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第六話 とにかくお嬢さんと楽しんだのですが


 元々、ヤることヤったら、次の日からは王都を気ままに観光する予定だったのだ。予定日が繰り上がったと考えれば良い。綺麗なお姉さんといちゃこらするのとは別に、王都の珍しい食べ物とかも結構楽しみにしていたのだ。


 楽しみにしていたのだが──。


「見てください! アレは何でしょうか!?」

「焼き串だな」

「焼き串ですか!? どんな料理ですか!?」

「肉に木の串ぶっさして焼いただけ、見たまんま単純な料理だ」

「でも、凄く美味しそうな匂いがします!」

「確かに美味そうだな」


 偶然知り合った奇妙な同道者(巨乳美少女)の興奮具合が半端でなかった。


 お嬢さんは出店や道ばたで目に付いたものを端から指さして、何なのかを問いかけてくる。俺だって色々と初めてのものが多く、曖昧な答えになってしまうことも多かったが、そんな返答であってもお嬢さんはとても楽しそうであった。


 そして、そんな彼女を側で見ている俺も楽しんでいる次第である。


 と、いつの間にかお嬢さんが足を止め、物欲しそうな目で店頭で焼かれている焼き串を眺めている。今まで食べ物系の出店は多くあったが、どうやら焼き串が彼女の琴線に触れたようだ。


 そういえば、王都に来てからまだ何も食べてないなと、俺は彼女の手を引き店の前まで来る。


 少し惜しくも思いつつ俺は彼女の手を離し、懐の財布を取り出しながら店主のおっさんに声を掛けた。


「おっちゃん、串焼き二つ」

「あいよ。お、お兄ちゃん、随分な別嬪さんを連れてるねぇ。もしかしてデートかい?」


「──はっ!? 男女が二人一緒に街へ出かける……これが噂に聞く〝でーと〟いうものですかっ!?」と妙に戦慄しているお嬢さんを放置して、出店を開いているおっさんに串焼き二本分の代金を渡す。


「ハイ毎度あり。綺麗な彼女に免じてもう二本、おまけしてやる」

「おっちゃん、見た目相応に太っ腹だな」

「やかましいわ!!」


 気を悪くする様子は微塵も無く、わっはっはと笑いながら恰幅の良い腹を揺らすおっさんに礼を言ってから焼き串を計四本受け取った。


 店の邪魔にならないように店頭から少し離れた位置に移動してから、お嬢さんに焼き串を二本渡す。


「ほれ、まずは腹ごしらえだな」

「その……そんなに食べたそうな顔をしていましたか、私」

「ああ、そりゃもう。目が釘付けだったな」

「あぅぅぅ……」


 己の食い意地に赤面するお嬢さん。ただ、顔を赤くしながらも両手に一本ずつ受け取るとすぐに目が輝き始めた。


 よほど興味があったのだろう。


 と思っていたら、今度は硬直した。


「ん、どうしたんだ。食べたかったんじゃないのか?」

「あ、いえ。その…………」


 答えに迷いながら視線を彷徨わせて、やがてはポツリと。


「た、食べ方が分かりません……」


 いや、食べ方ってちょっと……。


「ああもうツッコむのもめんどくせぇな」


 説明する実演した方が早い。


 俺は自分の手にある串焼きに刺さっている肉に齧り付く。さすが王都、肉の味もさることながら、味付けのタレが実に美味い。村でも串焼きを食べることはあったが、この深い味わいはいくつも調味料を組み合わせないと出来ない。まさに、物が多く集まる王都ならではだな。


「フォークも使わずに直接……ですか?」

「(こくこく)」


 肉を頬張ったまま無言で頷く俺を見て、お嬢さんが唖然となる。


「──これも庶民の流儀というやつなのでしょう」


 いや、そんなご大層なもんじゃねぇよ、とツッコミしたかったが、まだ口の中に肉が残っていたので黙ってスルーするしかなかった。


 お嬢さんは焼き串を前に真剣な顔つきになると、意を決して肉に齧り付いた。


 ──カプッ。


 小さな口を精一杯開いて、焼き串の肉を口を拭くんだ。食べ方まで可愛いとは恐れ入る。聞こえるはずのない擬音が脳内で勝手に再生されたほどだ。


 肉を囓り取ったお嬢さんが口の中で肉をもごもごとさせる。時間を置くごとに、お嬢さんの顔が驚きに彩られる。口に合わなかったわけでないのは目の輝きから分かる。どうやら、お気に召したようだな。


「んーっ! んーっ!」

「まずはしっかり噛んで、それから飲み込め」


 口を閉じたまま興奮しだしたお嬢さんを手で制止すると、彼女は一生懸命に口を動かす。まるで小動物が一生懸命物を食べているような可愛らしさがある。


 やがて肉を飲み込んだお嬢さんが、今度こそはと声を発した。 


「美味しいです! 美味しすぎます!! こんな美味しい物、生まれて初めて食べました!!」

「そりゃようございましたね」


 子どもの小遣いでも買えるような物で大感激するお嬢さん。安上がりで良いな、と思うのはさすがに失礼か。


「庶民の皆さんはいつもこんな美味しいものを食べているのですか?」


 深く考えないで口に出た疑問なのだろう。俺はつい悪戯心が湧いてきて言葉を返した。


「まるで、庶民の食べ物を知らないような言い口だな」

「──ッ!? そ、そそそそんなわけないじゃないですか! この私ほど庶民な人はいませんよ! 庶民オブザ庶民。キングオブ庶民とは私のことです!!」

「誰もそこまで聞いちゃいねぇよ……」


 お嬢さんの慌てっぷりが尋常じゃなかった。そもそも、焼き串の食い方が分からなかった時点で色々と手遅れだ。ただ、これ以上の言及は可哀想なので控えよう


「じゃぁ、それを食い終わったら他の店も回るか。まだまだ先はあるしな」

「はいっ!」


 かぷっ──もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


 一心不乱に焼き串を食べるお嬢さん。


「もっと味わってゆっくり食え」

「──っ(こくこく)」


 一心不乱に食べながら頷くお嬢さんだった


 ──その後のお嬢さんのはしゃぎっぷりが凄かった。


 最初は俺が手を引いて先導エスコートしていたはずなのが、いつの間にか俺がお嬢さんに引っ張られる形になっていた。


 面白そうな遊戯の店を見つければそちらへ向かい。


 美味しそうな食べ物の店を見つければそちらへ突撃する。


 まるで、親をせかす子どものようだ。


 女の人と手をつなげているので十分に役得であったし、悪い気はしなかった。


 お嬢さんの手は握れば潰れてしまいそうなほど華奢で柔らかい。農作業をして節々が硬くなった手も味があって悪くないが、なんだか新鮮な気分だった。


「あ、あれも面白そうですね!」


 新たに興味を持った物に向けて邁進するお嬢さんに、俺は今更ながらの質問を投げかけた。


「お嬢さん、楽しんでるか?」

「こんなに楽しいのは生まれて初めてです!!」


 打てば響くような答えだ。俺は堪らず笑い声を上げた。いきなり笑い出した俺を見て、お嬢さんがきょとんとした顔になる。


「あ、いや。俺もこんなに楽しいのは初めてだと思ってね」


「そうですか! それは何よりです!!」


 それから、俺たちは思う存分、祭り観光を楽しんだのであった。


  

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