side fencer2(後編)
その後は明日以降の予定を話し合い、組合の前でユキナ様と別れる。彼の背中が雑踏に消えるまで見送ったまま、私はそのまま立ち尽くしていた。
今日は色々と反省点が多すぎた。これでは指南役どころか配下としても失格。このままではユキナ様から失望を買うのも時間の問題だ。
雑念を振り払うには鍛錬をするのが一番だ。心を無にし、一晩ほど素振りを続ければ余計な感情を振り払うこともできるはずだ。
半ば自分に言い聞かせながら、私は組合から離れようとした。
「あ、ミカゲ様! お待ちください!」
歩き出そうとした私に、組合の中から飛び出してきた職員が声をかけてきた。
「……私に何か?」
「じ、実は先ほどの依頼の清算に関してこちらの手違いがありまして」
息を切らせながら、職員がそんなことを言った。
聞けば、私たちが本日終えた依頼の清算を請け負っていた職員が新人であり、報酬の計算にミスが生じていたらしい。本来払うべき報酬よりも少ない金額を我々に支払っていたのだ。
「大変申し訳ありません。ミカゲ様を相手にこんな失態をしてしまうとは。新人にはきつく言っておきますので、どうかご容赦を──」
「いえ、人間の作業にはミスがつきものです。次回以降に気をつけてもらえれば、こちらとしては問題ありませんから」
しきりに頭をさげる職員に、私は必要以上には責めなかった。今言った事は本心であったが、今日失態を犯した自身を慰めるような気持ちもあった。
組合の中に戻るまで絶えず頭を下げてくる職員に別れを告げてから、私は渡された不足分の報酬が入った袋を見る。
「……仕方がないですね」
予定通りであれば、次にユキナ様と会うのは三日後となっている。その間は互いに自由ということなのだが、逆を言えばそれまでは確実に会える保証はない。
別に、三日後に会うときにこの不足分の報酬をユキナ様に渡せばいいのだが──私の足は自然と、キュネイ先生の診療所へと向かっていた。
ユキナ様は四級への昇格と同時に、居をキュネイ先生の診療所に移しているのは知っている。依頼を終えたユキナ様が向かうのは間違いなくそこだ。
そう考えてキュネイ先生の診療所を訪ねたが、残念ながらユキナ様はまだ帰っていなかった。
「わざわざごめんなさいね。今日は用事があるから少し遅くなるってユキナ君が言ってたのよ」
「急ぎの用事ではありませんので大丈夫です」
出迎えてくれたキュネイ先生が申し訳なさそうに言ったが、私は首を横に振った。
「では、私はこれで」
ユキナ様にすぐに渡せなかったのは残念だが、言った通り急ぎの用事でもない。
それに──今キュネイ先生と顔をあわせるのは精神上あまりよろしくない。彼女には一切の非がないのは承知しているが、それでもふとした拍子に邪な感情を抱いてしまいそうになる。
「あ、ちょっと待って」
踵を返し、診療所を去ろうとするもキュネイ先生が待ったを掛けた。
「せっかく足を運んでもらったんですもの。お茶でもどうかしら」
「いえ、そんなお忙しい中で」
「平気よ。今日は急患が来ない限りは診療所を閉めるつもりだったし、あなたと少しお話ししたいと思っていたのよ」
笑みを浮かべながらの勢いに押され、キュネイ先生のお誘いに乗ることとなった。
この診療所に足を踏み入れたのは、ユキナ様が運び込まれ、見舞いに来た時以来。無事に回復してからは一度も来ていなかった。
「それで、ユキナ君は無茶してない? あの人、普段は安全第一とか言っておきながら、たまにとんでもないことをしでかすから、ちょっと心配なのよ」
とんでもないこと──初めに思い浮かべたのは厄獣暴走の一件だが、キュネイ先生の口ぶりからするともしかしたら他にあるのかもしれない。かなり興味を惹かれたが、同じくらいの聞くのが怖くなって追求はしなかった。
「いえ、今のところ、そのようなことはありません」
「そう。まぁ、ミカゲさんのような腕利きの傭兵が指南役を引き受けてくれてるんだもの。心強いわ」
「……そう言っていただけると恐縮です」
今日の失態を考えると素直に頷きにくいが、指南役を買って出た手前で苦く思いつつも首肯する。
それから、キュネイ先生が淹れたくれた茶を飲みつつ、話に花が咲き始める。
ユキナ様とのことはあれど、キュネイ先生は非常に親しみを持ちやすい人だった。いつの間にか、彼女との会話を楽しんでいた。
聞き手上手なのか、こちらが話したいというタイミングを見極めるのが非常に優れているように思えた。おそらくは医者という職業柄、患者と話をする上で大事な技能なのだろう。
加えてこの容姿だ。同性の私であっても、時折見せる女性的な仕草に胸の鼓動が高まりそうになる。それらを含めてキュネイ先生は魅力的な人に感じられた。
私も自身の容姿が並よりかは上である自覚はある。異性からは好奇を、同性からは羨望や嫉妬の眼を集めているのに気づかないほど鈍くはない。ただ、やはり目の前の女性と比べると相当に目劣りする。
そして何より、時折ユキナ様のことが話題になるたびに、キュネイ先生は、女の私でも見惚れてしまほどに優しい顔になるのだ。本気でユキナ様のことを想っているのが伝わって来る。
キュネイ先生は本当にいい人だ。
故に、彼女に嫉妬を抱いている己が卑しく感じられてくる。純粋にユキナ様の幸福を願うことができなくなってしまう。
「ところでミカゲさん、一つ聞いていいかしら」
「……なんでしょう」
内心に気落ちしている私に、キュネイ先生は唐突に。
「ミカゲさんって、ユキナ君のことが好きなの?」
「…………………………は?」
──それは、ユキナ様という恋人を持った女性がするには、あまりにも軽すぎる調子での質問であった。
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