第四十七話 ついてくるようなのですが
無事に四級へと昇格を果たした俺だが。組合で依頼を受け日銭を稼ぐ毎日に変わりはなかった。
五級の頃よりは実入りがよく、それでいて難易度の高い仕事を受けられるようになったが、流れそのものに変化はない。
ただし、住処に戻るとキュネイが笑顔で迎え入れてくれるのが大きな変化の一つと言えた。診療所に戻れば『お帰りなさい』といってくれる彼女の存在は、俺の癒しでありやる気の大きな原動力になっていた。
キュネイの周囲にも俺以外の変化はあった。
以前に比べて、診療所を利用する傭兵の数が増えたのだ。
切っ掛けはやはり、あの四級昇格試験。
あの試験では足を深く負傷した者の他にも、手傷を負ったものもいた。一匹一匹はさほど脅威にならなくとも、多数を相手にすれば油断ならないという事だ。不合格にはされなかったが、それでも監督役である二級傭兵からは厳しい言葉が伝えられた。
そんな折に、負傷した傭兵たちを迅速に治療したキュネイの腕前が人伝で伝わり、傭兵組合の中で評判になったのだ。おかげで、診療所は繁盛している。
とはいえ、評判になったのは医者としての腕だけではない。キュネイは元高級娼婦。相手をするのは極一部の金持ちではあったが、キュネイを買おうと試みた者は傭兵組合にもいるし、上級の傭兵ともなれば実際に彼女と一夜を明かしたものだっている。
そんな彼女の美貌に釣られて診療所を訪れるものも少なからずいた。中にはよからぬ事を考える輩もいたはずだ。
だが、これに関してはさほど問題は起こらなかった。
理由は、キュネイがミカゲと知り合いだったからだ。
たまに忘れかけるが、本来のミカゲは自他共に厳しい傭兵。少なくとも、俺と話しているときはそうだ。そんな彼女が後ろ盾になってくれているおかげで、キュネイは安心して診療所の仕事に専念できている。
そして、俺の身の回りに起こった大きな変化の二つ目なのだが──。
その日に受けた依頼は『厄獣の駆除』。
傭兵の仕事としては極ありふれたもの。逆を言えば傭兵である以上は必ずついて回る仕事とも言えた。
俺は普段通りに入念な準備をしてから、王都を出発した。
「さぁユキナ様。今日も頑張ってお仕事に参りましょう!」
「お前はどうしてそうも元気なわけ?」
やる気を漲らせるミカゲに、俺は呆れた声を返した。
さも当然のように付いてきた彼女だったが、これが初めてではない。四級に昇格してからすでに何件もの依頼をこなしているが、高確率でミカゲが同行するようになったのだ。
仲間を募って活動する傭兵は珍しくない。むしろ、上の階級に行けば行くほど、誰かしらと組んで依頼をこなす事が多くなっていく。
厄獣の中には人間よりも遥かに強靭な体と巨体を持つものも多くいる。それらを相手に個人で挑むのは愚策もいいところ。その手の厄獣を相手にするときは、仲間を組んで挑むのが定石だ。
とはいえ、四級までで相手にできる厄獣の中には、個人で討伐できるものも多い。無理に仲間を作る必要もない。
今回の依頼もその一つ。油断さえなければ今の俺の実力であれば問題なく完遂できる。
なのにミカゲときたら。
「『仲間』であるのなら一緒に行くのは当然です」
……そういえばそんな事を口にしたっけな。
少し前に、ミカゲから『自分を配下にして下さい!』ととんでもない事を言い出したので、とりあえず『仲間から始めましょう』と返したのだが、キュネイとの事や昇格試験で頭がいっぱいですっかり忘れてた。
別に、別階級の傭兵同士が一緒になって依頼をこなすのは禁止されていない。ただ、低階級の傭兵が自分より上の階級の依頼を受ける事はできない。つまり、上階級の傭兵は必然的に低階級の依頼をこなさなければならない。
四級の傭兵が応援として三級傭兵と手を組み四級相当の依頼を行うのならばまだ分かる。俺とミカゲの場合は、四級と二級。傭兵の階級が二つも違うのだ。
ぶっちゃけ、ミカゲに全く旨みがない。
俺に合わせて四級の依頼を行うくらいだったら、彼女単独で三級の依頼を受けた方が絶対に儲けはいいはずだ。
彼女が付いてくると言い出した当初、その事に関して聞いてみれば。
「金銭面ではさほど困っていません。これまでの稼ぎがあれば、普通に生活するだけなら数年分の蓄えはありますし」
「おっふぅ……さすがは二級傭兵」
──さりげなくお金持ち宣言されて俺が凹んだ。
『まぁいいじゃねぇか相棒。ミカゲがいりゃぁ少なくとも万が一の事にはならねぇよ。なにせ、今の相棒じゃぁ勝てねぇほどに腕達者なんだから』
「ぐはぁっ……」
グラムの言葉に俺は更に打ちのめされた。
五級の俺だって頑張ればかなりの額を稼ぎ出せたのだ。二級傭兵ともなれば一度の依頼で稼ぎ出せる額は相当だ。それだけに危険な依頼は多いが、まさに一攫千金と呼ぶにふさわしい。
経済的にも能力的にも女性に劣っている我が身が惨めになった。
いや、ミカゲは傭兵としては先輩であるし、幼い頃から武芸者として厳しい鍛錬に明け暮れてきたのだ。劣っているのは当たり前なのだけれど、歳が近い相手が自分の数段上の場所にいるのがちょっと辛い。
もっとも、グラムの言葉にも一理ある。
厄獣暴走のような事はもうないと思うが、ミカゲほどの実力者が一緒であるのならばこれほど心強い事もないだろう。
『あとはあれだ、俺ぁ英雄に助言するのは得意だが、傭兵としての助言は俺よりもミカゲの方が適してんだろ。今よりも上を目指すつもりなら、色々と教えてもらいな』
おお、その考えはなかった。
精神的ダメージから立ち直った俺は、どうせ付いてくるならと、グラムの提案をそのままミカゲに伝えた。
「──って事で、どうだろうか」
「過度の手出しは控えるつもりでしたが、その程度ならお安い御用です。まだまだ未熟者ではありますが、できる限りの事はさせていただきます」
そんなわけで、四級傭兵と二級傭兵という、アンバランスで奇妙なコンビが出来上がった次第である。




