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第五話 観光をするようですが


 暫く走り続けると、俺たちはどうにか表通りに出ることができた。背後を振り向くが誰かが追ってくるような様子は無い。


 そのまま表通りの人の雑踏に紛れて更に進み、路地裏の入り口から遠く離れた道の端でようやく足を止める。


「とりあえず、ここまでくりゃぁ一安心だな」


 軽く息は切れる程度の疲労感を感じながら、俺はお嬢さんの方を見る。


 一応、彼女が脱落ダウンしないように速度は落として走っていたつもりだ。それでもお嬢さんは建物の壁を背中を預け、今にもへたり込んでしまいそうなほど疲弊していた。


「も、申し訳ありません。なにぶん、外を出歩いたことがあまりなくて……」

「気にしなくて良いさ。ゆっくり深呼吸して、まずは落ち着こうか」

「は、はい。分かりました……」


 彼女は胸元に手を当てると深く呼吸をし、乱れた息づかいを整えていく。


 ……こう、深呼吸しているだけで揺れてしまいそうだな。


 などと考えているとは露も知らず、何度か(揺らしながら)深呼吸をして息を整えたお嬢さんが、こちらを向く。


「重ね重ね、本当にありがとうございます」

「どういたしまして」


 咄嗟の行動ではあったが、どうやら俺の選択は彼女にとって間違いで無かったようだ。


「んで、お嬢さん。事情を聞いても良いか?」

「えっと……それは……」

「ああ、いいさ。答えにくいなら無理に聞こうとは思わねぇよ」

「……良いのですか?」

「良いのですよ」


 助けたからといって、その人の事情に深く足を踏み入れるかはまた別問題だ。


 軽く答えてから、俺は話を切り出した。


「勢い任せにあの場から離れちまったが、お嬢さんはあの場に用があったりするのか? 少なくとも今日一日はやめておいた方が良いと思うけど」


 こんなお嬢さんがあんな怪しげな場に足を踏み入れていたのだ。ただならぬ理由があったに違いない。少しだけ悪いことをしてしまったかと思っていたのだが。


「い、いえ。実は……道に迷ってしまって、たまたまあそこに行き着いてしまっただけなんです」

「……え、本当マジで?」

「ええ、本当マジです」


 予想外の答えに俺は思わず聞き返していた。女性は恥ずかしそうに頷く。下手に勘ぐった俺も妙に恥ずかしくなってきた。


「ああ……じゃぁ聞き方を変えよう。これからどうするよ」

「どうする……とは?」

「〝行く当て〟はあるのかって意味だ」


 そう聞くと、女性は気まずげに視線を逸らした。


 おい、ちょっと待てよ。


「……もしかして、行く当ても無く彷徨ってたのか?」

「むしろ、行く当てもなく彷徨うことが目的であったと言いますか……」


 どんな目的だよ! とツッコミを入れたくなった俺の気持ちも察して欲しい。ただ口にすると完全にお嬢さんにトドメを刺す結果になるので喉元で飛び出そうになる寸前を耐えた。


 俺は一度、天を仰いでから冷静さを取り戻す。


「じゃぁ、暫く俺と一緒に行くか?」

「──?」

「実は俺、さっき王都に来たばっかりなんだよ。これから街を散策がてらに観光するつもりなんだが、どうよ」

「──ッ、是非ご一緒させてください!!」


 俺の何気ない提案に、お嬢さんは花の蕾が開くような笑顔を浮かべた。ちょ、止めてください。笑顔が神々しすぎて見るのが憚れる。


「お、おおぉぅ。そうかい。じゃあ一緒に行くか」

「ハイ!」


 予想外の食いつきっぷりに動揺してしまったが、とりあえず喜んでくれたようで何よりだ。



 こうして、俺の王都生活初日は、『突撃隣の色街へ!』から『謎の美少女と王都観光』に変更シフトしたのである。


「へぇ……お友達に誘われて」

「別に友達って程仲が良いわけじゃぁ無いんだがな。なぁんで俺を一緒に連れて行こうと思ったのかは、てんで分からずじまいだ」


 活気のある街中をお嬢さんと並んで歩く。その間に、俺が王都に来るまでのあれやこれを話す。


 お嬢さんは俺の話の一言一言に相づちを打ち、面白そうに微笑んでいる。何が面白いのかは俺もよく分かっていないが、お嬢さんに楽しんで頂けて何よりだ。


「──にしても、王都ってのは本当に賑やかだな。毎日こんなのなのかい?」


 表通りには出店が立ち並び、時折芸を披露する大道芸人がいて周囲からの喝采を浴びている。吟遊詩人の語りに耳を傾けている者もいれば、純粋に楽器で音色を奏でて周囲の喝采を浴びている者もいる。


 毎日これだけ熱気があるとは、王都の賑やかさには恐れ入る。ただ、お嬢さんは俺の感想を否定した。


「いえ、普段はこれほど賑わってはいません。ここ数日が特別なだけなのです」

「特別って──お祭りでもあるのか?」

「……ええ。実はフォニア教会の教皇様が一週間前に宣言したのだそうです。この王都に、神に選ばれた『勇者』が訪れると」

「へぇ、勇者ねぇ……。って、それって宣伝しちゃって良いのか!?」


 お嬢さんには俺が王都に来るまでの道中の話をしたが、肝心の『勇者』に関してははぐらかしている。俺が勇者の知り合いだと信じて貰えるはずが無いだろうし、安易に広めて良いとも思っていなかったからだ。


 ……って、おい。


 確か教皇って教会で一番エラい役職だろ。組織のトップが率先して喧伝してるのかよ。俺の配慮を返せ。


「魔王の復活が噂される昨今、国民の皆様の心には不安が広がっています。ですが、勇者様はこの世界に希望をもたらすお方。その存在そのものが人々の心に光を灯してくれます」


 勇者の存在を大々的に明かすことで、民衆の不安を誤魔化そうという算段か。それで、その効果が目の前に広がる活気づいた王都の街並みか。


 俺にとってもこの賑わいは幸運だ。隣の綺麗なお嬢さんと一緒にこの活気を楽しめるのだからな。


「さて、どうせだから出店を楽しもうか」

「──えっ? ……そ、そうですね。どうせだから楽しみましょう!」


 どうしてか、一瞬だけ驚きの表情を見せたお嬢さんだったが、すぐに笑みを浮かべる。深くは追求しなかった。

 

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