第四十二話 試験に何故かいるようなのですが。
準備期間の一週間が過ぎ、いよいよ四級昇格試験の実施日だ。その間に装備を整え英気を養い、そしてグラムの新たな使い方を学んだ。
昨晩もキュネイのおっぱいを堪能したし、気合も十分だ。
『いや盛りすぎだろ。体力は八分目ぐらいじゃねぇのか?』
気合は十分なんだよ! 多少の疲労なぞ根性でカバーするわ!
『はいはい。英雄色を好むとはよく言うが、相棒もその例に漏れず女を相手にするのが上手いよなぁ。そこは既に英雄級だな』
俺を女誑しみたいに呼ぶのやめてくれませんかね。人聞きが悪すぎるだろ。いや、誰にも聞こえないだろうけどさ。
『相棒の緊張をほぐそうってぇ相方の軽い冗談だよ。本気で受け取らさんな……いや、割とマジだけど』
なんだって?
『べっつにぃ。それより、武器を相手に百面相してると他の奴らに変な目で見られるぞ』
誰のせいだと思ってんだ!
俺は抱きかかえるようにして持っている槍を一睨みしてから、視線を己の周りに向けた。
俺は今現在、王都から出発した馬車の中にいる。
一緒に乗っているのは俺と同じく五級傭兵であり、これから行われる四級への昇格試験を受ける者達だ。
緊張に表情を硬くしている者もいれば、眠りこけている者もいるし、装備の点検に余念がなかったりと様子は様々。ただ、誰もが大小の差はあれど主武装を『剣』としており、『剣』でない装備をしているのは俺くらいのものだ。
英雄の武器の割には、相変わらず不人気だな、槍って。
『ほっとけ』
俺が周囲に視線を投げているのと同じく、周りも俺へとチラチラ視線を向けきていた。
コボルトキングを討伐した件が喧伝されたわけではない。それでも、厄獣暴走が発生しそうだったという噂や、その解決に俺が関わっているという話は広まっている。それが原因だろう。
『槍』を使っている事実に、五級傭兵が得るには破格の武功。この二つが合わさり、今まで以上に不審や警戒の色が強い視線を集めていた。
『英雄ってのは、成り上がりの初め頃ってのは良くも悪くも好奇の目を集めるもんさ。これがしばらくしてみろ、きっと羨望に染まってくからよ』
そこまでの立身出世は求めてないって。俺ぁキュネイと不自由なく暮らせる程度の稼ぎができればいいんだよ。お前だってそれには賛同してくれただろ。
『相棒の願いを手助けするのが俺のお仕事だからな。ま、明日がどうなるかは分からん。全てはそれ次第だろうよ』
曖昧な言葉で濁すグラムを一睨みしてから、俺は携帯食を懐から取り出し、口に放り込んだ。キュネイが調合してくれた特別製で、躰に必要な栄養分が凝縮されており吸収も早い。
小さな苦味が口に広がるが、それ以上にキュネイの想いを感じられるようだ。より一層に気合が入る。グラムの言葉は気になったが、今は目の前の試験に集中だ。
俺たちの前方にはもう一つ馬車がある。そちらには組合から派遣された役員と、監督役の二級傭兵が乗り込んでいる。
試験の内容は、組合が指定した厄獣の狩猟だ。俺たちを載せている馬車は、その厄獣が生息している地域へと向かっていた。
さて肝心の指定された厄獣だが、実はまだ明かされていない。
この試験の主な目的は、不測の事態における対処能力を確かめること。狙っている目標以外の厄獣に遭遇し、戦闘に発展することは傭兵活動を行っていてままあることだ。そのため、現地に到着するまで受験する傭兵達に討伐対象は知らされていなかった。
だが、これから向かう場所の情報は試験が告知された時点で公表されているため、各自はそこに生息する魔獣への対策を行っているはずだ。もちろん俺もそれなりの備えはしていた。
そして王都を出発してからしばらくして、目的地に到着した。
目的地に着いた後、馬車から降りた俺を含む受験者達は監督役の二級傭兵に召集され、説明を受けていた。
「それではこれより四級への昇格試験を執り行う。今回の試験内容は犬頭人の掃討だ」
討伐対象の名を聞いた途端、五級傭兵達が顔をしかめる。
本来、犬頭人の討伐適正等級は五級だ。四級への昇格試験内容と考えれば明らかに不足している。というか、俺も普段は王都近郊の森でコボルトを(ビックラットのついで)討伐していたしな。今更感は否めない。
ただし、今回の試験には一つの条件が加えられた。
「一人の目標三十匹だ」
今度は動揺が走った。俺も驚いたよ。
試験を受ける傭兵は俺を含めて八人。単純に考えて三十×八の、合計で二百四十匹。どれだけ少なく見積もっても俺たちで百匹は確実に討伐することになる。
「数が数だけに、複数人で仲間を作るのもアリだ。もちろん、組んだ人数分のコボルトを討伐してもらう必要があるがな。目標を超えた時点でここに戻り、組合員に討伐部位を提出し報告してくれ。また、目標である三十匹よりもさらに狩るのももちろん構わん。目標の達成者には討伐数に応じた報酬が組合から払われる」
グラム、もしかしてこいつは。
『厄獣暴走の後始末も兼ねてんだろ。効率って面じゃぁ悪くねぇだろ。それに、犬頭人の単体討伐の報酬はそれほど高くねぇからな。おそらく、進んで犬頭人の掃討を手伝おうとする傭兵はあんまりいなんだろうよ』
カランの話では、傭兵組合だけではなく軍隊も派遣して厄獣暴走で増えた犬頭人を減らしているが、追いついていない。やはり、犬頭人掃討の主力は傭兵が中心になる。だが、その当の傭兵たちが気乗りしていない。だったら、昇格試験を口実にしてしまえと、そういうことなのだろう。
これは確かに、四級への昇格試験としては十分だ。五級の実力を考えれば、犬頭人三十匹の討伐は長丁場になる。ただ無策に戦えばいいというものではない。
五級傭兵達の顔つきが変わる。一瞬だけ『楽勝』だと思っていた己を恥じたのか、それとも逆に気勢が上がったのか。誰もが気を引き締めた表情をしている。
とはいえ、俺は他の面子よりは幾分か気は楽だ。
『この前、三十のさらに十倍くらいの犬頭人に囲まれてたからな。けど、油断するなよ。今の相棒なら問題なくこなせる数だろうが、だからと言って気を抜いていい道理はねぇからな』
グラムに言われるまでもなく、だがそれでも相方の言葉に俺は気持ちを切り替えた。
まずはこの試験を突破する。そうしなければ俺の目標である三級傭兵への昇格──ひいてはキュネイとの安定した生活は望めないのだ。
ただどうしても、試験に臨む上で気になることがあった。
「各自には事前に組合側から魔法具が支給されているはずだ」
俺は道具を収納している腰の携帯鞄から、手の中に収まる程度の球体を取り出した。
「試験の続行が不可能になったり、自分では対応できない不測の事態が起こった場合、そいつを地面に叩きつけてくれ。割れると色つきの狼煙が空に打ち上げられ、同時に強い音が発生する仕組みになっている。俺たち監督役はその音と煙を確認次第、現場に急行する」
そう言って、彼が隣に立つ二級傭兵を見る。
銀髪狐耳のその傭兵は一歩前に出ると口を開いた。
「二級傭兵のミカゲです。あなた達には『銀閃』と言ったほうが通りが良いでしょう」
そう言って、ミカゲはこちらに目を向けて微笑んだ。
「何かあれば私が現場に赴きます。各自、私の世話にならないよう、それでいて全力を尽くしてください」
なんでお前がいるんだよ、と俺は心の中でツッコミを入れた。
『十中八九、相棒を追いかけてだろうさ』
グラム、わざわざツッコミを入れてくれるなよ。
「もちろん、緊急用魔法具を使った時点で試験は失格になるが、だからと言って躊躇はするなよ。生きていれば試験はまた受けられるが、見栄を張って死んだらそれまでだからな」
引き際を心得るのは傭兵の鉄則だからな。二級傭兵の言葉に皆が頷く。
「そして、今回の試験には外部協力者が特別に参加してくれている」
今度は少し離れた位置にいる馬車へと目を向けた。二級傭兵である彼やミカゲが乗ってきた馬車だ。
「────へっ!?」
俺は素っ頓狂な声をあげていた。しかし周囲の傭兵たちは俺を一瞥することもなく、その人物の登場に目を奪われていた。
馬車の扉を開けて降りてきた人物は──白衣を着たキュネイだったのだ。
「彼女はキュネイ。腕利きの医者だ。回復魔法にも熟知しており、諸君らが怪我を負った場合でも十分に対処できる。最低限の警戒は怠らず、それでいて全力で試験に臨んでくれ。あと、わざと怪我をして彼女の世話にならないように」
唖然としている俺に、キュネイは笑みを浮かべて手を振ってきた。
可愛いと思う一方で、何故に? という疑問で俺の頭が一杯になった。




