第五十三話 鍛錬をするようですが──
最終目標を『二級傭兵』としてからも『傭兵活動に勤しむ』という点に関しては変化は無かった。
けれども、三級傭兵よりも上に目標を定めた以上、ただ単に依頼をこなすだけでは色々と足りないものが出てくる。傭兵としての実績や経験、装備やそれら整える資金等々と単純にあげるだけでもこれだけのものが俺には欠けてきた。
よって、それまでの安全路線を少しだけ脱し、もう少しだけリスクを背負った難易度の高い依頼を請け負うようになった。もちろん、傭兵として先輩であるミカゲとも相談し、事前の準備は常に怠らなかった。
また、その活動の一環として、俺はミカゲに一つの頼み事をしていた。
──依頼外での鍛錬だ。
「疾ッ!」
ミカゲの振るう『槍』の突きを、横に飛び退いて回避する。
俺はお返しとばかりに、黒槍を振るが。その時にはすでにミカゲは間合いから外れた位置まで引いていた。
「判断が遅いですよ! 今のタイミングなら十分に当てられたはずです!」
「なろぅ!」
叱責に歯噛みしつつも、俺は更に一歩踏み込んで追撃を仕掛ける。だが、ミカゲは冷静そのものの様子で俺の攻撃を受け止め、逸らしていく。
「この──」
「破ッ!」
僅かにも崩せぬ守備に攻めあぐねていると、突然俺の繰り出した槍が大きく弾かれた。
「常に相手の反撃を意識してください! 攻めている時こそ最大限の警戒を怠らずに!」
大きく体勢を崩した俺に、ミカゲが容赦なく攻撃を仕掛けてくる。畳み掛けるような槍捌きに、俺は防御で手一杯になり立て直す余裕が持てない。
「勢ッ!」
力の篭った一撃に、俺の持つ槍が腕ごと跳ねあげられた。
「やべっ──」
「せいやぁっ!!」
がら空きとなった脇腹に、ミカゲの薙ぎ払いが叩き込まれた。
「げほっ……げほっ」
吹き飛ばされた俺は、痛みと衝撃に息がつまり地面に伏しながら咳き込む。厳しい視線を投げつけてきたミカゲだったが、俺の様子を見て「はっ!?」と我に返った。
「ユキナ様、大丈夫ですか!?」
「も、もうちょっとだけ待ってくれ……おぉぅ」
穂先は木でできた模造品であり、先端も丸みを帯びているので大怪我をする危険度は少ない。それでも、彼女の繰り出した鋭い一撃をまともに食らえば、かなり痛いのは間違いなかった。
「申し訳ありません! つい熱が入ってしまったようで……」
先ほどまでの険しい様子は鳴りを潜め、心底申し訳なさそうに頭を下げるミカゲ。頭上の狐耳も『シュン……』と垂れてしまっていた。
「いや、いい。この程度ならすぐに回復するから」
俺は己の脇腹に手を当てて、治療を掛ける。魔力の光がじんわりと体に浸透し、痛みが和らいでいった。
こういう時、キュネイに治療を教わって本当に良かったと実感する。おかげで、痛みのあまりに動けなくなるということがあまりなくなるからだ。
呼吸が落ち着いたところで、俺は黒槍を支えにして立ち上がる。穂先は厚い布で覆い紐で縛っている。ミカゲの模造槍と同じく刃の部分があたって怪我を負わせないため。今の段階では怪我を負わせる以前の話だが。
「大丈夫なのですか?」
「ああ、もう平気だ。しかし凄いな。本職で無い『槍』を使ってるはずなのに、全く歯が立たねぇ」
「一応、父親からは武芸全般を叩き込まれましたので。こうしてお役に立てるのは光栄です」
「そうか。だったら、引き続き頼むわ」
俺は槍を構え直し、ミカゲを見据える。俺の構えを目にしたミカゲは僅かばかりに不安げな表情を浮かべた。
「よろしいので? おそらく──いえ、間違いなく今のようなことがなんども起きますよ?」
「ああ。ある程度の痛みは覚悟の上だ」
こちらを気遣うミカゲに、俺は己に聞かせる意味も込めて言った。
──先ほど述べた『俺にとって不足している要素』の中で、最も足りていないのは『経験』。一歩踏み込んで言えば『対人戦闘』における戦闘の駆け引きだ。
四級傭兵までは、主だった戦闘は厄獣を対象としたものがほとんど。だが、三級傭兵になれば対人を想定した依頼も増えてくる。盗賊の撃退や犯罪者の捕縛などだ。
単純な身体能力でいえば、人間よりも厄獣の方が遥かに凶悪だ。一部の例外を除き、人間と厄獣が正面からぶつかり合えばほぼ確実に人間が死ぬ。
人間にはその『差』を補って余りある『知性と技術』がある。だからこそ人間は生存圏を獲得できているのだ。
ゆえに、人間と戦う際、厄獣と同じ感覚で戦っては返り討ちにあう可能性が高い。現に、ミカゲからは三級に上がったばかりの傭兵が対人戦を含む依頼で命を落とすと場合は多いと聞く。
俺の対人戦闘の経験なぞ、路地裏での喧嘩が精々だ。素人相手ならば余裕で勝てる自信はあるがその程度だ。切った張ったが生業の犯罪者と戦ったことなど無い。もし出会ったとしたら逃げの一択だ。
しかし、二級傭兵を目指すのならば対人戦は避けては通れない道。依頼として受けたのならば戦うしか無い。その為にミカゲにこうして個人的な『手合わせ』を頼んだのだ。
ただ、今のミカゲが使っているのは『槍』。本来、ミカゲの得物はカタナだ。
グラム曰く──。
『俺の見立てじゃぁ、ミカゲはカタナほどで無いにしろ武器全般は使えると思うぜ』
実際にミカゲに聞いてみたところ、グラムの見立て通りだった。おかげで、剣以外の武器を持った相手を想定した訓練が行えた。
あと、グラムに訓練における制約を課せられた。
『ミカゲと鍛錬する間は召喚と重量増加は禁止だ。少なくともしばらくの間はな』
召喚と重量増加は強力な能力だ。うまく使えば格上にさえ勝てる。
けれども、それでは純粋な『技量』は鍛えられない。いずれは解禁するにしても、今は地力を上げるのに専念する時期なのだとグラムは言った。
──なればこそ、ミカゲに手心を加えられては困るのだ。
俺の『覚悟』を受け取ったミカゲは頷き、こちらと同じく槍を構えた。
「では……いつでも打ち込んできてください」
「いくぞ──っ!」
俺は自らに喝を入れると、ミカゲに向けて踏み込んでいった。




