第三十一話 抱きしめられましたが──
キュネイの寝顔はそれだけで絵になるほどに綺麗だ。ただ、俺は素直に感じ入る前にどうしても気になる点があった。
彼女の側頭部から生えている『角』が目に止まる
「あー、相棒が気になるのも無理はないが、今はそっとしといてやれ。なにせ相棒が運び込まれてからの三日間、容態が安定してからも付きっきりで看病してくれたんだからよ」
「そうだったのか……」
だったら無理に起こすのは悪いか。
俺はキュネイを起こさないようにそっとベッドから抜け出し、立ち上がる。
手を持ち上げてぐっと握り込むと、力強さを感じる。やはり前よりも調子が良い気がするな。
「素っ裸でうろちょろすんなよ。俺ぁ野郎の裸を拝む趣味はねぇよ」
「奇遇だな。俺も槍に裸を晒し続ける趣味はねぇさ」
俺の衣服はベッドの側に綺麗に畳まれておかれていた。キュネイが洗濯してくれたのだろうか。
服に袖を通していると、グラムが尋ねてきた。
「なぁ相棒。キュネイちゃんの角を見てどう思った?」
「どうって……まぁ驚きはしたけど」
「……それだけか?」
「角よりもおっぱいの衝撃の方がデカい」
巨乳なだけにデカい、と。
「くっそ下らねぇ事考えてるな」
「だから人の心を読むなって」
「相棒が分かりやすすぎるんだよ」
槍に心を見透かされる男とはこれ如何に……。
「でもま、相棒は相変わらず相棒らしくてよかったぜ」
「馬鹿にされてる?」
「褒めてんだよ」
槍に褒められる男とはこれ如何に……。
「ふわ…………あれ?」
若干気落ちをしていると、背後で物音。振り向けば、キュネイが目を擦りながらベッドから身を起こしていた。キュネイは己の側に俺がいないのに首を傾げ辺りを見回す。
「え? …………ユキナ……君?」
「おう、おはようさん」
彼女が丁度こちら方を向いたところで、俺は笑って挨拶の言葉を掛けた。
俺の顔を少しぼうっと眺めていたキュネイだったが、不意に目に涙を溜め始めた。
突然のことに狼狽する俺だったが、明確な言葉を発する前にキュネイがベッドから飛び出し、俺を抱きしめた。
「……良かった」
訥々と流れ出た言葉を耳にしてから、俺はキュネイの肩が震えていることに気が付く。
「私は……あなたを助けることができたのね……」
脳裏に先程のグラムの台詞が蘇った。
──彼女じゃ無かったら、到底助からねぇ重傷だったんだからよ。
もしかしたら、俺の怪我は自身が想像しているよりも遙かに重傷だったのかも知れない。
それこそ、命を失う確率の方が遙かに高いほどに。その治療を任されたキュネイの気持ちを想像すると、どれほどの重圧が掛かったのだろうか。
キュネイに何か言葉を掛けてやるべきなのは分かっているのだが……どうにも思い浮かばない。
悩んでいると──。
『そういう時は、抱きしめてやりゃぁ良いんだよ』
グラムの念話が頭に響き、俺はハッとなって壁に立てかけてある槍を見た。
相変わらず『槍』に違いは無いのだが、俺はそこに良い笑顔を浮かべ親指を立てた誰かを幻視する。
どうにも槍に諭されるのは癪ではあったが。
──俺はキュネイの躯を抱きしめた。
己の背中に腕が回ったことに驚いたキュネイはびくりと固まったが、徐々に肩から力が抜けいく。それに伴い、いつの間にか震えも収まっていく。
──どれほどそうしていただろうか。
俺は気まずげに言った。
「心配……かけたみてぇだな」
「ええ、まったくよ。あなたが瀕死で運び込まれてきた時なんて、怖くて仕方が無かったんだから」
「悪い……」
「本当にね。……でも良いのよ。あなたがこうしてちゃんと目を覚ましてくれたのだから」
それにね、と彼女は続ける。
「おかげで気が付くことができたから。あなたが私の中でどれだけ大きな存在だったのかを」
「……?」
「もう、これでも何人の男を虜にしてきた王都切っての娼婦だったのよ。それが、まだ女も知らない男一人に振り回されるなんて」
言葉の意味が分からずに首を傾げていると、彼女がむくれるように言った。抱き合っていて顔が見えないが、声からそんな感情が滲んでいた。
「その……なんか申し訳ない」
「謝らないで。私が勝手に舞い上がっちゃってるだけなんだから」
しばらく抱き合っていた俺たちだったが、申し合わせたわけではないのに互いに抱きしめる力を緩めた。かといって相手を解放するわけでも無かった。
両者の躯が少しだけ離れると、俺たちはそのままの態勢で互いの顔を見つめ合った。
意図せずに、俺の視線はキュネイの『角』に向いてしまう。
それに気が付いた彼女が、不安げに顔を伏せた。
しばしの時を要してから、キュネイはゆっくりと顔を上げた。
「…………やっぱり、『この角』、気持ち悪い?」
「いや別に」
「…………え?」
恐る恐ると言った風に尋ねてきた彼女だったが、俺の答えを聞くと今度はきょとんとした顔になった。
こう……覚悟を決めて問い質したら、予想の斜め上を行く答えを聞いたような反応だ。
「それよりもっと衝撃的なものが目の前にあるから」
確かに『角』に目線が言ったのは間違いないが、それよりも遙かに凄まじい存在が俺の間近に存在している。
俺の視線が彼女の頭部から顔へ、そこから胸部へと下がる。
──大迫力の巨乳が、俺の胸元で押し潰されているわけである。
以前にデートしたときも似たような事があった。
あの時もキュネイの格好は扇情的ではあったが、今は完全に一糸纏わぬ全裸。ちょうど潰れてて見えないところに女性の大事な部位が隠されていると考えるとこう……堪りません。
俺の視線の行き先と顔を交互に見てから、彼女はおずおずと聞いてきた。
「えっと……もう一度聞くけど、『この角』を見て気持ち悪いとか不気味とか、そんな風には思わないの?」
「…………? ……そりゃ驚いたは驚いたけど」
何がそこまで不安をかき立てるのか、俺にはよく分からなかったが、俺は素直な気持ちを述べた。
「綺麗な女性に角が付いたくらいで、その人の美しさが損なわれるわけねぇだろ」
世の中には狐の耳と尻尾が生えた銀髪巨乳美人までいるのだし、角が生えた巨乳美人がいてもおかしくはないはずだ。
『相棒。それ、状況が違えば最悪の答えだな』
うるせぇぞグラム。
俺は槍を睨み付けてからキュネイの方を向き直ると、彼女は最初ポカンとした顔をしていた。
……もしかして何かやらかしたか?
『やらかしたと言えばやらかしたなぁ! 俺言ったよな! 『状況が違えば』ってよぉ!』
次に発したグラムの声には愉快げな色が含まれていた。明らかに状況を楽しんでいる時の声だ。
そして──。
「……もう駄目。こんなの、我慢できるわけがない」
心ここにあらずと、うわごとのように漏れた呟きの後に。
キュネイは笑みを浮かべた。
背筋が……ゾクリと震えた。
目を腫らし涙に塗れた顔であったが、見ているだけで『魂』が奪われるかのような、妖艶で美しい表情だった。
どきりと心臓が高鳴ると、その隙を狙ったかのようにキュネイが腕に力を込め、再び俺と彼女との距離が近くなっていく。
そしてあろう事か、躯と共に顔が急接近してくる。
「え、ちょっ! キュネ──んんっ!?」
慌てて押し止めようとしたが時は既に遅し。
──俺とキュネイの唇が、重なった。
完全に頭が真っ白になった。
感じるのは。
唇の柔らかさと。
体温と。
息づかい。
逆を言えば、それ以外の全ての感覚が消失し、彼女との繋がりに思考の全てを支配された。
──やがて長くとも短くとも感じる時が流れて、キュネイはゆっくりと唇を離した。
「きゅ、キュネイ……さん?」
「キュネイ」
「ん?」
「キュネイって……呼び捨てにして。あなたには……そう呼ばれたいの」
口付けの衝撃も相まって、俺は促されるままに彼女の名前を呼んだ。
「きゅ……キュネイ」
心の中では結構呼び捨てにしていたが、いざ口にしてみるとこう……恥ずかしさがあるな。
俺が名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
頬は朱に染まり、瞳は涙に潤んでおり。
浮かんでいたのは、俺が見てきた彼女の顔で最も美しく輝かしい笑顔だった。
「好きよ……ユキナ君。あなたを……愛してるわ」
そして再び、言葉を失った俺にキュネイは唇を重ねた。
………………………………………………。
え? この女性。今なんて言った?
先日なろうラジオに出演してきましたが。
予想外の展開にはなりましたが、概ね良い形で収録ができたと思います。
さて、番組の最後に告知しましたが。
ナカノムラが並行して連載している作品『アブソリュート・ストライク』が書籍化いたします。
詳しい情報はのちに活動報告はツイッターで追記していきます。
ナカノムラのツイッターアカウント
https://twitter.com/kikoubiayasuke
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