side fencer2(前編)
私──ミカゲが、ユキナ様の『従者』になってしばしの時間が経過した。ユキナ様からすれば私はあくまでも『仲間』に過ぎず、私が勝手に『従者』と思っているだけの話なのだが、いずれは正式な配下として認められたいものだ。
さて、表向きは仲間であり、私の内面では従者。そしてユキナ様的には指導者という立ち位置である私は、ユキナ様の傭兵としての仕事に付き従うようになった。
二級である私が、傭兵の階級としては格下であるユキナ様に付き従っているのを周囲のものは奇異の目で見ている。 もとより、自覚はないが私の身なりは女としては整っており、ついでに動くには邪魔で仕方がない育ちすぎた胸のせいで、異性の視線を集めることには慣れていた。今更すぎて気にするほどのことでもなかった。
邪魔で邪魔で仕方がなかった『女』としての部分だが、今はこんな自分も悪くないと思え始めていた。
まだ知り合って短い期間でしかないが、どうやらユキナ様は胸がふくよかな女性が好みであるらしい。ふとした瞬間に、ユキナ様の視線が私の胸元に注がれているのには気がついていた。
私がそのことを察したそぶりを見せると、ユキナ様は慌てて視線をそらすのだ。以前までなら不快感しか抱けなかっただろうが、それがユキナ様だと全く悪い気はしなかった。
話が些か脱線した。
立場はどうあれ、ユキナ様の仕事に同行するのを許された私は、その日も彼と共に行動していた。
依頼の内容は傭兵の仕事としてはごくありふれたもの。特定の厄獣を討伐し、その亡骸から求められた部位を剥ぎ取って持ち帰るというものだ。
「せいやぁっ!!」
鋭い気迫と共に、ユキナ様が黒槍を振るう。空中から襲いかかってきた鳥型の厄獣を穂先で切り裂くと、そのままの勢いで振り回し背後に迫る厄獣を葬る。
「さすがはユキナ様」
手近にいた厄獣を切り捨てながら、私は無意識に賞賛の言葉を漏らしていた。
私は主にカタナを得意としているが、実は一通りの武器は使いこなすことができる。むろん、槍にも多少の心得はある。だからこそ、ユキナ様の槍裁きに得心していた。
槍の最大の武器はその間合いの広さと、遠心力を利用した一撃だ。相手を寄せ付けずに一方的に攻撃してこそ最大の威力を発揮する。
ユキナ様はそのことをしっかりと心得ているようで、槍の長さを最大限に利用し、それでいて勢いを極力殺さずに常に最大威力を発揮して攻撃を放っている。お世辞にも腕達者とは言い難いが、槍を一振りするごとに動きが洗練されていくかのようだ。
実はといえば、ユキナ様と一緒に依頼に赴くようにはなったが、戦闘面で口出ししたことはない。戦闘中に気になったことがあったとしても、戦闘の最中にそれを修正しようと動いている。まるで、自分の動きを客観的に捉えているかのようだ。
──いや、どちらかといえば、常に誰かの助言を受けているかのような成長の仕方だった。
「ふぃぃ……とりあえず区切りは着いたかな」
手近にいた厄獣は全滅していた。ユキナ様と私も目立った負傷なく、まさに完勝と言っていいだろう。
「ミカゲ、そっちは大丈夫か?」
「はい、こちらは異常ありません」
カタナに付着した血糊を振り払い、納刀しながら私は答えた。ユキナ様の言葉の通りではあったが、それでもユキナ様が私を気遣ってくれている事実は単純に嬉しかった。
「っておい、怪我してるじゃねぇか」
「え?」と私が言葉を発するよりも早く、ユキナ様は私の腕を取った。すると僅かばかりの痛みが生じる。
見れば、腕の半ばあたりに小さな切り傷が穿たれていた。どうやら、戦いながら色々と考えていたのが悪かったらしい。
「も、申し訳ありません」
「なぜに謝るよ。別に怒ってねぇって。仕事を助けてもらってんのはこっちだしな」
指南役を買って出た身でありながら、この程度の厄獣相手に負傷するなど未熟もいいところだ。ユキナ様は笑っていたが、気の抜けていた己に恥じ入り思わず俯いてしまった。
「『治療』」
ユキナ様が唱えた言葉に、私はハッと顔を上げた。
見れば、ユキナ様のかざした手からは淡い光が発せられており、私の腕の傷に注がれている。徐々に腕の傷が塞がれていき、やがては跡形もなく消えていった。
「これでよし、と」
「か、回復魔法!?」
「自分の躰では何度か試してたけど、他人に使うのは初めてだったんだ。成功して良かったぜ」
得意げに言うユキナ様だったが、私は驚くしかなかった。
回復魔法は、魔法の分類としては代表的なものだが、その習得は困難とされている。傭兵組合には攻撃魔法を扱える者も登録しているが、回復魔法の使い手となると滅多にいない。命がけの職に身を費やすぐらいなら、医者になったほうがはるかに安定して稼げる。
ユキナ様は少なくとも私と知り合った当時は魔法を扱えなかったはず。口ぶりからして習得したのはごく最近だろう。
──ゾクリと、背筋が震えた。
私は幼い頃から武芸者として鍛錬を積み重ねてきており、肩を並べて共に研鑽しあった同門の武芸者も数多くいる。ゆえに、これまで多くの才能を目の当たりにしてきた。
その経験からして、ユキナ様は機を得て爆発的に成長するタイプではない。その手のタイプは、一目であった瞬間にある種の『凄み』を感じさせてくる。未熟であっても、将来を期待させる『何か』があるのだ。
正直に言えば、ユキナ様はお世辞にも『凄み』とは無縁。一を知って十を得るような才能はないのだろう。
だが逆に、一歩一歩と緩やかに、だが着実に成長していくタイプと見受けられた。華やかさこそ皆無であろうが、揺るぎない強固な基礎が築き上げらていく印象を受ける。
ユキナ様が成長していく姿を身近で感じられるということに、不思議な高揚感を覚える。その成長の一役を自分も担うことができるのだと考えるだけで、堪らなくなる。
ユキナが初歩的とはいえ回復魔法を覚えられたのは、本人のやる気と指導者が理由。
詳細は次回の予定。
余談ですが、ナカノムラの別連載作品『大賢者の愛弟子 〜防御魔法のススメ〜』の第二巻が九月に発売予定です。
最新話のあとがきには先行してカバーイラストも公開しておりますので是非一度ご覧になってください。
↓アドレス
https://ncode.syosetu.com/n2159dd/
知らない人に簡潔に説明すると『防御魔法で殴れ』な学園バトルファンタジーです。
また、当作品を気に入ってくれた方も、評価点をいただけると今後の励みになります。
以上、ナカノムラでした。




