第三十話 いっぱいのようですが
どうにか更新。
最初に感じたのは温もりだった。
暖かさが指先まで覆っていた凍えるような冷たさがゆっくりと解けていき、心地よい感覚が全身に行き渡る。
どれほどその心地よさに浸っていただろうか。
──目が覚めると、俺はベッドの上で寝かされていた。
「……どこだよ、ここ」
額に右手を当て、ぼやける頭を振って俺は上半身を起こした。 辺りを見渡すと、瓶や棚が多く置かれた部屋で鼻には独特の匂いが触れる。
……しばらくしてから、そこがキュネイの診療所であることが分かった。
「俺……なんでキュネイさんのところに?」
前後不覚とはまさにこのことだろう。記憶が曖昧で何がどうなっているのかさっぱり分からない。
……と、未だ重たい瞼をどうにか持ち上げると、自身の左手に目が行った。
──左手の甲には、俺が生まれてからこれまで無かったはずの大きな痣が存在していた。
じっくりと観察してみるが……。
「……火傷なんかしたか?」
駄目だ。意味が分からない。
困り果てているところに、馴染みの声が聞こえていた。
「よぉ相棒! おはようさん! 派手な寝坊だなぁ!」
「……大声で叫ぶなよクソ槍。頭に響く」
『グラム』の声は、思考が定まらない今の俺には刺激が強すぎる。頭の中でガンガンと反響して気持ち悪くなってきそうだ。
「寝起きで頭の中ふわっふわみたいだな。ツッコミにいつものキレが無いぜ」
「ああそうかい……何がどうなってんだよ」
俺はグラムを探して部屋の中を見渡す。だが、俺の『古ぼけた槍』が見当たらない。
「どこ見てんだよ相棒。ここだよここ」
声がする方に目を向ければ──ご立派な黒と朱塗りの槍が壁に立て掛けられていた。
「……え、どなた?」
「はい期待通り反応をどうもありがとう! グラムだよ! お前さんの頼れる相棒のいかしたナイスミドルな『槍』様だよ!」
「俺の知ってる槍はもっとぼろくさい中古品だぞ」
「誰が廃品直前のナマクラ不良在庫だごらぁ!!」
「……ああ、紛れもなくお前はグラムだよ」
普段通りの口調でようやくあの黒塗りの槍がグラムだという現実が受け入れられた。
そこから、俺の記憶が徐々に蘇る。
犬頭人の厄獣暴走に遭遇したこと。銀閃と出会ったこと。彼女を助けるためにコボルトキングと戦ったこと。
そして──その時に起こった『グラム』に纏わる出来事の全てを。
俺は改めて己の左手を見た。
先ほどは思考がぼやけていてたが、今ならはっきりと思い出せる。
コボルトキングによって一時は重傷を負っていたはずだ。だがあの時に──。
──さぁ我が主よ、呼ぶが良い! 汝の武器である俺の名を!!
言葉に誘われるままに、俺は『グラム』の名を唱えた。
そして俺の左腕は重傷を負う前の状態に戻り、目の前には黒と朱塗りの槍が現れ。
──手の甲にこの痣が刻まれていた。
俺は現れた黒塗りの槍を手にし、どうにかコボルトキングを倒した。
けれども、その時の『反動』で躯がボロボロになり、そこで意識が途切れた。
「…………ん? 痛くねぇぞ?」
気を失う直前にまで感じていた、全身がバラバラになるような痛みが、今は感じられない。寝起きで躯が強ばっている事を除けば、むしろ前より力が漲るような気さえする。
「って、俺なんで裸なのさ」
痛みの有無を確認して、俺はようやく自身が一糸纏わぬ全裸である事に気が付いた。下半身も、下着を除けば素っ裸。
「そりゃアレだ。治療の一環ってやつだ」
「治療って……もしかして俺のあの怪我はキュネイさんが治してくれたのか?」
ここがキュネイの診療所であるのなら、おそらくそうなのだろう。
「まったくもってその通りなんだが……ちょっと右見てみ」
「は? 何を言って……」
グラムに問い返す前に、俺は自身の右隣──毛布が掛かったベッドの一部が不自然に盛り上がっているのに今更ながらに気が付いた。
目を瞬かせた俺は、特に深く考えずに毛布を摑んで捲り上げた。
おっぱいがあった。
──俺は無言で毛布を掛け直した。
……………………………………………………。
十秒ほど思考が停止した。
二十秒辺りが過ぎた頃で思考が再び回転を始め。
三十秒経った時点で一気に混乱が押し寄せてきた。
「──ッ! ──ッ!? ──ッ!??」
混乱が短時間で頂点に達し、もはや言葉にならない声が喉から絞り出される。腕がこの心境を全力で露わそうと謎の動きをしている。
「落ち着け相棒。踊っても俺の魔力は吸えねぇぞ」
衝撃との遭遇から一分が経過したところで、俺は一応の冷静は取り戻した。妙な声も出ないし、変な踊りもしない。ただ、頭の中ではたった一つの存在で一杯だ。
──おっぱいで一杯だ!
「……よく考えたらおっぱいって二つだな」
「驚きすぎて思考と言動が残念極まりなくなってるぞ」
人の心読むなよ。
しかしアレだ。とにかく凄かったとしか言い様がない。
あんな大迫力なおっぱいを生で拝んだことは未だかつて無い。感動で胸が一杯だ。
──胸だけに。
「上手くねぇからな」
「やかましい」
おっぱいにばかり目が行っていたが、一瞬だけ見えたのは俺と同じく全裸の女性。
「何で全裸の女と一緒に寝てたんだよ俺!?」
俺は頭を抱えた。
もしかしてあれか!
やっちゃったのか!
知らない間に大人の階段上っちゃったのか!?
「お、思い出せねぇ……」
「とりあえず相棒が気にしているような事実はねぇからな」
「え、そうなの?」
頭を抱えていた俺だったが、グラムの言葉に顔を上げる。
安心したような、はたまた惜しいような。複雑な心境だ。
「むしろ感謝しろよ。彼女じゃ無かったら、到底助からねぇ重傷だったんだからよ」
その言葉を聞いて、俺はハッとした。
先程とは違い、毛布の端を摑むと少しだけ捲り上げる。
そこには、穏やかな寝息を立てているキュネイがいた。
後半が酷い(笑
それはともかくとして、いよいよ今週の土曜日『なろう公式ラジオ』に出演します。
いまからどきがむねむねしております(ベタ)。
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