは裏腹に、俺の内心は冷めていた。この手の輩はマトモに相手をすると疲れるからな。適度に温度をスルーした方が話が進めやすい。


『いやいや。相手が激昂ヒートアップしてるのは確実に相棒が原因だから。そこんとこわかってる? 一歩間違えれば加害者だよ?』


 一歩も間違えてないから加害者じゃない。


『そんな『今ちょっと上手いこと言ったんじゃね?』みたいな雰囲気醸し出してんじゃねぇよ! 全然うまくねぇからな!』


 と、男の話を完全に聞き流しつつグラムと念話チャンネル漫才コントを繰り広げていると、もう一人の男がハッとなったような声をあげる。


「その槍……もしかしてお前、銀閃の側にいつもいる腰巾着か?」

「誰が腰巾着か」


 ついてくるのはどちらかというとミカゲの方だぞ。


 呼び方はともかく、多少なりとも俺のことを知ってるとなると、こいつら傭兵か。身なりこそ軽いが、腰には剣を携えている。


 俺の胸倉を掴みあげいる男が、仲間の言葉を聞いて卑しい笑みを浮かべた。


 ──イラっときた。


『せめて話だけでも聞いいてあげようぜ! なっ、なっ! だから握り拳を振り上げるのはもうちょっと待ってあげようぜ!』


 グラムが必死に懇願してくるので、仕方がなしに固めていた拳を解き男の言葉を待つ。


「どうやら今日は頼りになるご主人様はいないよだな。あれか、心強いお仲間がいて調子に乗っちまったか?」


 なぁ、これってちゃんと聞く必要あるのか?


『だから待ってって! つかおかしくね!? どうして俺がツッコミ役してんだよ! どちらかつーと相棒の役回りだろこれは!!』


 またもや念話チャンネルで愉快な会話が繰り広げられていると。


「──って、話聞いてんのかテメェ! 調子にのってんじゃ──」

「やかましいわ! 顔がちけぇんだよこのダボが!!」


 俺は男の胸倉を逆につかみ返し、その鼻面に頭突きを叩き込んでやった。


「ぴぎゅっ?!」


 グシャリという肉と骨が潰れるような生々しい感触が額に伝わり、男は俺の胸元から手を離し鼻血を撒き散らしながら仰向けに倒れた。


『ってオィィィ!? 結局手を出したのかよぉぉぉ! しかも理由が割と理不尽!!』

「手じゃない。額だ」

「誤差だよお馬鹿!!」


 勢いあまり、念話チャンネルではなく実声が飛び出てきた。


「野郎っ!」


 最後に残った一人が殴りかかってきた。考えがあってのことではなく、仲間がやられたことに対する反射的な攻撃だろう。腰も入っておらず踏み込みも甘いが、日頃から厄獣を相手にしている傭兵の拳だ。当たればやはり痛いだろう。


「おっと」


 咄嗟に構えると、思って以上にあっさりと掌で受け止めることができた。これもミカゲに鍛えられた成果か、拳の軌道を見定め、そこに掌を置くことができた。


 己の拳を受け止められ、男は目を見開く。


「このっ──」


 掴まれた方とは逆の腕を振り上げ、再度殴りかかろうとしてくる。


 思わず俺は拳を掴んでいた指に力を込めていた。


 ──ミシリッ。


「いっ──ぎぃやぁぁぁぁ…………」


 妙な悲鳴をあげながら男は掴まれている側の手首を握りしゃがみ込んでしまった。俺の手から自身の拳を引き剥がそうともがくのだが、ビクともしない。掴んでいる俺の方が逆に驚く。


『相棒。さっさと解放してやれ。そのままだとそいつの拳が粉々になっちまうぞ』

「おっと」


 慌てて男の拳を解放すると、男は手を押さえてその場に蹲ってしまった。力は込めたが全力とまでは届いていないはずなのだが。


 俺は自身の掌に視線を落とす。


 そこにあるのは紛れもなく俺の手であるはずなのに、まるで別の存在であるかのような不気味さがある。


「おい、もしかしてこれって」

『常日頃から重量増加エンチャントで負荷を与えてたからな。今の相棒は『膂力』に限れば相当なもんだぞ?』


 下手すると、力加減を誤って大惨事になりかねない。それほどまでの力が宿っている自覚が、じわじわと頭に染み込んできた。


 というか、気がついてたならもうちょい強く言って欲しかったもんだな、グラム。


『そいつぁ悪かったよ。けど、ほら今はそんなことより』


 グラムに促されて、俺は男たちを折檻した本懐を思い出した。


 視線を掌から外し辺りを見渡すと、男の一人に手を掴まれた女性は、先ほどと変わらない位置に立ったままだった。


「おい、大丈夫か?」

「へっ? あ、その……ありがとうございます?」

「何故に疑問系よ」

『そりゃあんだけ手際よく処理してりゃぁ、そう言いたくなるお嬢さんの気持ちもわかるぜ』


 いい加減にへし折ってやろうかこの槍。


 グラムの反応にムッとしていると、「ん?」と頭の中に引っかかりを覚えた。


 似たようなやり取りが以前にもあったような……。


「──あっ!?」

「あ? …………ぁぁぁぁああああっっっ!?」


 女性の声に少し遅れて、俺も驚いた。人生で五指に入るぐらいの驚きだ。


 最初に既視感という、生易しいものではない。


 

 俺が初めて王都に来た日に助けた、あのお嬢さんだった。


 

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