第三十五話 仲間にして欲しそうなのですが
「………………とりあえず離してくれませんかね」
「あ……こ、これは失礼しました!」
恥ずかしげに頬を赤らめながら、銀閃は俺の躯から離れた。
──あの刃を彷彿させるような切れ味のある雰囲気はいったいどこに行ったのだろうか。
今の彼女は己の行動を恥ずかしく思い、俯き気味に身じろぎしている。初めて会ったときや、森で出会ったときの姿は見る影も無い。ただの可愛い生物である。
「その……どうぞ」
銀閃が指しだした手を取り、俺は立ち上がった。握った彼女の手は剣士故の堅さを持っていたが、女性としての細さと柔らかさもあった。
「申し訳ありません。英雄殿の顔を見たら、感激のあまり我を忘れてしまい、つい」
「あー、まずは一旦ここから離れないか?」
「……? どうしました?」
いや、もの凄く視線を集めてるんですよコレが。
銀閃は凄く目立つ。〝派手〟という意味では無く容姿が整いすぎて問わずに目を引くのだ。
この国では珍しい意匠の服に、狐の耳と尻尾と煌びやかな銀色の髪。そして男女問わずに視線を集めてしまう彼女自身の美貌に、同性すら憧れを抱いてしまう服を窮屈そうに押し上げる豊かに実りすぎる胸。
更に、傭兵としても凄腕であり近寄りがたい雰囲気を発していた。まさに『孤高』という言葉が似合う女性だ。
そんなのが喜び満点の笑みを浮かべて誰かに抱きつきでもしたらそりゃ注目を浴びるわ。
『ま、それだけじゃぁ無いと思うがね』
グラムがポツリと呟くが、そちらに構っている暇は無かった。
「私はこの容姿ですし、別に普段と変わりありませんが」
「いや、俺が──」
「それよりも、今度英雄殿にあったらお伝えしたいことがあったのです!」
「──構うんだよ……って最後まで人の話は聞こうぜおい」
俺としては人目を集めるのは慣れてないんだよ。場の背景に溶け込むモブで十分なんですよ。
『モブってぇ割にはやってることはちゃめちゃだがな』
やかましいわ…………ん?
「さっきから言ってる英雄って誰さ?」
「もちろん、貴方様の事でございます!」
……そういえば、抱きついてくる寸前にもそんなこと叫んでたな。
「英雄殿。実は貴方様に折り入って頼みがあります」
「その『英雄』っての、どうにからならないか? 分不相応すぎてめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
などという俺の嘆願はまるッと無視し、銀閃はどうしてか腰から鞘を外すと俺の目の前で左の片膝を突き、鞘を地面に置いた。
『あ、コレはアレだな』
どのアレっすか? と俺が問いかける前に。
「私を──このミカゲを、貴方様の配下にして頂きたい!!」
傭兵組合の、多くの人間が集まるこの場所で、銀閃は高らかに叫ぶと俺に頭を下げてきたのだ。
その光景を眺めていた周囲の人間も、銀閃の間近にいる俺も等しく言葉を失い目を点にしていた。
「…………………………どゆこと?」
場が騒然となる三秒前に、喉から辛うじて呻きに近い言葉を絞り出すのが俺の精一杯だった。
銀閃の発言によって騒然となった傭兵組合を逃げ出すように……というか、脱出した俺たちは組合の建物から離れた場所にある喫茶店に入った。
「それでえっと……なんて呼べば良いんだ?」
「『ミカゲ』とお呼びください、英雄殿」
「分かったよミカゲさん」
「『さん』などと……。ミカゲ、と呼び捨てにしてください」
「了解だミカゲ。俺のことは英雄じゃなくてユキナって呼び捨てにしてくれ」
「分かりました、ユキナ様」
「その……〝様〟付けもできれば止めて欲しいんだが」
「嫌です」
「いや即答されても困る……」
間髪入れずに答えやがったぞこいつ。
このミカゲという女、物腰は丁寧で態度も大分柔らかくなったが、筋金入りの頑固者かもしれない。
『武芸者ってのは頑固者ばっかりだからな。相棒の予想はおそらく正しいだろうぜ』
グラムの全く嬉しくないお墨付きを貰った。
このまま俺の呼び方を巡って押し問答するのも時間の無駄だろう。俺は仕方が無く本題を切り出した。
「んで、組合で言ってた話だけど」
俺が切り出すと、銀閃──ミカゲはこちらの顔をしっかりと見据え、真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「私を、ユキナ様の配下にしていただきたいのです」
どうやら嘘や冗談の類いではなさそうだ。彼女のコレまでの言動を省みれば、冗談を口にするタイプで無いのは承知していたが。
「……いや、何でさ。二級傭兵のミカゲに五級の俺が手下になるってのはまだ話は分かるが、逆は明らかにおかしいだろ」
「傭兵の階級など、所詮は他人が勝手に付けた位に過ぎません」
さも当然のことを口にしているかのようだ。正しいと言えば正しい論なのだが、さすがにすんなりとは受け入れられない。
「もしかして、コボルトキングから助けられたお礼か?」
それにしちゃぁ随分と返済が過ぎる。
「俺としてはコボルトキングの討伐を正直に組合へ報告してくれたことで十分だ」
「……あの件は切っ掛けに過ぎません」
ミカゲは首を横に振った。
「もちろん助けて頂いた事への恩義は感じています。ですがそれ以上に、貴方様の背中に私は視たのです」
「……何をさ」
「未来の『英雄』の姿を」
なるほど、だから『英雄殿』なんて呼んでたのか──って納得できるか!
「ちょぉっと、過大評価のしすぎだろ。俺は農村から出てきた田舎者で、今はしがない傭兵だ。そんなご大層なものに成れるとは到底思えないけど」
呆れたように言ってから肩を竦める。内容に自嘲が含んでいたのは、諦めて貰うための方便も含んでいた。
「本当にそうでしょうか?」
ミカゲはこちらの意図とは裏腹に、笑みのままに視線の切れ味を鋭くした。
「本当にただのしがない傭兵なら、貴方様は私を助けること無くあの場で逃げていた。であれば、私は今貴方の目の前にはいない」
「ありゃぁ……運が良かっただけだ」
勢い任せで飛び出たが、一歩間違えればミカゲだけで無く、俺も含めてコボルトキングに殺されていた。
生きて帰ってこれたのは様々な要因が奇跡的に重なって手に入った幸運に他ならない。
「確かに運が良かっただけなのかも知れない」
ミカゲは俺の言葉を認めながらも、先を続ける。
「ですが、それを掴み取ったのは、間違いなく貴方様自身です。違いますか?」
「それは……」
俺は反射的に己の左手──手の甲に刻まれた痣に視線を落とした。
──『選びし者』よ! 汝はこれより『英雄』と成れ!
コボルトキングに殺されそうになった時、俺の前には新たな姿となったグラムの叫びを思い出す。
アレがいったい何だったのか、俺はグラムにまだ聞いていない。聞いたところで答えてくれるとも限らない。
ただ分かっているのは、俺が武器屋であの古ぼけた槍を手にしていなければ、この結果には至らなかった。
『良いじゃねぇか相棒』
グラムのことを考えていて、その張本人──人?──が俺の頭の中に語りかけてきた。
『この狐ッ娘はどんだけ言葉を重ねても聞くはずがねぇよ』
でも、配下ってのはさすがにこう……重すぎやしないか。しかも相手は格上であり容姿も飛び抜けている。村の若者を子分にするとは次元が違うぞ。
『だったら『お試し期間』って事で妥協しちゃぁどうだ』
お試し?
『もしかしたらこの狐ッ娘は、助けられた時の衝撃で一時の〝熱〟を上げているだけかもしれねぇ。だからしばらく相棒と一緒に行動して、その熱が冷めたときに改めて判断を仰げば良いさ』
なるほど、それは良いかもしれない。
俺はグラムに目を向け僅かに頷いてから、ミカゲに向き直る。
「分かったよ」
「本当ですか!?」
「ただし!」
目を輝かせたミカゲだったが、彼女がテーブル越しに乗り出してくるのを俺は制した。
……ミカゲの胸元にある下向きの山が凄ぇのなんのって。山の頂上がテーブルにくっつきそうだぞ。
危うく何も考えずに『良し』と言ってしまいそうになるが、キュネイの顔を思い出して慌てて払拭する。ついでに紅の髪を持った女性の顔も浮かび上がってきて、尚更に頭を振った。
俺は気を取り直すように咳払いをする。
「本音を言えば配下云々とか、ちょっと俺には分不相応だ。けど、俺の言葉だけで諦められるほどミカゲの気持ちが軽くないのも分かった。だからここは『対等な仲間』から始めよう」
「なるほど。つまり〝お友達から〟という訳ですね」
「微妙に違うような気もするけど、とりあえずそれで」
お互いの事をよく知らないから齟齬が出るのだ。そのお試し期間として〝お友達から〟というのは間違っていないだろう。
「……そうですね。確かに、配下にして頂くのならまずは私自身のことを深く知って頂く必要がありますね。コレは大変失礼いたしました。どうにも事を急いてしまうのが私の悪い癖です」
「あの、その配下にするか否かを決めるためのお友達期間だからな?」
「分かっておりますとも。ええ」
本当かよ、とツッコミを入れたくなったが、ここで余計な口を挟めば更に話がややこしくなりそうなので口を閉ざした。
『こうして、『銀閃ミカゲ』が期間限定で仲間になった──将来の読み物にゃこう書かれるだろうな』
グラムの脳天気極まりない言葉に、俺は小さく溜息をついたのだった。
最近、『気がついたら予定よりも文字数が多くなってる症候群』が発症している。
あと、この前に短編を投稿したのでこちらもどうぞ。
『ダイコン無双 〜このダイコン倒せるものなら倒してみろ〜』
https://ncode.syosetu.com/n6744ep/
全てを勢いに任せた短編コメディ。頭からっぽにして楽しめるヨ!




