第四話 どうやら美人を助けたようですが
チンピラどもは喧嘩慣れしているようではあったが、さほど強くは無かった。多少は拳を食らってしまったが、顔を歪めずに我慢できる程度の痛みだった。
別に俺だって自慢できるほど腕っ節は強くないが、これでも厄獣を狩ってきた経験があるし、農作業で鍛えた筋力もそれなりにあるとは自負している。
王都の中でぬくぬくと生活していたもやしっ子に比べれば、大自然の驚異の方が百倍も強敵。ただ、自然は俺たちの敵であると同時に大いなる恵みでもあるので、チンピラに比べて百倍は有益な存在だ。
気絶して倒れている野郎どもは通行の邪魔になるので、適当に道の片隅に纏めて放置しておく。ついでに身包みをはぎ取り、そいつらのお財布は迷惑料として頂戴しておいた。迷惑料である。
簡単な後処理が終わってから、改めて女性の方に目を向けた。
彼女はまるで呆けたように俺の顔を見ていた。
「お嬢さん、大丈夫か?」
「──ッ!? だ、大丈夫です? ありがとうございます!?」
「……なぜに疑問系」
「あ、いえ……その……。諸々の手際があまりにもよどみが無かったので、少し驚いていました」
ああ、村長の馬鹿息子が悪戯する度に、素っ裸にして木に吊してたからな。ここに木があれば、この女性に暴力を働こうとした男たちも吊してやるもの。運が良い奴らめ。
「──取り乱して申し訳ありません。改めて、危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」
「ま、無事で何よりだ」
頭を下げてくる女性に、俺は軽く答えた。大した手間も無かったし、深刻な状況に陥らなくて何よりだった。
しかし──よく見るとなんか色々と凄いな。
「あの……私の顔に何か?」
「こう、助けたお嬢さんがもの凄く美人でちょっと驚いてるだけだ」
「ほえっ!?」
なんか女性の口から変な声が出てきたな。ちょっと可愛い。
最初は深い外套を被っているので気が付かなかったが。
この女性、とんでもない美人だ。
体付きはもの凄く華奢なのに、極一部の自己主張がもの凄く激しい。露出はほとんど無いのだが、服に覆われた胸部の盛り上がりがとても窮屈そうだ。ちょっとした切れ込みでも付けば、内圧に負けて服がはじけ飛ぶこと間違いなし。
そして、外套の隙間からちらりと見えた顔も、『女神様』と称しても過言で無いほどの美しさである。
更によく見ると、着ている服も簡素でありながら素材が上等そうである。
「その……そんなに真剣に見つめられると……恥ずかしいです」
「お、こりゃ失礼。あんまりにも美人さん過ぎて見惚れてた」
「そ、そんな……お世辞ばっかり言われても」
「世辞じゃ無くて本心なんだけどなぁ」
「あぅぅぅぅ……」
謙遜する女性に重ねて言うと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。あまり褒められるのに慣れていないのか。
こんな美人さんが照れているのを目の当たりにすると、顔がニマニマしてしまうな。胸の奥がほっこりする。
──さすがに色街行きは日を改めるしか無いか。
こんな綺麗なお嬢さんを目にした直後に娼婦とイタしても、お嬢さんの顔がちらついて集中できないに決まっている。
予定を切り替えて、とりあえずは。
「まずはこっから出ようか。お嬢さんみたいな美人がずっといて良い場所じゃぁ無いだろ」
「そんな──美人だなんて」
「…………お嬢さん?」
「──はッ!? な、何でしょうか?」
…………ちょっと、大丈夫だろうかこのお嬢さん。
俺の声に我に返るお嬢さんだったが、またも意識があらぬ方向に飛んでいきそうで声が掛けづらい。俺が無意識レベルで褒め言葉を口にしているのが原因なんだがな。
だが俺の気持ちも分かって欲しい。咄嗟に口が出てしまうほどに彼女が綺麗なのが悪い。
あと胸が大きい(ここが最重要)。
というか、改めて考えるとこのお嬢さん。なんで色街へと続くような道にいるのだろうか。身形の良さからして、ここら近辺に居を構えているようには到底思えない。
だが、俺の考察は直ぐに中断することになった。
「──さ──は、どこに──のだ──」
「──っちに──な──ぞっ──」
ひんやりとした路地裏に遠くから怒声が響いてきた。姿は見えないのに声が聞こえてくると言うことは、相当に大きな声を発しているのだろう。
頬に手を当てて「やんやん」と悶えていたお嬢さんだったが、遠くからの声を耳にした途端に照れの表情が消え、代わりに浮かび上がったのは焦燥だった。
──ったく、しょうがねぇな。
俺は溜息をつくと、お嬢さんの手を取った。
「え?」
「ほら、いくぞ。こんな場所にあんまり長居するもんじゃねぇからな」
「あ、ちょっと──」
お嬢さんが何やら口にする前に、俺は彼女の手を引いてその場から離れた。ちょうど、怒鳴り声たちが遠ざかるように。
事情はよく分からないが、先ほど聞こえた怒声の主にお嬢さんは追われていたのだろう、と勝手に推測する。
最初は戸惑っていたお嬢さんが、俺の手を振り払おうとせず、逆にしっかり握りしめてきた。
俺は会ったばかりのお嬢さんと共に、慣れない王都の路地裏を袋小路に入り込まないことを祈りながら走り抜けたのであった。