第四十四話 試験が開始したようですが──
気がついた方もいらっしゃると思いますが、ちょっとだけタイトルいじりました(七月九日現在)。
しばらくはこれで様子を見る予定です。
森に入って少しすれば、いきなり三匹の犬頭人と遭遇。俺の姿を見つけるなり、血走った目と牙を剥きながら襲いかかってきた
「相変わらず殺気立ってんな、犬頭人」
「頭の中は空腹で一杯なんだろうさ」
俺は槍を振るい、冷静に飛びかかってきた犬頭人を仕留めていく。
以前ならこうもいきなり襲いかかってくると動揺もしていたが、あの絶望的な厄獣暴走の真っ只中を体験した後だと拍子抜けもいいところ。
「先にも言ったが、慣れってのは良くもあり悪くもある。手の抜きどころを誤るなよ」
「了解」
グラムの忠告に真摯に頷き、俺は冷静に犬頭人にトドメを刺す。
三匹全ての動きが完全に止まったのを確認してから、俺は槍を背中の鞘に収める。解体用ナイフを取り出し、犬頭人の牙を剥ぎ取っていった。
普段なら組合に買い取ってもらうために毛皮や肉も剥ぎ取り解体するのだが、今回は犬頭人の討伐数が重要だ。討伐証明の部位だけを剥ぎ取って後はそのまま放置。試験の終了後、組合の人間が森の中に入り、犬頭人の死体を処理をしてくれる手筈になってくる。
「早々に三匹。幸先が良いと表現するべきか迷う」
「他の傭兵ならともかく、相棒だったらそうだろうよ」
試験としては大量に犬頭人と遭遇できるのは合格への近道なのだろうが、厄獣暴走を体験した身としては素直に喜べない。グラムも俺の心境を察して苦笑した。
それから森の奥へと進むにつれて、随所で犬頭人と遭遇。俺は油断なくグラムを振るい、徐々に犬頭人の討伐数を増やしていった。
幸いにも、コボルトキングが出現した時に比べて、一度に出会うコボルトの数はそれほど多くなかった。襲撃も散発的であり、波状的に襲われる事態にはならなかった。
「五匹やそこらでの連携はできてもそれ以上は到底無理だ。あれはコボルトキングの圧倒的な支配力があってこその芸当だからな」
もともと、犬頭人は野生の獣よりも僅かにマシ、という程度の知能しか持ち合わせていない。数の理を利かせた高度な戦法など取れるはずが無い。
「とはいえ、一口に犬頭人と言っても、その全てが馬鹿なわけじゃねぇ。中には多少なりとも賢い個体も存在してる。口すっぱくして言うが、油断するなよ──く」
「『口ねぇけどな』とか言ったら放り捨てるぞ」
「……やるじゃねぇか、相棒」
「感心するところかそこ!?」
などと身のあるようで無駄極まりない会話を続けながらも、槍の穂先に淀みは含まない。犬頭人が襲いかかってくれば、すかさずに槍を振るって討伐していく。
この一週間、装備の見直しも含めて、俺は『黒槍』の使い方をグラム自身に教わっていた。それこそ最初は眉唾のようなものであったが、実際に『それ』を使えば驚くよりほかなかった。
ただ、この分だとその鍛錬の成果をお披露目するのは先延ばしになりそうだ。犬頭人が相手であれば、グラムを単なる『槍』として使うだけで問題無いのだが──。
「ん? ──ちょっと相棒。タンマ」
討伐目標の八割程度を終えた頃に、グラムが唐突に待ったをかけた。一見して付近に異変は無いが。
「相棒の左前方しばらく行ったところで、傭兵が一人やばいことになってる。こりゃ……助けねぇと死ぬな」
「ちょ、マジかよ──っ」
俺は黒槍を肩に担ぐと、グラムの示した方向へと走り出した。
「迷いなくそっちに走り出すあたりがさすが相棒」
語尾に音符がつきそうなほどにグラムはご機嫌だった。
「馬鹿言って無いで状況教えろ!」
「あいよ。傭兵が一人、犬頭人十匹に囲まれてる。でもって肝心の傭兵がその中心から動かねぇ。生きてはいるが……おそらく足をやられたな」
「緊急用魔法具使ってないのか!?」
「そこまでは分からん」
草木を掻き分けて俺は森の中を駆け抜けた。
やがて、少しだけ開けた空間に出ると、グラムが事前に知らせた通りの状況だ。俺とそう歳の変わら無い若い傭兵が尻餅をついており、その周囲をぐるりと犬頭人の群れが包囲している。傭兵は右手に剣をもっていたが、左手は足の太ももを抑えており、その部分は赤く染まっていた。グラムの予想通りに足を負傷して動け無い状況だ。
「おっと、どうやら賢い犬頭人がいたな。うまい具合に仲間のいる方に誘い込んだんだろうよ」
「冷静だなおい!」
「ぶっちゃけ他人事だしなぁ」
「冷血漢か!」
「武器に血が通ってたら逆に怖いわ」
阿保なことを抜かすグラムを握り直し、俺は駆ける。
「くそっ、来るな! 来るな!!」
傭兵は手に持った剣をめちゃくちゃに振るっている。声は強いが震えが混ざっているのが聞いてわかった。
「解りやすい感じで混乱ってるな」
傭兵が剣をがむしゃらに振り回しているからか、犬頭人は近づくことが出来ないでいた。空腹に気が立っていたとしても、危険に近づかない程度には理性が残っているのか。
「いや、あれはおそらく……」
グラムが呟く最中に、傭兵の視界に駆け寄ってくる俺の姿が映りこんだ。
「お、おい! 助けてくれ!!」
「あ、馬鹿!」
助けが来たことに気が緩んだのか、傭兵の剣を振るう手が止まってしまった。あの動きが彼の命を繋ぎとめていたというのに。
案の定、それを好機と見た犬頭人の一匹が傭兵の背後から接近する。雄叫びをあげて迫ってくる厄獣に気がついた傭兵は慌てて振り向くも、恐怖に体がこわばって剣を触れない。
この距離からでは走っても間に合わない。
だったら──。
「グラム! 投げるぞ!」
「あいよ、いつでもいいぞ!」
俺は担いでいたグラムを逆手に持ち、
「いくぞ──っ、だっらぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
走る勢いをそのままに全力で投擲した。
「いぃぃぃやっほぅぅぅぅぅ!!」
文字どおり『投げ槍』の要領で投げ放ったグラムは、高々と叫びながら一直線に空中を走る。そして、傭兵に襲いかかろうとしていた犬頭人の開いた口腔へと吸い込まれ、延髄から穂先が突き抜けた。
「よっしゃぁ! 命中!」
俺は自身の見事な一射に握り拳を固めた。
犬頭人たちは、仲間の一つをやられたことでようやく俺に気がつき目を向けた。そして、武器を自ら投げ放った俺へと猛然と襲いかかってくる。
仲間をやられたことに憤りを感じたのか。あるいは、負傷しながらも武器を持っている傭兵よりかは、無手の俺の方が仕留めやすいとなけなしの知能で判断したのか。
もし後者であるのならば、残念という他あるまい。
俺は足を止めると、襲いかかってくる犬頭人たちを目前にして、聖痕の刻まれた左腕を構えた。
そして、足を踏み込みながら叫ぶ。
「『魔刃』よ、来い!」
左腕の『聖痕』が脈動し、漆黒の光が俺の手の中に集まった。
「呼ばれて光って俺ちゃん参上!」
そして次の瞬間には光は形を成し質量を経て──黒槍が現れた。
俺は槍の長柄を握りしめると、目前の犬頭人たちを薙ぎ払った。
犬頭人たちの動きが止まる。下手に賢いのがここで仇を為したか、俺の手に突然現れた黒槍に驚いたのかもしれない。
俺はその隙を逃さずに、残った犬頭人たちを素早く殲滅していった。
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