第四十一話 契約していたようですが
新たな目標を定めた俺は、傭兵組合に行きカランに試験を受ける意思を伝えた。彼は快く頷き、試験は一週間後に行われることとなった。
内容は、他の五級傭兵とともにある依頼をこなすこと。依頼内容の概要も聞かされており、この一週間はそれに向けての準備期間となる。
そこで俺は、コボルトキング討伐の報酬を元手に装備品を見直すことにした。今身につけているのはあくまでも『五級で稼ぐ為』の間に合わせ品。本格的に傭兵として活動していくなら、防御についても考えなくてはならない。
傭兵稼業は、安全策を取っていてもやはり躰を張って稼ぐ仕事。何よりも恋人を得た今、早々に死んでしまえばそれこそ目も当てられないしな。
それに、これまでは棚上げしていたが、いい加減に向き合わなければならないこともある。
「──というわけなんだよ」
「……開いた口が塞がらんわい」
俺の話を一通り聴き終えた鍛冶師の爺さんが、蓄えた髭を撫でながらぼやいた。その目の向く先は、壁に立てかけられているグラムだ。
「そんなわけで、世にも珍しい喋る武器ことグラムだ。よろしくな爺さん! もっとも、爺さんとは初対面ってわけじゃぁねぇけど!」
グラムは景気よくセリフを吐いた。念話でなく、実際に声を発しているのは、俺がグラムにそう頼んだからだ。
「長く武器に携わる人生を送っとるが、まさか意思を持った武器と巡り合うことになるとは思いもせんかった。しかも、それが目と鼻の先にいたなどと誰が思う」
爺さんの言葉に、俺もウンウンと頷いた。
俺は装備を整える為に、グラムを買ったあの武器屋を訪れていた。店主の爺さんは先日に大仕事を終えて暇だったらしい。そして、相変わらず店内はボロっちく、店にも閑古鳥が鳴いている。
ただ、店内に人気がないのは好都合だった。
俺は爺さんにもグラムが意思を持った喋る武器であるのを伝え、実際に声を出させた。
当然のように仰天した爺さんだったが、すぐさまに落ち着いた。以前に店にあった時とは明らかに様相が変わっている槍に、ただならぬ気配は感じていたようだ。
「それで──なぜわざわざ儂に教えに来たのじゃ? そのこと自体は嬉しいが」
「俺もそいつぁ気になってた。相棒が俺のことを誰かしらに伝えるのはかまわねぇが、どうして爺さんの店に来たんだ? ……まさか、俺を売る気か!」
「なわけねぇだろ」
今更グラムを手放す気は毛頭ない。グラムが俺のことを『相棒』と呼んでいるのと同じで、俺もグラムのことを『相棒』だと思っている。間違いなく調子に乗るから絶対に口にしないけど。
ただ、いい加減に知っておくべきだろう。
「これまでずっと触れてこなかったけど、あえて聞くぞ。
グラム──お前ってなんなんだ?」
「こりゃまた随分とざっくりとした問いかけだな」
「ざっくりでもさっくりでも構わねぇよ。今日という今日はいい加減に口を割ってもらうぞ」
「口、ないじゃろ」
まさか爺さんの方から冷静なツッコミが入るとは思わなかったよ。
「……ちなみに、断ったら?」
「爺さんに頼んで、溶鉱炉の中にお前をぶちこむ」
「誠心誠意答えさせていただきます!!」
グラムの悲鳴が寂れた店内に響き渡った。
爺さんの店に来たのは、この為であった。
もしグラムが俺の問いに渋るようだったら、本気でやるつもりだが、押し問答にならずに済んでよかった。
「実のところ溶鉱炉のなかに放り込まれたところで問題ねぇんだが、人間にしてみりゃ煮え滾る熱湯の中に生身で入るようなもんだからな。溶けはしねぇが辛すぎるわ」
溜息を吐くグラム。実際に息を吐いてるわけじゃなく「はぁ~~」と声に出すだけだったが、どれほど嫌なのかは伝わってきた。
「じゃぁ改めて聞く。お前は一体なんなんだ?」
「……まぁ、そろそろいい頃合いだとは思ってたんだ。いいだろ、現時点で教えられる範囲は喋ってやるよ」
含みのある言い方に眉をひそめたが、グラムは構わずに行った。
「俺は『魔刃グラム』。『英雄』が振るいし刃だ」
英雄──か。ミカゲの奴もそう言ってたな。
「今のご時世だと英雄よりも『勇者』の方があってそうじゃが……」
「英雄と勇者ってのは似て非なるもんさ」
爺さんの呟きに、グラムはからかうような言葉を投げた。。
「どちらも偉業を成すって点じゃ変わりはねぇだろうが、根底が違う。
勇者ってのは、誰かの願いのために戦うやつらのこと。
それに対して英雄ってのは、己の願いのために命を賭けられる大馬鹿野郎だ」
「……おい、それは暗に俺が大馬鹿野郎とでも言いたいのか?」
「人の忠告を全く無視して、無謀にもコボルトキングの前に躍り出た奴が大馬鹿野郎でなくてなんなんだよ」
ぐぅ、と俺は言葉に詰まる。
「でも俺はそう言った馬鹿は大好きですけどね! 女のために命を張るとか最高すぎだろ! 愛してるぜ相棒!」
槍に告白されてしまった。全く嬉しくない。
「ま、つまり俺はそんな馬鹿のために用意された武器だ。ちなみに、喋れることに特別な意味はない。強いて言えば、持ち主のお悩み相談役かな」
お悩み相談役と言う割には、悩みを作ってる元凶に思えてきた。いや、色々と助言とか助かってますけど。
「……『英雄の武器』って大層な代物のくせに、どうしてこんなボロくさい店で中古品扱いされてたんだよ。もっと高級感あふれるお店とか、お城の宝物庫とかに収まってるもんじゃねぇのか、そういうのって」
「ボロくさいのは余計じゃ……とはいえ、そこは儂も同感じゃ。お前さんは昔馴染みの武器商から仕入れたが、奴からは特別な話は聞いとらんぞ」
俺と爺さんの疑問に、グラムは肩を竦めた──ような雰囲気を感じる。
「『契約』が成されない限り、俺ぁ単なる古ぼけた頑丈な武器に過ぎねぇ。相棒だって、最初の頃はそう思ってただろ?」
単なる……と称するには些か賑やか過ぎだ。
「契約ってのは、これのことか?」
俺は左手の甲に刻まれた『痣』を指差す。
「そいつは俺が、英雄の資格ありと認めた者に刻まれる聖痕だ。副作用とかないから安心しろ。むしろ色々と特典がある。あとで教えてやるから楽しみにしてな」
契約は契約でも、『悪魔の契約』とかでないのを祈ろう。
「……なんだか押し売りじみて契約をさせられた俺なんですが、具体的に何をすればいいわけ?」
「さぁな」
「いや、さぁってちょっと……」
てっきり『英雄』などと呼ばれたから、何かしらの果たすべき使命とかあると思ってたのに、返ってきた答えがまさかの『さぁな』である。ここに思いっきり肩透かしを食らった気分だ。
「言っただろ。英雄ってのは『己』の願いのために命を賭けられる奴のことだって。じゃぁ逆に聞くが、相棒の今の願いってなんだ?」
「そりゃ……キュネイと不自由なく暮らせるように、しっかりと稼げるようになることだけど」
「だったら、相棒がしなきゃならないのは『それ』だ」
グラムの意外すぎる返しに、俺は目を瞬かせた。
「俺の役割は、どこかの生真面目な堅物みたいに持ち主を導くことじゃない。そもそも武器が役目を与える側になってどうすんだよ。武器ってのは目的のために振るわれるもんだ」
思い返せば、今までグラムは俺の相談に乗ってはくれたが、何かをさせようとはしなかった。
「誰に頼まれたのでもなく、懇願もなく、義務もなく。助けようとした女の意思すらも顧みず、傲慢で我儘な『選択』に己を賭した。だからこそ、俺はユキナってぇ男と契約をした」
──自然と、俺は左手に力を込めていた。
特別な何かを背負わされたわけでもない。
宿命じみた何かを課せられたわけでもない。
「英雄ってのはよ、選ばれた者なんじゃねぇんだよ。己で選択し、掴み取る者を指すんだ」
それでも、グラムの言葉は俺の胸奥深くに響いた気がした。




