.side healer2(中編)
正直悪いと思う。
後編で終わると思ったら、まさかの三段構成に。
俄に外が騒がしくなってきた。荷車が近くに止まる音と、誰かしらの叫び声が重なって聞こえてくる。
私は作業の手を止めて何事かと窓へと目を向けた。
そして──診療所の扉が荒々しく開かれた。
「キュネイという町医者の診療所はここですか!?」
勢いよく扉を開け放ち中に入ってきたのは、銀髪の狐耳を持った女性獣人。武器を帯びていることから傭兵だ。その表情には焦燥に満ちており、私はただ事で無いのを察した。
私は調合台から立ち上がると、彼女に声を掛けた。
「私がキュネイですが」
「あなたがっ!」
銀髪の女性は飛びかからんばかりの勢いで近づき、私の肩を摑んだ。
「彼を……あの人を助けてください!」
肩を摑む手には強い力が籠もっていた。痛みに僅かに顔を顰めたが、 それを女性に悟らせないようにやんわりと彼女の手首を握った。
「落ち着いてください」
彼女の瞳を真っ直ぐ見据え、ゆっくりと力強く言った。
「──っ!? ……申し訳ありません、焦りすぎていました」
私の声がしっかりと届いたようで、女性は僅かながらも冷静さを取り戻したようだ。私の肩を摑んでいた手をゆっくりと解いた。
こういった人は初めてではない。身内が大怪我した人が診療所に駆け込んだ際によく見られる。対応の仕方も慣れていた。
私はさりげなく己の肩に弱い治療を使い、痛みを和らげながら女性に語りかけた。
「急患はどこですか?」
「し、診療所の前で、荷車の上に寝かせています。なるべく揺らさないようにとの指示がありまして」
「分かりました。あなたの他に人手は?」
「な、何人か一緒に……」
「ではそちらに担架がありますので診療所の中に運び込んでください。これまでと同様に、なるべく揺らさないようにお願いします」
彼女は頷くと私が示した担架を掴み、大急ぎで外に飛び出した。
その間、私は患者を受け入れる準備を手早く行う。最初の慌てぶりを見る限り、これから来る患者の状態はかなり悪いはず。大掛かりな処置が必要になってくる可能性もあった。時間は短いが現時点でできる限りを準備した。
──私は絶句した。
担架を運び込んできたのが王国の兵士であったり、それに付き添っていたのがあの『勇者』であることも僅かばかり驚いた。
けれども、それ以上に担架で運び込まれてきた急患が──ユキナ君であったことに比べればほんの些細な事であった。
意識を『医者』に切り替えていなければ、彼を見た瞬間に悲鳴を上げていたに違いない。そうでなくとも身体中の熱が奪われるかのような錯覚に陥っていた。
「そこの……台に、ゆっくりと乗せてください」
私は辛うじて口調だけは冷静に、兵士達に指示を出した。
診療台に乗せられたユキナ君の意識は無く、その顔は蒼白であり生気が感じられない。
一見すれば無傷のようだが、医者としての経験則からくる『勘』が激しい警告音を鳴らしていた。
私はまず医療魔法『透視』を使った。
本来は患者の皮膚を透過し、その内部──筋肉や骨、内臓の状況を把握するための魔法。だが私は服の一枚や二枚程度なら、そのままでも患者の体内を診察することができる。
──私はまたも言葉を失った。
全身のありとあらゆる筋肉や骨がボロボロであり、内臓にも損傷が見られる。今は辛うじて命を繋いでいるが、このまま放置すれば確実に死に至る重傷だ。
「キュネイ先生、彼は……」
名を呼ばれ、私は我に返った。気が付けば自身の指先が凍えるほどに冷たくなり、小さく震えている。
私はその震えを誤魔化すようにぐっと手を握り、女性の方へと向き直った。
「どうして……彼をここに連れてきたのですか」
自分が言ったとは思えない冷たい声。女性が僅かに驚く。
「見ての通り、この診療所の規模は小さい。町に行けばもっと大規模で設備の整った病院もあったはずです」
私の言っていることは決して的外れでは無い。むしろ当然のことを説明しているだけだ。
なのにまるで、ユキナ君を拒絶するような口調。普段の私であれば絶対に口にしない言葉が溢れた。
「そもそも、この診療所は表通りとはかなり離れた位置にあります。見たところ、彼の搬送を手伝ってくれたのは王国兵士。彼らの伝手があれば軍病院を利用する手もあったはずです」
──違う。
「そんな……あなたは彼を見捨てるつもりですか!?」
女性はまたも私の肩を摑んで揺さぶる。
──本当は違うのだ。
「私は現実的な話をしているだけです。今からでも遅くはありません。急いでもっと設備の整った病院に連れて行くべきです」
淡々と答えながらも、私は必死で懇願してくる彼女と目が合わせられなかった。
私は──怖いのだ。
路地裏であれば刃傷沙汰は珍しくない。そしてその場所で医者を営んでいる以上、そう言った患者が運び込まれることもままある。
そして、手の施しようが無く命を落とした患者を看取ってきたこともあった。悔やむ気持ちはあったが人の命に携わる仕事である以上、人の生死に対してはある程度割り切るしか無い。そうしなければ潰れてしまう。
けれども、今回は違う。
もし私がユキナ君を死なせてしまったら──そう考えるだけで心が潰れそうになる。
そうなったらおそらく私は立ち直れない。一生悔やみ続けることになる。
それが……堪らなく怖い。
「相棒の目は節穴だったみてぇだな……こんな女を抱くために身を粉にして傭兵稼業に精を出していた相棒が不憫でならねぇよ」
──そんな私に声が掛けられた。
次こそキュネイ視点終わるから待っててね!
なるべく早めに次話更新するから!!
当作品を気に入ってくれた方、ぜひブックマーク登録をよろしくお願いします。
すでに登録いただけた方も、小説下部にある評価点をいただけると幸いです。




