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side fencer2(中編)



 一頻りに感激していた私だったが、ふと気になることが思い浮かんだ。


 いくらユキナ様が前途有望なお方であっても、こんな短期間で魔法を独学で習得できるとは考え難い。槍を使っていることからわかる通り、ユキナ様は私と同じで前衛で武器を振るう戦士タイプ。魔法の扱いに関しては下地がないはずだ。


「ユキナ様。どこで回復その魔法を?」

「ん? ああ、キュネイに頼んでな。本職プロが側にいるんだし、物は試しって感じに習い始めたんだ」


 言葉の最中に、ユキナ様は手元の槍をちらりと一瞥した。


「ほら、昇格試験の時に俺が偶然助けた傭兵がいただろ。あれを見て最低限、仕事の出先で応急処置くらいはできた方がいいと思ってさ」

「そう……ですね。おっしゃる通りです」


 理に適ったユキナ様の考え。けれども私は頷くのにわずかの間を要した。頭では正しいと理解していても、心の方が小さく躊躇ったのだ。


 理由もわかっている。キュネイ先生の名前がユキナ様の口から出たからだ。


 ユキナ様とキュネイ先生が恋人関係にあることは、すでに知っていた。


 別にユキナ様が公言したわけではない。


 だが、これまで人生を『武芸』一辺倒で過ごしてきた私であるが、昇格試験に両者のやりとりを見て、何も感じないほど人の機微に疎いつもりはなかった。


 ユキナ様が誰に回復魔法を習ったか。よくよく考えれば問うまでもなかった。キュネイ先生の名前が出てくるのも当然だ。だというのにじくりと、胸の奥に痛みと不快感を伴った疼きが生じる。


 それ・・を振り払うように、私は首を横に振った。


 主君の幸福を願うのは配下として当然のこと。主君の幸せこそ配下の幸せも同然。ゆえに、主君の想い人に対してやましい感情を抱くのはあってはならぬこと。


 私は己の内面に湧き上がった感情を誤魔化すように言葉を発する。


「……キュネイ先生の腕前は存じています。優秀な指導者がいるとはいえ、さすがはユキナ様。こんな短期間で回復魔法を習得なされるとは」

「まだ擦り傷をどうにかするのが限界。さすがに戦闘中に治すなんて芸当は無理だし、気休め程度だ。そんなに持ち上げないでくれ──ん?」


 ふと、ユキナ様が再度手元の槍に視線を落とす。無言で槍を見据えていると、小さく息を吐きながら肩を竦め、槍を背中の携帯鞘に収めた。


「さて、おしゃべりもそろそろ切り上げて仕事にかかろうぜ。指定された数には足りてないんだからな」


 厄獣を解体するための大振りなナイフを取り出しながらユキナ様が言った。


 そういえば、ユキナ様はあの黒い槍に目を向けることが多い。不思議なことに、その時のユキナ様は表情がころころと変わるのだ。愛用の武器に気をかけている、とは少し違う。


 まるで、その場にもう一人誰かがいて、会話をしているような雰囲気なのだ。


「どうしたミカゲ。ぼぅっとして」


 ユキナ様に声をかけられて、私はハッとなった。


「重ね重ね申し訳ありません。すぐ取り掛かります」


 今日はいつもより余計なことに気を取られすぎている。だから先ほどのようのな手傷も負ってしまう。まさに未熟の証拠だ。


「調子が悪かったら言ってくれよ。今日中に終わらせなきゃならん仕事ってわけじゃないんだから」


「いえ、問題ありません」


 ユキナ様の気遣いを嬉しく思う一方で、彼に気遣いをさせていることを恥じ、私は雑念を振り払うように仕事に取りかかった。


 ──その後、依頼自体は滞りなく終えることができたが、私個人としては最悪に近い結果となった。なぜなら、その後の厄獣との戦闘においても私は何度も手傷を負ってしまったのだ。


 ほんの擦り傷だが、普段の私ならこの程度の相手に絶対に犯しえない失態ミスだ。そしてその原因も心当たりがある。


 ユキナ様とキュネイ先生のことを考えていたから。どうしてもそのことが頭から離れず、剣筋が鈍ってしまった。


 雑念に気を取られていらぬ怪我を負うなど、武芸者にとってあってはならない事だ。


「じゃ、これがミカゲの取り分だ。悪いな、二級傭兵にとっちゃぁ端金だろうけど」

「私としては、むしろ全額ユキナ様が受け取ってもらっても問題ないのですが」

「馬鹿言うなよ。それじゃぁさすがに筋が通らねぇ。きっちり取り分をもらってくれないと、逆に俺が困る」


 組合で受け取った報酬のきっちり二等分を、ユキナ様から受け取った。今日の失態を考えれば、受け取る事は躊躇われるのだが。


 思わずそれを口にしていた私だったが。


「だったら、お前の倍以上に怪我した俺は、逆に罰金払うレベルなんだけどな」

「うっ……」


 意地悪そうに言うユキナ様に、私は言葉が返せなかった。


 表面上は無傷であったが、ユキナ様は今回の厄獣討伐で深刻なほどではないが何度か負傷している。その都度に回復魔法で治療していたのだ。


「……ありがたく頂戴いたします」

「分かればよろしい。今日もお疲れ様……怪我が多いほうが偉そうに言うのも変な話だなおい」


 ユキナ様は笑いながら労ってくれたものの、私の気は晴れなかった。


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