第四十九話 狐さんが勝負に出たのですが──
注)微R15
ばっちこいって人は迷わず進め
すでに夕食時も終わってしばらく経っているからか、診療所の窓からは明かりが見えなかった。今朝の時点で帰りが遅くなる旨は伝えているので、キュネイは先に寝てしまっているのか。
「ちゃんと仕事と家庭の両立は心掛けろよ。いくら恋人のためとはいえ、仕事に専念しすぎると最終的にはそっぽ向かれるからな」
過去にそんな使い手がいたのだろうか、グラムの言葉には真に迫る雰囲気があった。
「言われなくとも、『その為』に次の仕事は三日後にしてるんだ」
キュネイに苦労をさせない為に働いているのであって、キュネイを寂しくさせてしまったら本末転倒だ。次の仕事までは彼女とゆっくり過ごして英気を養う所存だ。
ただ、今日はもう夜も遅くなり始めているので、寝ているキュネイを起こすのは忍びない。明日からの休日を楽しみにしつつ、俺も早めに寝てしまおう。
キュネイから預かった診療所の鍵を使って施錠された扉を開き、中に入った。
「ただいま〜」
「お帰りなさい、ユキナ君」
「──っ。……キュネイ?」
日常的な習慣として、ただいまの挨拶を小さく口にすると返事が返ってきたことに驚く。星明りの中で薄暗く照らされたキュネイが立っていた。
「なんだ、起きてたのか。明かりがないからもう寝てるかと思ってた」
「こんな時間に? まだ夜は始まったばかりじゃない」
クスリと笑みを浮かべたキュネイの顔を見て、俺の背筋がぞくりと震えた。
『おいおい、キュネイちゃん。なんかテンション高くね?』
グラムの指摘通りだ。角こそ無いが、今のキュネイは淫魔としての側面が強く出ている時の彼女に近かった。
『精気』が足りなくなると淫魔としての本能が強くなるとはキュネイ自身から聞かされている。ただ、それを防ぐ為、定期的に彼女の吸精を手伝っている。今朝だってそれはしていたはずだ。
『見てるぶんには既に新婚さんみたいな感じだよな、お前さんら』
だから精気不足というのはありえないのだが、それにしては全身から『色気』を放ちまくっている我が恋人である。見ているだけで胸がドキドキしてきそうだ。
ただ──この空気には覚えがあった。
キュネイと……真に想いを伝え合い、身も心も繋がったあの時だ。その時の彼女に似ていた。
「ほら、そんな場所に立ってないで。こっちに来て」
「あ、ああ」
キュネイに手を引かれ、俺はなされるままに診療所の奥へと向かう。居候してしばらく経っているはずなのに、まるで初めてここを訪れたかのような緊張に近いものを感じていた。
そして、診療所のベッド付近にまで来て、俺はようやく自身とキュネイを除いた第三者の存在に気が付いた。
「ゆ、ユキナ様……」
「ミカゲ? っておいっ、なんつー格好してんだお前!?」
傭兵組合で別れたはずのミカゲ。
しかも、最後に見た時のような民族衣装のような出で立ちではなく、躰の要所をかろうじて隠しているだけの扇情的な服装。豊かに実っている胸元は大きく開いた形になっており、今にも全てがこぼれ落ちそうなほどだ。
見ているこちらが恥ずかしくなるような格好であり、着ているミカゲ自身も羞恥からか顔を真っ赤にしており、けれども己の格好を隠そうともせず、俺に見せつけるかのように手を後ろで結んで佇んでいる。
「どうかしら。ミカゲさんの故郷に伝わる衣装を参考にしたものよ。彼女にすごくよく似合ってると思うの」
いつの間にか背後に回っていたキュネイが、俺の肩に顎を乗せ耳元で囁いてくる。
以前にキュネイが着て見せた『勝負服』とは作りは異なるが『妖艶』という点でいえば良い勝負。あの服を着たキュネイを『艶やか』と称するならば、今のミカゲは『雅』とでも表現すれば良いのか。
「その、どうでしょうかユキナ様……。このような服は生まれて初めて纏うのですが」
伏せがちの顔で上目遣いに訪ねてくるミカゲ。いつもはまっすぐに天を目指している狐耳が、今は不安げに垂れている。
『相棒……』
分かってるよ。
今のミカゲを見て、答えをはぐらかそうとする気はなかった。ミカゲやキュネイの意図は未だ読めないが、冗談でこんなことをしているのでないのだけは分かっている。
俺は恥ずかしさを押し殺して、萎縮してしまいそうな唇を動かす。
「……見ててちょっとどころでは無いくらいにドキドキしてる」
「そう……ですか。……ありがとうございます」
俺の答えにパッと表情を明るくしたミカゲだが、羞恥がぶり返したのか語尾が小さくなっていく。しかし、狐耳がピンっと立ったので心の中では喜んでいるのが読みとれた。
俺たちのやりとりを見ていたキュネイがまたもクスリと笑う。
「で、これってつまりどういうことだよ」
言葉と視線をキュネイに投げると、俺から離れてミカゲの背後に回ってその両肩に手を置く。
「ほら、ミカゲさん」
「は……はい」
キュネイの言葉に一度頷くミカゲ。それから少しの時間、忙しなく視線を彷徨わせた彼女だったが、やがては深呼吸をした後、ゆっくりとこちらを見て。
「ユキナ様……私にお情けいただけないでしょうか?」
──物凄く恥ずかしい話だが、ミカゲが口にした言葉の意味を冗談ではなく素で理解できなかった。ミカゲの故郷独特の言い回しとは思うけれども。
『つまりはあれだ、ミカゲは相棒に『抱いて欲しい』っていってんのよ』
それって、抱擁的な意味じゃなくて?
『男女的な意味でだよ』
…………………………………………。
今のミカゲの格好を見て、言葉の意味を察するのは難しくなかった。ただ、グラムに改めて教わってようやく理解して──って、おいちょっとまて。
ミカゲの『申し出』が頭の中に染み込んできて、俺は艶やかな笑みを湛えたままのキュネイを凝視してしまう。
「驚いてるわね、ユキナ君」
「いやいやいや、おたくの恋人、他の女性に言い寄られてるのに何でそんな冷静なの?」
「だって、ミカゲさんにこの提案したのは私だもの」
「はぁっ!?」
なに言ってくれちゃってんの、このお姉さん。




