第四十五話 トラブルは終わらないのですが──
犬頭人を全滅させてから、俺は動けなくなっている傭兵の元に近寄った。
「おう、無事か?」
「な、なぁあんた。今何をしたんだ?」
──召喚。
『契約』を果たしたことによって得た『魔刃グラム』の新たな能力。意思を込めて名を呼べば、どれだけ遠くに居たとしてもグラムを即座に俺の手元に呼び出すことができる。
グラムは最初『おしゃべり機能と同じ、単なる便利機能だ』としか言っていなかったが、俺は率直にこう呟いてた。
「これって、投槍が投げ放題ってことじゃね?」
なにせ、投げた槍を瞬時に呼び戻せるのだ。実質、大量の投槍を抱えているのと同じであり、その大量の槍をグラム一つで賄えてしまうのである。
ちなみに、俺のつぶやきを聞いていた鍛冶屋の爺さんとグラムが、次の瞬間に大爆笑していた。
そんなわけで、俺が躊躇なくグラムを投擲したのも、この召喚で自在に呼び戻せるからだ。
ちなみに、投槍の練習はこの一週間でそれなりにこなしたが、命中率はそこそこ。なので、下手すると投げたグラムが犬頭人ではなく傭兵に命中する恐れもあったが、それは結果オーライである。
とはいえ傭兵の疑問に命中率の問題も含めて懇切丁寧に答えてやる義理はない。
「ご想像にお任せするよ。それよりも足の具合はどうだ」
ばっさりと傭兵の問いを切り捨てて、俺は質問を重ねる。
俺の煙に巻くような態度に僅かに眉を潜めた傭兵だったが、足の怪我を思い出した途端に痛みが走ったのか、表情を歪めて顔を伏せる。
「ちょっと見せてみ」
俺は傷を抑える傭兵の手をどける。
『こりゃ結構深いな。今すぐにってわけじゃないが、放っておくと出血多量でヤバくなるぜ』
よく見ると、傷口から流れ出た血液で、地面に血溜まりができている。傭兵の顔色も悪い。グラムの言う通り、放置すれば命に関わる。
「緊急用の魔法具は」
「……あの犬っころから逃げてる最中に落とした」
「かー、何やってんだよ」
傭兵の不手際に俺は思わず顔を覆ってしまった。傭兵当人も気まずげだった。
仕方がない。
俺は自分に支給された球体の魔法具を取り出した。
「おい……何をするつもりだよ」
「見りゃ分かるだろ。監督役の傭兵を呼ぶんだよ」
立ち上がろうと己の膝に手をつくが、傭兵が慌てた風に俺の手を掴んで止めにきた。
「じょ、冗談じゃねぇぞ! たかが犬頭人の討伐で二級傭兵に助けを求めたら、それこそ笑い者にされる!」
………………。
「────(イラッ)」
『やめろ相棒! さすがに死人に鞭打つような行為はどうかと思う! いや、死んでないけども! 下手すりゃ相棒がトドメ刺しちまうぞ!』
俺の心情を察したグラムが悲鳴混じりの声を発した。それがなかったら、頭突きの一つでもかまして黙らせようかと思っていたのに。
内心の苛立ちを溜息と共に吐き出すと、残った感情を込めて傭兵を睨みつけた。俺の眼光に気圧されたのか、色を悪くした傭兵の顔が引きつる。
「あのな、その足の怪我は放置してたら死ぬぞ。妙な意地はってこんなところでくたばったら、それこそ馬鹿な話だろ」
「けど、二級傭兵を呼んだら試験が──」
「やかましい! これ以上グダグダ言うようなら物理的に黙らせるぞ!」
ぴしゃりと言葉を叩きつけ、俺は傭兵の手を振りほどいた。血を失って力が入らないのか、あっさりと傭兵の手が外れる。
まだ食い下がろうとする傭兵だったが、俺の言葉が正しいとも頭では理解しているのだろう。手を伸ばしはするがそれ以上のことはしなかった。
俺は鼻息を鳴らしてから、手に持っていた球体を地面に叩きつけた。
直後、強烈な音が鳴り響き空に向けて色つきの狼煙が舞い上がった。
「のぉぉぉぉ……想像を遥かに超えて強烈……」
『こんだけでかい音だったら、森の入り口までは間違いなく届くわな』
至近距離で大音量を浴びせられた俺は堪らずに耳を塞ぎ、そんな俺の脳内にグラムの声が響く。こういったとき、念話は便利だ。聴力に頼らずに意思疎通が可能なのだから。
『お、早速こっちに近づいてくるのが──あら?』
人間でいう、首をかしげるような声を発するグラム。
『……相棒、悪い知らせだ』
「今度は何さ。また誰か襲われてんの?」
大丈夫かこの試験。受験生の質とかこの森の環境とかさ。
『襲われてるかどうかは不明だが──かなり『デカイやつ』がこっちに向かってきてる。おそらく、相棒が使った魔法具の音に反応したんだろう』
「……いや待てよ、この森にそんな厄獣いたか?」
あれだけのどでかい音なら、厄獣はおろか野生動物だって警戒して近づいてこない。飢餓で正常な判断力を失った犬頭人ならありえるが──。
事前に調べた限りでは、この付近にはそれらしき厄獣は出没しない。
だが、深く考えている暇はなかった。
程なくして、森の奥から木々をなぎ倒すような破砕音が響き渡り、それが徐々に近づいてきていた。
『来るぞ相棒! 構えな!』
「ったく、どうしたってんだい!」
言われるがままに、俺は槍を携え音が近づいてくる方向を睨みつけた。
──そいつは手近な木を粉砕しながら姿を現した。
「捩角牛! なんでこんなところに!?」
名前の通りに、大きく発達した捩れ角を持つ牛型の厄獣。討伐の適性階級は四級で、本来は俺たちが相手にする厄獣では無い。
こいつはもっと森の奥に生息する厄獣だ。俺たちが今いる表層には滅多に出現しない。少なくとも事前に調べた限りではそうだった。
強烈な外観に比べて気性はおとなしい方で、大音量を聞けばむしろ森の奥へと逃げ帰るような厄獣だ。
なのに目の前に現れた捩角牛は鼻息を荒く漏らし、後ろ足でしきりに地面を蹴っている。極度の興奮状態なのが素人目で明らか。
『相棒、やつの横っ腹あたりだ」
グラムに指摘されて気がついたが、捩角牛の脇腹付近の毛が真っ赤に染まっている。どうやら傷を負っているようだが……。
『どっかの馬鹿が下手に手を出して、捩角牛が激情したんだろうさ』
グラムは『どっかの馬鹿』とは表現したが、十中八九俺たちと一緒に試験を受けていた傭兵だ。
『角に血が付いてないのを見ると、奴を刺激した馬鹿は逃げ出したな。で、興奮して怒りの矛先を探していた捩角牛が、運悪く相棒が使った魔法具の大音量を耳にして──』
「──こっちに引き寄せられたってことか」
ってふざけんなよ!?
完全にとばっちりじゃん!!
捩れた角の先端は、寸分たがわずに俺へと向けられている。完全に、怒りの矛先は俺に定まっていた。
『捩角牛は怒り出すと、目に映る全てのものを全て粉砕するまでとまらねぇ。しかも、その突進速度は人間の足でとても逃げ切れるもんじゃねぇぞ』
捩角牛の巨体から繰り出される体当たりは強烈。名前の元となった捩れた角に刺し貫かれればまず助からない。
仮に木々に紛れてやり過ごそうにも、捩角牛がここまで生い茂る草木を粉砕しながら現れたこともあり、障害物は無いに等しいのが証明されていた。
「……ミカゲたちが駆けつけるまで、ここで耐えろってことか」
『しかも後ろにはお荷物がいるぜ』
背後を振り返れば、捩角牛の出現に絶望した顔を浮かべている傭兵。青白かった顔がさらに血色を失い、真っ白になっていた。足を負傷しているために万に一つの逃げる余地もない。
『さぁどうするよ相棒。お荷物を囮にすりゃぁ、万に一つの逃げる余地はこっちにある。そうすりゃぁミカゲらとも合流できるぜ』
からかうようでいて、試すようなセリフを吐き出すグラムに、俺は答えの代わりに槍の長柄を強く握りしめた。
せっかく助けたのに速攻で見捨てるとか、寝覚め悪過ぎる。
ここで仕留めるしか無いだろ!
『それでこそ俺の見込んだ英雄様だ!』
歓喜の声を発した黒槍──その刃元に埋め込まれた紅の宝石が光を放った。




