side healer2(前編)
第二部はキュネイ視点からの開始です。
その日、私──キュネイの機嫌は上々であった。
町医者として昼間に仕事をしていると、来訪した何人もの患者に『何か良いことあったのか?』と同じ事を聞かれてしまった。機嫌の良さが顔に出てしまうほどだったようだ。
先日にユキナ君と『デート』をしてからずっとこうだ。
あの時、私は彼の言葉に感極まり思わず彼の胸に飛び込んでしまった。今思えば恥ずかしい気持ちで一杯だったが、それと同じくらいに胸の中に温かい思いが残っている。
必要な事とは言え、私は己の躯を売ってきた。そうしなければならなかったのだ。だが、心のどこかではそんな自分に後ろめたさを感じていた。
──娼婦なんて女として最低の職だ。
──私の躯はこの世でもっとも汚れている。
──自分はおそらく、まともな死に方はしないだろう。
普段は気にしない風を装っていながら、そんな考えが常に頭の片隅に浮かび上がっていた。町医者を営んでいたのは、そんな自分でもまともな人生を送っていると己に言い聞かせたかっただけなのだ。
──娼婦ってのは立派な職業だと思うぞ、俺は。
ユキナ君は肯定してくれたのだ。こんな私を。
認めてくれたのだ、娼婦としての自分を。
──娼婦がいるからこそ、頑張れる人達がいる。
世間からすれば『娼婦』とは唾棄すべき職業だろう。
でも違ったのだ。
私は自分のことしか見えていなかった。娼婦を求めてくる人達の事を考えていなかった。
私たちは男性を奮い立たせる事が出来る。
私たちを〝買う〟ために身を粉にして働き、そして私たちを抱いて心と体の充足を得る。
娼婦は身を売る仕事だ。確かに世間には受け入れがたい職業。でも、だからこそ、男たちを慰めることが出来る。
おそらくユキナ君はそこまで深く考えてはいない。
ただ思ったままを正直に。それこそ彼自身が抱いている心境を口にしただけ。
それでも、彼の言葉で私の『世界』は変わった。
私は己を恥じなくて良いのだと教わったのだ。
「ふふふ……♪」
気が付くとまた鼻歌を奏でていた。
今は患者がいないとはいえ、薬の調合を行っている最中なのだ。集中しなければならない。ただ、鼻歌を止めても頬が緩んでしまうのは止めようが無かった。
娼婦である己を受け入れられるようになった私だったが、同時に二つ困り事ができてしまった。
一つは、いつも頭の中でユキナ君の顔が頭に浮かんで来てしまう事。このせいでいつも気分が浮ついてしまう。
これはまだ良い。
問題は二つ目。
気分の浮つきが極まり過ぎて──。
──躯がユキナ君を求めてしまうようになってしまったのだ。
そしてその弊害で、ユキナ君以外に抱かれたくないと思ってしまうのだ。
「はぁ……これじゃいよいよ、初恋に振り回される生娘じゃないのよ」
生娘にしては少しアグレッシブな気もするが、それを除けばまさに年頃の乙女だ。仮にも王都で名の売れている娼婦にしてはあるまじき話だ。
ただ──分からない話でも無い。
私はこれまで躯を売ってきたが、心までは売ったことは無い。あくまで仕事として割り切り、客を満足させる心遣いはしてきたがそれだけか。
心から、誰かを──男の人を求めた経験がほとんど無いのだ。
幸い、夜の仕事をしなくてもしばらくは保つ。ただ、いつまでもこのままでもいられない。時間が経てばいずれは絶対に娼婦として仕事をしなければならないときが来る。
それなら、私を認めてくれたあの人に、身も──それこそ心すら抱きしめて欲しい。そんな気持ちが日を置くごとにどんどん強くなっていくのだ。
そう思っていながらも──彼に抱かれる己を想像すると顔が赤くなってしまう。娼婦としてこれまで何人もの男に抱かれながら、馬鹿な話だが彼との〝情事〟を想像して羞恥心が溢れ出してしまうのだ。
というか、今まさに顔が火照っている。
「あーだめだめ。これ以上考えたら色々我慢できなくなる」
ピンク色に染まり始めた思考を、頭を振って霧散させる。
困ったのは、恥ずかしいと思いつつも紛れもなくそれを望んでいる自分がいる。次にユキナ君に会えるのはいつになるだろうかとふとした瞬間に考えてしまうのだ。
ユキナ君は傭兵として活動しており、請け負った依頼の成功報酬で私を『買う』資金を貯めている。
彼が資金を貯めるのが先か、それとも私の限界が来るのが先か。
もういっそのこと、娼婦としての立場を抜きにして彼に抱かれるのも悪くないと、そう思ってしまう。
ただそれは、これまで娼婦として活動してきたプライドが少し邪魔をする。
というか、ユキナ君と初めて出会った時に『タダで抱かれたら、コレまで私にお金を掛けてきた客に申し訳が立たないの』ともっともらしい言葉を口にしてしまっている。
これで今更、あの言葉を無かったことになどできない。そんなことをしたら人として──女として駄目な気がする。こんな一度言ったことをコロコロと変えるような輩など、ユキナ君も抱きたいとは思わないはずだ。
あるいは、私の吐いた言葉を問答無用で吹き飛ばしてしまうような〝何か〟があれば──。
「──なんて、都合が良い話があるはずも無いか」
溜息交じりに肩を落とした。
その〝何か〟が目前に迫っているなど、この時私は予想だにしなかった。
悪かった。
本当は一話で終わらせる予定が前後編になってた。
当作品を気に入ってくれた方はブックマークを宜しくお願いします。
すでにブックマークをいただいている方も、小説下部にある評価点をいただけると幸いです。
感想やレビューもお寄せください。




