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第三十七話 眉唾のようですが


 カランは少し間を置いてから続けた。


「組合の想定していた中で 最悪の可能性が的中してしまったわけだが──不幸中の幸いは厄獣暴走スタンピートの早期に解決できたことだろう。発見が遅れていれば森から犬頭人コボルトが大量に溢れ出し、大規模な討伐隊を編成する必要があった」


 カランはホッと安堵したような息を吐いた。


厄獣暴走スタンピートの『根』であったコボルトキングを討伐できたのは本当に僥倖だった。おかげで森に残ってる犬頭人コボルトは烏合の衆となっている。いくら数が多くともあの程度なら四級以下の傭兵であっても油断しなければ十分に掃討可能だ」


 最も、統率を失ったとはいえ、飢えた犬頭人コボルトは目に付く限りの食料を食い漁り、活動範囲内に生息している動植物に大きな影響を与えるのは間違いなかった。


 それでも、厄獣暴走スタンピートが本格化した場合の被害を考えればマシ、と組合は結論を出していた。


『恐怖心を極限の飢餓とコボルトキングの支配力で打ち消され、その上で統率された犬頭人コボルトの群れは、並みの個体よりも遙かに厄介だ。そんなのが大挙して押し寄せてきたら、討伐隊にもかなりの被害が出てただろうさ』


 グラムの言葉を聞きながら、俺はミカゲが足に傷を負った場面を思い出した。己の命を省みずに襲いかかってくるコボルトの群れを相手に、ミカゲは危うく命を落とすところだったのだ。そう考えるとあんなのが大挙で襲いかかってきたら、恐怖以外のなにものでもないな。


「……それで、あなたはこんな無駄話を聞かせるために私たちをわざわざ呼びつけたのですか?」

「をい」


 わざわざ組合のお偉いさんが説明してくれてるのに、ミカゲが冷たく斬り捨てるように言い放った。隣にいる俺もさすがに顔が引きつったわ。


「いやはや手厳しいな、銀閃。ユキナ君かれの様子を見るに、厄獣暴走スタンピートに関してはある程度知り得ているようだし、そろそろ本題に移ろうか」


 一つ咳払いをしてから、カランは切り出した。


「コボルトキングの討伐は間違いなく行われたのだろう。だが、その討伐の『功労者』が誰であるのか、組合の中で疑問視する声が多い」

「……先日に、私の口から組合へと説明したはずですが?」

「それでも、だよ。正直に言えば、君からの報告でなければ私も彼らに近しい心境になっていたよ」


 不快を露わにするミカゲと、胡乱げなカランの視線が交錯する。


 ……コレはつまりあれか。


『相棒の想像通りだろうさ』


 一応、コボルトキングを討伐したのはユキナおれであり、ミカゲはそれを組合に報告したと聞いている。だが、組合側は彼女からの報告に疑問を抱いているわけだ。


『ま、当事者からの言葉とは言え、新人の五級傭兵がコボルトキングなんて上物を討てるとは受け容れがたいわな』


 無言で見合っていたカランは、次に俺へと目を向けた。


「ユキナ君にも確認しておきたい。コボルトキングを討伐したのは──君で間違いないのか?」

「あー、トドメを刺したって意味では、間違いなく俺っすね」


 俺の正直な答えに、カランの視線が鋭くなる。


 嘘とは思われてないが、信じ切れてもいないかな、この様子だと。


「それはつまり、銀閃がコボルトキングを追い詰めて、最後の一撃を──」

「いえ、違います」


 カランが喋っている半ばで、ミカゲがばっさりと斬り捨てた。


「確かに先に遭遇したのは私です。ですが、私は軽く手傷を負わせたに過ぎません。コボルトキングを討伐したのは間違いなくこの方ユキナです」


 いや、間違ってないんだけどさ。もうちょっと言い方ってないか。そんな被せ気味にしなくてもさ。ほら、幹部さんカランもちょっと驚いちゃってるよ。


「……まさか、誰よりも名声を得ることに執心していた銀閃きみが功を誰かに譲るとは」

「譲るもなにも、私は最初から事実しか語っていません。それに勘違いしないでいただきたい。私が名声を求めていたのはあくまで手段の一つに過ぎません」

「ああ、それは理解しているつもり──」

「もっとも、今となってはもはやどうでも良いことですが」


 と、ミカゲは微笑びしょうし、頬を朱に染めながら俺を見た。女性にあまり免疫が無いんだから、そんな風に見られたら胸がドキドキするだろ。


 あ。幹部さん、今度は口をポカンと開いちゃってるよ。


「……それはどういう意味だろうか」

「仕えるべき『主』を得た。そういうことです」


 目をパチクリとさせた後、カランはギョッとしたように俺の方を向いた。疚しいことは無いはずなのに、反射的に俺はカランから目を逸らした。


「そ、そんなことより……今はコボルトキングの討伐云々の話でしょうよ」

「う、うむ。そうだったな」


 挙動不審気味な俺の言葉に、カランは固い様子で頷いた。なんとなくだが、この件には触れて欲しくないと伝わった、と思いたい。


 カランは気を取り直すように再度咳払いをした。


「コボルトキング討伐の報告を受けたあと、コボルトキングの死体は組合が回収し、実際に職員が検分した。

 結果、銀閃のものであろう刀傷の他に、別の誰かしらが与えたと見られる傷跡も多くあった。特に、両腕とトドメになったであろう左胸の一撃。この二つは明らかに銀閃のものとは別だった」

「そんなことまでわかんの?」

「銀閃の扱う武器は独特だからな。ある程度刃物を扱うものであれば一目で分かるほどだ。

 その点、両腕の傷は刃物を強引に叩き付けたような切り口だ。左胸に至っては、心臓を中心にその付近が完全にえぐり取られている。とても銀閃の手によるものとは考えられん」


 両腕と左胸──間違いなく俺がグラムを振るって穿った傷だ。だが、まるで他人事のようにも聞こえた。あの時は無我夢中の全身全霊だったのだが、現実味が湧いてこない。


「確かに、コボルトキングを討ったのは銀閃では無いのかも知れない。だが、あの両腕と左胸の傷を、五級の新人が穿ったのかと問われれば、やはり疑問視するしか無いだろう」

「だから改めて我々に事情を聞こうと? でしたら、何度聞かれても答えは代わりありません。コボルトキング討伐の最大の功労者は、ユキナ様です」

「ユキナ君、銀閃の言葉に偽りは無いか?」

「……間違いないです」


 現実味が無かろうと信憑性が無かろうと、俺がコボルトキングを討伐した事実に変わりは無い。カランの問いかけに、俺は虚偽無く答えた。

 

 俺の言葉を受け取ったカランはしばらく黙り込んでいたが、やがては肩の力を抜き気さくな笑みを浮かべた。


「分かった。銀閃が嫌々に功を譲っている様にも見えないしな。組合の者にはそのように伝えておこう」

「最初からそう言っているでは無いですか」

「コボルトキングは五級の新人が容易く討伐できる厄獣モンスターではないからな。君の言葉を最初から疑っていたわけではないが、立場的に素直に信じ切るわけにもいかなかったんだよ」


 カランの言い分にミカゲは呆れたような嘆息をした。


「それに、元々の依頼である『調査』はミカゲの担当だった。ユキナ君はそれに割り込んで勝手に依頼を完遂してしまった形だ」


 言われてみると、俺ってミカゲの依頼に文字どおり横槍を入れたようなものだな。 依頼を受けた傭兵に、別の傭兵が故意に妨害を行えば罰則の対象となる。


「もちろん、急を要する状況だったのは組合も理解している。なので、形だけでもこうして当事者たちから事情を聞いておく必要があったのだよ」


 組織って面倒臭いなぁ、と話を聞いていた俺は率直な感想を思い浮かべた。


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