第四十話 見栄を張りたいようですあ
「おっぱいってすげぇ」
目を覚ましてからの一言である。
それはともかくとして、俺とキュネイは同じベッドで目を覚まし、しばらくの間は嬉し恥ずかしでお互いに顔を真っ赤にしていた。
そんな感じでいそいそと服を着てようやく落ち着いてきた頃に、俺は昨日から考えていたことをキュネイに告げた。
「お前にとって、娼婦の仕事は金だけじゃ無くて、『生きる糧』を得るものだってのは分かってる。けど、自分の女がこれ以上他の男に抱かれるってのは、嫌なんだ」
──だから、娼婦を辞めて欲しいと、キュネイに伝えた。
淫魔であるキュネイは、男に抱かれその人物から『精気』を吸収しなければ生きていけない。比喩ではなく、文字通り生死に関わってくる。
なのに、俺は娼婦を辞めて欲しいとキュネイに言っている。
昨晩に俺の腕の中にいた女が、他の男の腕に収まると想像しただけで胸を掻きむしりたくなるような苛立ちと絶望が沸き上がってくる。
コレは我が儘だというのは十分理解していた。もし彼女が娼婦を辞められなかったとしても、だからといって俺が彼女を拒絶するつもりは無い。俺が我慢すれば良いだけの話なのだから。
俺はキュネイが好きだ。そして彼女も俺を好いてくれている。その事実は昨晩に嫌というほど──全然嫌にはならなかったけれども、互いに胸焼けしてでもその胸焼けもむしろ心地よいと思うくらいに認識し合った。
──だって最終的な回数数えてない。力尽きるように寝たのって、日が昇ってからで、起きたのだって昼頃だし。 こう……女の躯って凄いのな。最終的にはそんな感想しか出てこなかったよ。そりゃ人間が増えるわけだよ。だってすごいもん。
(おい、最初のシリアスな場面を返せ──あ、いや。最初からあんまりシリアス無かったよな。だって起き抜けの一言が『おっぱい』だもん)
グラムの呆れ果てたような念話に我に返る。思考が妙な方向に逸れてしまった。
クスリと、忍び笑いが聞こえた。
キュネイは口に手を当てて、愉快げに笑っていたのだ。
「ごめんなさい。ユキナ君があまりにも真剣に言うものだから、逆におかしくなっちゃって」
彼女は肩を小さく震わせてからそっと俺の頬に手を添えて。
「私もあなた以外の男性にはもう抱かれたくないわ。だって、身も心も繋がると言うことがどんなに素晴らしいものかを知ってしまったから。もう、躯だけの繋がりになんて戻れないわ」
「け、けど……俺からの吸精だけで大丈夫なのか?」
俺から言いだした手前で変だが、やはりそこが心配になってくる。キュネイの言葉は嬉しい限りだが、かといって素直に喜ぶのも躊躇われた。
「それなら安心して」
俺の顔を引き寄せると、彼女は唇を重ねてきた。恋人同士が行う、軽い口付けだ。
ピリッと、触れあっている部分が痺れた気がした。
「ん、ごちそうさま」
離れたキュネイは頬を赤らめ、まるでご馳走にありつけたかのように己の唇をぺろりと舐めた。エロい。
「えっと、キスは嬉しいんだが──」
「ユキナ君。今ので凄く疲れたとか急に眠くなってきたとか、そんな感覚ってあるかしら」
「──? いや、無いけど」
強いて言えば、綺麗な恋人とキスができて幸せ一杯だ。
「実はね。今のキスだけで、他の男に抱かれる一回分の吸精ができちゃったの」
自身の口に指を当てて、キュネイは小悪魔じみた笑みを浮かべた。
「気づいていたと思うけど、あなたに抱かれる間に、私は何度か吸精をしてたわ。これは謝っておくわね。ごめんなさい」
「そりゃ淫魔なんだし、本能的な部分もあるだろ。謝る必要は無いし、それ込みで好きになったんだ」
というか、昨晩は生物としての本能を臆面もなく曝け出し合った中であるし、今更だ。
「でもね、不思議なことにユキナ君からの吸精は、他の男に抱かれるのとは比べられないほど精気を吸収できたの」
「もの凄く吸われたってことか?」
「違うわ。もしあれだけの精気を一人の男から、それもたった一晩で吸ったら──多分、衰弱死してたかもしれない」
実際にしたことは無いけれど、とキュネイは付け足した。
「もしかしたら私は『吸精』して得た精気の全てを取り込めてはいなかったのかもしれない」
「効率が悪かった……ってことか」
「諦めていたつもりでも、どこかで男の人に抱かれるのを嫌がっていた。だから精気を無駄にしてきた。でも昨晩は違う」
心から望んで誰かに身を捧げるのは初めてであった。無意識の『躊躇い』を捨て去り、そして吸精を行った。
「あなたが私を求めてくれたように、私もあなたを求めた。だから完全な『吸精』に至った」
それはつまり……。
「ユキナ君が私の恋人でいてくれる限り、私は娼婦として他の男に抱かれる必要が無い。だって、ユキナ君一人いれば、私は生きていけるのだから。だから娼婦は辞めるわ」
「……お前は本当に男を奮い立たせるのが上手いよなぁ」
彼女の言葉で、昨日から考えていたもう一つの事に対しての踏ん切りがついた。
「娼婦を辞めてくれるのは純粋に嬉しい。──けど、お前にばかり何かをさせてちゃつり合いが取れねぇ。俺は……もうちょっと上を目指すことにする」
「上って、もしかして傭兵の?」
「今、四級に昇格する試験に誘われてる。そいつを受けようと思ってる」
五級のままでは、新人の傭兵がどうにか生活できる程度。コレまで通りに脇目も振らずに稼げば多少なりとも増えるが、自身以外を養うには不足だ。
「……恋人としては応援する気持ちはあるけれど、医者としてはあまり無茶はしないで欲しいわ」
「俺だって功名心に駆られて早死にはしたくねぇよ。折角こうして恋人ができたんだ。俺なりのペースでいくさ」
四級になれば依頼一つ当たりの報酬もある程度は増え、五級の時ほど一心不乱に働く必要は無くなる。それだけ彼女と一緒にいられる時間も増える。
「娼婦を辞めたとしても、医者は続けるつもりだし、金銭的には何も不安は無いのよ?」
「男ってのは女の前では格好付けたがる生物なんだよ。それに、女に養って貰うとかちょっと肩身が狭すぎる」
金銭的な面だけじゃ無く世間体としても、キュネイの恋人として五級のままでは格好が悪すぎる。
今すぐに──というつもりはないが、最終的に目指すのは三級傭兵。傭兵組合の中では中堅所。
女一人に不自由なく生活出来る稼ぎを得る。それが俺の次なる目標だった。




