第三十三話
「けど、どうしてそれを明かしてくれたんだ? 察するに、今まではずっと隠し通してたんだろ」
言葉には出されていないが、おそらく淫魔である事実はキュネイの人生にとって重い足枷となっていたはずだ。でなければ俺が『気にしない』と答えただけであれほど感極まるはずも…………唇に触れた自身以外の柔らかさを思い出して悶絶しそうになる。
「それを話す前に、まずユキナ君がこの診療所に運び込まれてきた状況を教えておくわ」
──診療所に運び込まれた時点で、俺の躯はボロボロであった。
──回復魔法を施すにも、それに耐えうる体力すら枯渇していた。
──あのまま回復魔法で治療を施せば、確実に死に至っていた。
この三点をキュネイの口から告げられた。
ある程度の予想は付いていたとはいえ、冗談抜きに俺は死にかけていた事実を突きつけられると言葉を失う。
顔色が悪くなる俺を見て、キュネイは真剣な顔で続けた。
「淫魔はね、精気を奪う事ができるけど、それは言い換えれば精気を明確に感じ取り、ある程度は自由に操ることもできるの」
話が切り替わったことに首を傾げるが、俺は黙って彼女の話に耳を傾けた。この流れを考えれば、必要な寄り道なのだと分かる。
──キュネイは娼婦として『客』と躯を重ねる際に吸精を行うが、これは勝手に行われるわけではない。キュネイが『精気を吸う』という意思が無ければ吸精は発動しないのだ。
キュネイはやがて、この吸精行為が〝魔法の発動〟に非常に似た仕組みであると理解した。
切っ掛けは回復魔法に強い才能を発現したことだ。
回復魔法は元々手慰み程度に使えてはいたが、淫魔として客の精気を吸い取る行為を繰り返していると徐々に回復魔法が強い効果を発揮しだしたのだ。おそらくは『生命力に触れる』という点が、彼女の回復魔法への造詣を深めたのだ。
キュネイは娼婦として吸精を行う傍らで、回復魔法を使った町医者を営み始め更に研究を重ねた。
そしてついに、キュネイは吸精の〝奪う〟という効果を反転させて、〝与える〟という効果を持った魔法を編み出した。
「生命譲渡──術者の生命力を他者に分け与える魔法よ」
「じゃあ、俺が助かったのって」
「私が生命譲渡で生命力を分け与えたから」
キュネイの生命力を分け与えられた俺は回復魔法に耐えうる体力にまで持ち直し、その後に怪我の治療が行われたのだ。
曰く、この魔法を習得できるのは淫魔かそれに近い特性を持った存在だけ。理屈ではなく本能の部分で『生命力』を理解しなければならない。キュネイ以上に凄腕の回復魔法使いであったとしても、こればかりはどうにもならないらしい。
「けど、別に淫魔としての正体を明かさなくても良かったんじゃないか? 生命譲渡さえ使えば──」
「そうもいかないのよ、こればかりはね」
生命譲渡にはいくつかの欠点があった。
その一つに挙げられるのが、今の──角の生えている状態だ。
淫魔の角は当人の意思で、気軽には無理だがそれでも己の意思で出し入れが可能。普段の彼女も人間社会で生活するために角を隠して生活を送っている。吸精行為の際にも角を隠したままで可能だ。
だが、淫魔としての能力を十全に発揮するためには、淫魔の角を生やした状態──言わば『淫魔化』をしなければならない。
そして、生命譲渡には繊細な精気の操作が必要になる。
つまり、生命譲渡を行うには淫魔化が必要不可欠だったのだ。
「あ、もしかして一緒に寝てたのって」
「ユキナ君の容態が安定するようにね。吸精を含む精気の操作は実際に肌で触れあっていた方が緻密に行えるから」
あれは治療行為の一環だったというわけか。
──これで、キュネイが淫魔であった事実と、それを俺に明かしてくれた真実が分かった。
驚きは間違いなくあったが、同時に嬉しく思う。
これまで誰にも明かしてこなかったであろうキュネイの秘密を、彼女自身の口から聞くことができた。彼女にとって、俺という存在はそれだけ特別なんだと思えたからだ。
特別──特別か…………。
「キュネイ」
「何かしら?」
「さっきはその……俺って『告白』されたんだよな」
俺の言葉を聞いたキュネイはテーブルの上に置いた己の手を所在なさげに弄くり、顔を赤らめると──やがてゆっくりと頷いた。
「それは……男女的なアレで間違いないんだよな」
もう一度、キュネイは頷いた。いよいよ耳まで真っ赤っかだ。
──記憶違いとかでは無く、本当に俺はキュネイから告白されたのか。
「……あの……もしかして迷惑だった?」
心配そうに言う彼女に、俺は全力で首を横に振った。勢いが強すぎて首から『グギッ』と妙な音が鳴ったが、それだけ必死の首振りだと思って頂きたい。
「……女性からそういう申し出を受けるのって初めてだったからよ。ちょっと混乱してるというか、なんというか」
『恋人が欲しい!』とか頻繁に願っていたのに、不思議な話である。いざ『それ』が手の届く場所に来ていると怖じ気づいてしまう。
仕方が無いだろう。言ったとおりキュネイのような美人に告白されるなんてついぞ思わなかった。
情けない話だが、この瞬間にも「これは夢だ」と誰かに言われてもスンナリ納得できるくらい現実味が無いのだ。
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