side braver5(後編)
銀閃に別れを告げ、傭兵組合を後にした僕らは王城に戻る馬車に乗り込んだ。多少は落ち着いたものの、勇者に対する熱狂は未だに冷めやらない。下手に顔を出せば人集りができて動くことができなくなる。
だが、普段はお目にかかれない王家御用達の馬車に乗っていれば、勘の良いものであれば色々と勘づくだろう。その程度はサービス精神だとアイナ様が言っていた。
(ねぇ、レイヴァ)
『いかがなさいましたか、マスター』
僕は心の中で聖剣に語りかけた。
聖剣が意思を持った武器であるのは、僕自身を除いてまだ誰もしらない。アイナ様にさえこのことは秘密だ。
最初、アイナ様にだけは教えておこうと考えていたが、ほかならぬレイヴァに口止めされていた。理由を聞いても答えてはくれなかったが、聡明な彼女の事だ。相応の理由があるのは想像に難くない。僕はそれ以上追求しなかった。
それに、ちょっとした秘密の相談をするときには、レイヴァと心の中で会話ができるのは便利だった。
(さっきの話、君も聞いていたよね)
『ええ、もちろんです』
(だったら、教えてくれないか。『勇者』と『英雄』って、何が違うのか)
そもそも両者に差があるのかすら僕には分からなかった。なのに、漠然とだが明確な違いがあるようにも感じられる。
それはまるで、僕とユキナの違いにも思えたのだ。
『勇者とは、民の願いを背負い、世界を救済する者。この時代においてはまさにあなたです』
それは分かっている。僕は来たるべき魔王の脅威から世界を救うためいる。右手に刻まれている聖痕と、僕を主と認めてくれた聖剣レイヴァがその証だ。
だったら英雄はどうなのだろうか。
物語に出てくるような英雄も、勇者と同じく迫り来る脅威に対して勇猛果敢に戦い、世界を救っていたりする。もちろん創作物ゆえの脚色もあるだろうが、その点で言えば勇者伝説も似たようなものだろう。
『……確かに英雄も世界を救うことはあります。ですが、それは結果論であり、一般的に伝わっているものに限られています』
(含みのある言い方だね)
『…………英雄の本質は強烈な『我欲』です』
我欲……我が儘って事か。
たったこれだけで不思議と納得できた。
ユキナは基本的に人の言うことはあまり従わない。それが自分にとって必要であると判断すればその通りに行動するが、気に入らなければ頑なに受け容れない。彼はそう言う男だ。
『己の願いを叶えるためならば、どれほどの所業にも手を染める。その不遜な原動力を元にして、最終的には世界を『変革』してしまう。それが『英雄』です』
人の願いを受け止めて世界を救済する『勇者』。
己の願いを力にして世界を変革する『英雄』。
なるほど。似ているようでその根幹にあるのは別物だ。
『ですから『英雄』などという者が現れるはずがありません。世界を救済するのは勇者であるマスターに他なりません、その証拠に、コレまで勇者が現れた時代に英雄など歴史の表舞台に登場したことは未だかつてありません」
コレまで数々の勇者と共に幾度も魔王を倒してきたレイヴァが言うのだからそれは正しいのだろう。
『あの銀閃という女はとんだ期待外れでした。そこそこに腕が立つようですが、まさか英雄などという的外れな存在を主君と仰ぐとは……』
(君がそこまで辛辣な態度になるのは初めてだね)
『当然です。英雄など、唾棄すべき存在なのですから。……あんな粗野で低俗な奴が選んだ者など』
(レイヴァ?)
最後の辺りは良く聞こえなかったが、とにかく彼女が『英雄』に対して強く敵愾心を抱いているのは分かった。あまり触れてはいけない話題だったかもしれない。興味深い話は聞けたが、これ以上は止めておこう。
聖剣との秘密の相談を終えてから、僕は対面に座るアイナ様に目を向けた。
彼女はまた、あの表情をしていた。
視線は窓の外に向いているが、アイナ様が見据えているのがそこではないのは僕にも分かる。心ここにあらず、見ている者の胸を小さく締め付けるような憂いを含んだ顔。
その顔をする時、彼女は決まって胸元に手を置いている。
最近になって、彼女がその仕草をしているのは首から提げている『ペンダント』に指を添えているのだと気が付いた。
「────? いかがなさいましたか、勇者様」
「あ、いえ。……銀閃のことは残念でしたね」
僕が向いていることに気が付いたのか、彼女は普通に僕に聞いてきた。逆に僕が慌ててしまい、当たり障りの無い話を振ってしまう。
「ええ、確かに銀閃の腕と経験は惜しいものでした。ですが、既に心に決めた方がいる以上、無理に魔王討伐の旅に同行してもらうわけにはいきません。そんなことをすれば、仲間に引き入れても必ずどこかしらで致命的な過ちを生みます。ここは気持ちを切り替えて、次の人材を探しましょう」
アイナ様の反応は自然だ。言葉にも淀みが無い。
本当に、無意識であの顔をしていたのだろう。
「…………あの、アイナ様。聞いてもよろしいでしょうか」
「何をでしょうか……もしかして、本命はそちらでしたか?」
「まぁ、そうです」
僕は少し恥ずかしくなり、誤魔化すように頬を掻いてから問いかけた。
「実は……アイナ様の付けているペンダントなんですが」
失礼ではあるが……アイナ様のような王族の人が付けるにしては不釣り合いに思えていた。作りはオシャレだろうが、一般市民でも買えてしまいそうな風に見える。
もちろん口にはしなかったが、僕がペンダントの口にした時のアイナ様の反応は顕著だった。
小さく息を呑み、それから俯き気味に目を伏せると、優しい仕草で胸元のペンダントを握りしめた。
その行動だけで、彼女がそのペンダントにどれだけ思い入れがあるかが分かった。
「……大切なものなのですか?」
「はい……私の宝物です」
そう答えたアイナ様は微笑んでいた。
今度は僕が息を呑む番だった。
アイナ様の笑みは、銀閃が浮かべていたモノと同質。
大切な誰かを心の中に抱いたときの、あの柔らかい笑みだ。
僕にはまだ『そう』と断言できるような相手はまだいない。けれども、確信できた。あのペンダントは、アイナ様にとっての大切な誰かから贈られたものなのだと。
(……まさか、ね)
アイナ様にペンダントを送った人物が誰なのか、頭の片隅に僅かに過る。
いくらなんでも荒唐無稽すぎだ。
それこそ、物語に出てくるような『英雄譚』ではないか。
僕はそれをすぐに頭を振って否定したのだった。




