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第三十八話 提案されたのですが


 話に一区切りが付くと、カランが手を叩く。扉の前で控えていたのか、職員が部屋に入り手に持ってきた書類をカランに渡す。それらを目で追ってから受け取った内の一枚を俺によこした。


 渡されたのは、コボルトキング討伐に関する手続きの書類だ。コボルトキングを討伐した事による報酬、それと死骸を組合が買い取り報酬に上乗せする旨が記されていた。


 希望を出せばコボルトキングの死骸の中から有益な素材を売らずに傭兵が得ることもできるが、必要を感じなかったので全て売り払ってもらう。


 結果、今回の件で得た報酬は、俺が傭兵組合に入ってからこつこつと貯めてきた貯金の倍以上に達していた。


 傭兵が大物を狙いたがる気持ちも分かる。俺の一ヶ月以上の苦労を、一度の狩猟で稼ぎ出してしまったのだから。ただ、それで冗談抜きに生死の境を彷徨ったのだから、率先して狙おうとも思わなかった。


 渡されたこの書類に俺の名前を書けば、報酬は晴れて俺のものになる。その前に、俺は一つ思いついた。


「あ、お願いがあるんすけど」

「なんだね?」

「今回の報酬金の一部をミカゲに譲渡したい」

「ユキナ様っ!?」


 俺の言葉に驚いたのは他ならぬミカゲだ。


「いったいどうして……」

「そりゃ、コボルトキングにトドメを刺したのは俺かもしれねぇ。けど、俺一人じゃ確実に死んでたし、それ以前に挑む気にもなれなかった。ミカゲがいたからこその成果なんだ。だったら、今回の功労者には間違いなくミカゲも含まれてるだろ」

「ゆ、ユキナ様……」


 俺の想像の斜め上くらいの勢いでミカゲが感動していた。俺なりの筋を通したつもりだったのだが──。


『あーあ、こうやって好感度が上がってくんだな。このド天然の女誑しが──けっ』


 何でグラムがやさぐれてんだよ。意味分からん。


「いや、それには及ばん。銀閃かのじょには別途で組合から今回の報酬金が支払われることになっている。情報不備による詫びと、コボルトキング討伐のサポート役としてな」

「……じゃぁ、俺からの感謝の気持ちって事で」

「分かった。君の希望通りにしておこう」


 話し合いの結果、俺が頂く報酬の五分の一が銀閃に送られる運びとなった。俺は書類にサインをしてからカランに渡す。


「コボルトキング討伐の件はコレでシメだな。ではもう一つ、ユキナ君に話がある」

「まだ何かあるのですか?」

「そう冷たくしてくれるな銀閃。これはユキナ君にとっては有益な話だ」


 ミカゲの眉がぴくりと反応するのを尻目に、カランは俺にこう提案してきた。


「──ユキナ君、これを機に四級傭兵に昇格するつもりは無いか?」

「……昇格?」


 反射的に口に出してみたが、すぐに頭では意味を理解できなかった。


「驚くほどのことでも無いだろう。前もって君の傭兵活動を調べさせてもらった。確かに小物を中心に狙っていた節はあるが、幾度かの犬頭人コボルト討伐も行われている。依頼の処理を担当していた組合員からの評判も上々だ。他の新人傭兵に比べれば遙かに丁寧で確実な仕事をしてくれていると」


 少しでも一度の依頼で多くの報酬を得ようとした事が、俺の仕事ぶりの評価に上乗せされたのか。


「それに加えて、今回のコボルトキング討伐の功績。四級への昇格は実力的に申し分ないと組合側は判断した。もっとも、その為の昇格試験は受けてもらうがね」

「どうせなら三級にしてしまえばよいものを」

「さすがにそれは無理だ…………今日の銀閃はちょっと言動がおかしいと思うのは俺の気のせいか?」


 安心してください。ミカゲとまともに話したのは今日が初めてですけど、そんな俺でも彼女がおかしいと思ってますから。


「……ま、まぁともかく。コボルトキングを討伐できる実力の持ち主なら、このまま実績を重ねていけば問題なく三級へと昇格できるだろう。その前段階として、四級への昇格を考えてみてはどうだろうか」

「………………」


 俺は首を縦にも横にも振らず、しばし考え込んでしまった。



 結局、俺はその場で答えを出すことができずに保留した。


「急な話であったし、昇格試験を受けるか否かは傭兵その人の自由だからな」


 気分を害した様子も無く、カランは鷹揚に頷いてくれた。


 意外だったのはミカゲの反応だった。俺の保留に驚くと思いきや、素直に受け容れていた。


 組合を後にし、ミカゲと別れてからグラムと共にその時のこと思い出す。


「てっきり「何故断るのですか! 是非昇格すべきです!!」ってなると思ってたんだけどなぁ」


 応接間を出た後、その事をミカゲに訊ねると彼女は困ったように笑った。


「本音を言えば是が非でも昇格してもらいたいのですが、口にしたところでユキナ様が決断するとも考えられなかったので」


 まさしくその通りなのだが、この人の俺に対する理解度が深くて怖い。まともに話し始めてまだ一日も経過してないんだぞ?


「そりゃあれだな。上っ面は適当だが、ここぞという時の相棒は筋金入りの頑固者だ。その辺り、同じ頑固者だから察せるんだろうよ」

「……そんなに俺って頭が固いか?」

「コボルトキングの前に飛び出たときのこと思い出せ。俺の言うこと完全に無視しやがって。さすがにあの時ばかりは俺も肝が冷えたぜ」


 肝ねぇだろ、お前。つか、最後の方はノリノリだったくせに。


「言葉の綾だ。それより、ミカゲじゃねぇがどうしてカランって奴の答えを渋ったんだ? 相棒が傭兵になったのは一時的なもんだろ。キュネイちゃんを買う金は十分すぎるくらいに貯まってるし、もう傭兵を続ける意味もねぇだろ。そもそも『買う』必要があるかすら意味なくなりそうだし」

「そうなんだけど、な」 


 グラムの言うとおり『傭兵』となった当初の目的は、娼婦としてキュネイを『買う』のに必要な資金を稼ぐためだ。そして実は今回の報酬でその目標金額は到達クリアしていた。


 はっきり言って、俺がこれ以上傭兵を続ける理由は無い。今更グラムを手放すつもりは毛頭無いが、進んで傭兵として荒事を生業にする必要性は無くなっていた。


 少し前までの俺なら、カランの提案を断り傭兵稼業を引退していただろう。けれども、俺の心境にも変化が出てきていた。 


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