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第四十三話 ものすごく咳払いをされたのですが


 試験が開始されると、受験者である五級傭兵たちは我先にと森の中へと突入していった。どうやら誰かしらと組んで試験に望むものは誰もいなかったようだ。


 俺は他の受験者たちが森へ入る中、ただ一人その場に留まっていた。


 もちろん、キュネイと話をするためだ。彼女は持参した医療具をシートの上に広げ、救護所としての体裁を整えている最中だった。


「おい、キュネイ」

「あ、ユキナくん。どうしたの?」

「『どうしたの?』はこっちの台詞だ。なんでお前がここにいるんだよ」

「聞いてなかったかしら。私は救護班としてこの四級昇格試験に同行したって」

「……わかってて言ってんだろ」

「うん。でも、もうちょっと待っててね」


 図らずも険しい表情を作る俺に、キュネイはとぼけるような反応をしつつも、作業の手は止めない。そして、ある程度の準備が終わってから手を止めて、改めてこちらを向いた。


 皺が寄ってしまった眉間をグリグリと揉みほぐしながら、俺はキュネイの話に耳を傾ける。


「ほら、ユキナ君はこの一週間。何かと準備で忙しかったでしょう? その間に、傭兵組合のカランさんって人に、この試験に外部協力者として同行させて欲しいって頼んだのよ」

「だからなんでさ」

「それはもちろん、ユキナ君の力になりたかったから」


 そう言って、キュネイが俺の手を取った。


「あなたが私のことを思って頑張ろうとしているのは嬉しいわ。でも、それと同じくらいに心配なの。また、この前のような事が起きるかって思うと不安で仕方がないわ」


 コボルトキングの時か。


 俺はあの時に『無茶』をやらかし、冗談抜きに生死の境を彷徨った。意識がなくグラムからの又聞きではあるが、キュネイには本当に心配をかけた。


「あれほどのことはそうそう起らねぇよ」

「だとしても、傭兵稼業は常に危険の中に身を置く仕事よ。いつ何があってもおかしくはない」


 キュネイは俺の手を抱きしめるように包み込む。彼女の温もりが伝わってくるのとともに、しっかり込められた力が思いの丈を表していた。


「でもあなたを止めることなんて私にはできない。自身の思うままに行動するあなただからこそ、私は大好きになったんだから」

「キュネイ……」

「だったら、私ができることはただ一つ。ユキナ君が全力を出せるように手助けすることよ」


 そして、キュネイは強い決意を込めた目で俺を見る。


「約束する。たとえユキナ君がどんな大怪我をしたって、私が絶対に治してみせる。たとえ死の淵に瀕したって、私が必ず引き戻すから」


 やばい。今すぐにでもキュネイを抱き締めたくなってきた。愛されすぎだろう俺。俺も愛してるぞキュネイ。


 俺は万感の思いを込めてキュネイの目を見つめ、キュネイの瞳からも溢れんばかりの愛情が返ってきた。


『いや、試験の最中だから。分かるよ? 互いの愛を確かめ合いたいって気持ちも。でも試験中だから。他人の目もあるから……ねぇちょっと! 俺の声、聞こえてる!?』


 何やら野暮ったい声が聞こえてくるが、頭の中に入ってこない。


 俺とキュネイは互いの瞳に吸い込まれるように、徐々に顔が近づいて──。


「うぉっほん!」


 ──近づきそうになったところで、至近距離からの咳払い。


 いつの間にかミカゲが俺たちの側にいて、己の口元に握り拳を当てていた。


 我に返った俺とキュネイは大慌てで距離をとった。


「……ユキナさん・・。試験はとっくに開始しています。これ以上この場に留まるようでしたら、失格にしますよ?」

「りょ、了解っす! 行ってきます!!」


 あえて『さん』呼ばわりするミカゲに得も言われぬ迫力を感じ、俺は大慌てで森の中に走って行った。


『ほぉぅら言ったじゃねぇか! 試験中なんだしもうちょっと色ボケは控えろ阿呆が! これで試験落ちたら一生笑ってやるからな!!』


「はいはい! 俺が悪ぅござんしたよ畜生!!」


 俺はグラムの叱責にヤケクソ気味で返しながら、改めて試験に臨むのであった。



 

 ──side healer



 ユキナ君が大慌てで森の中に入っていくと、その場に取り残されたのは私──キュネイと、この試験の監督役である二級傭兵のミカゲさんだ。


 彼女の噂は、これまで『傭兵』という職に深く触れてこなかった私の耳にも届いている。まだ十代の後半ながらに二級傭兵にまで上り詰めた実力者。


 そして、ユキナ君が大怪我をしたあの時、彼を必死の形相で私の診療所に運び込んだ人だ。


 治療を終えた後、ユキナ君の見舞いに何度か診療所を訪れはしたが、一言二言と言葉を交わした程度。あくまでも、彼女の私に対する態度は、患者の容体を医者に問うそれに過ぎなかった。


 それが今、ミカゲさんは私を正面に見据えていた。


「………………………………」

「………………………………」


 私とミカゲさんは互いに無言。けれども、互いに視線は逸らさずにぶつかり合っている。先に視線をずらしたほうが『負け』のような雰囲気だった。


「……キュネイ先生」


 口火を切ったのは、ミカゲさんの方だった。


「あなたはユキナと個人的な知己であるのは以前より存じています。ですが、この場に救護班として同行している以上、特定の誰かに依怙贔屓をされてもらっては困ります」


 鋭くもなく、荒ぶった風でもない。


 なのに、静かな『圧』を感じさせられた。


 まるで、こちらを『試す』かのような緩やかな気迫がミカゲさんの言葉に含まれていた。


 ユキナ君を助けたいという気持ちで、この試験に同行させてもらったのは確か。けれども、自分の本分を忘れたりはしない。 


「それはもちろん。医者として、分け隔てなく全力で役目を果たすつもりです」


 これまでは己の卑しい役目から目を逸らす為。そして、誰かの『精気いのち』を奪うことへの罪悪感から、医者を営んできた。


 でも、これからは違う。


 目の前の傷ついた誰かしらの為に全力を注ぐ。医者としての使命を直向ひたむきに果たすだけだ。


 私は胸の奥に強い決意を抱き、まっすぐにミカゲさんを見据えていった。


「ですのでミカゲさん。あなたも監督役として、この場にいる責務を果たしてください」

「──っ!? ……当然です。私はその為にいるのですから」


 僅かばかりに息を飲んだミカゲさんだったが、すぐさま冷静さを取り戻し、短く言うと私の元から離れていった。


 ──私は見ていたのだ。


 意識のないユキナ君を見舞いに来ていたミカゲさんが、ベッドに横たわる彼を見る目を。そこに含まれた感情を。単純に命の恩人を心配するようなものではなかった。


 どうしてそこまで彼のことを思っているのか、あの時はわからなかった。でも、今の彼女を見て私は確信した。


 ユキナ君はミカゲさんの命の恩人。それは彼女自身に聞かされている。でも、彼女はユキナ君に命の恩人以上の強い気持ちを抱いている。


 根拠なんてない。でも、女としての確信があった。


 不思議と──敵愾心は湧いてこなかった。


 むしろ『嬉しい』という気持ちさえあった。


 自分の愛した男を、他の誰かが愛する。自分と同じ気持ちを他の誰かしらが抱いてくれていることに、喜びを感じてしまう。


 もちろん、本当にミカゲさんがユキナ君に恋慕を抱いているかはわからない。でも、ユキナ君のことを憎からず思っているのだけは間違いない。


 こんなことを考えてしまうのは、私の本質が淫魔サキュバスであるからだろうか。


 一般の女性から外れた感性に苦笑しつつも、この件は一旦放置しておく。ミカゲさんに言われた通り、医者として万全の体制を整えておかなければならない。


「さて、お仕事お仕事」


 医者の取り越し苦労は歓迎するところ。何もないことに越したことはない。


 それでも万が一の為に動くのが私たちの役目なのだから。


「でも、どうして『様』呼ばわり?」


 それがどうしても分からなかった。

 

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