第三百一話 国の未来を思い描く
どうしてそれを今の今まで忘れていたのか。
確か、ロウザがサンモトの外から招き入れた客分ではあったが、一目見た限りではそれほどの人物には到底見えなかった。はっきり言ってどこにでもいるような平凡な村人、という印象しなかったはず。だから今まで思い出さなかったのだ。
「おそらく、ロウザってのも相当なやり手なんだろうが、あの黒刃ユキナがいなけりゃぁこうはいかなかったろうよ」
「私にはそれほどの人物には見えませんでしたがね。むしろ、あの白羽兄妹の方がよほど警戒に値すると感じていましたが」
「であろうな。私もかつてはそうだったよ。やつの恐ろしさは、刃を交えて対峙してみなければわからない」
紳士服の男が浮かべたのはまさしく自嘲の苦笑い。隣の男も鎧で覆われている右腕をガチャガチャと鳴らし、その付け根の肩を抑えて顔を顰めた。どちらも忌々しい過去に思いを馳せているのだとシンザにも読み取れた。
「あなた方がそこまで警戒する男ですか……ロウザの人誑しを、私もまだ甘く見ていたのは認めざるを得ませんか」
「人誑しって意味じゃぁ、あの三男坊じゃなくて黒槍遣いのほうが誑し込んだんだろうぜ。ぶっちゃけ、あいつもヤバいがツレの女どもも相当に面倒だからな。俺の相棒もその一人にて酷くヤられてる」
彼らからの高い評価に認識を改めるも、であるならばという考えも浮かぶ。
「……それほど危険であれば、屋敷に招いた時にどうにかすれば良かったでしょうに。あの時点であれば、まだ彼らも警戒はせども、あなた方にはまだ気がついていなかった。なのにあなた方と来たら、屋敷に寄りつきもしないで」 「雇い主は確かに策謀に長けてはいるようだが、戦場はやはり門外漢と見える」
遠回しの皮肉にシンザは唸るが、紳士服の男は構わず肩をすくめて頭を左右に振る。
「あの蒼錫杖と黒槍を持つ人間に、不意打ちは通用しませんよ。雇い主の兄上が雇った者たちがいい例でしょう」
ランガが雇った刺客は、一流の腕利たち。それらが闇討ちすることもできず、正面から挑むことすらできなかった。結果として不得意な正々堂々の戦いに持ち込まれ、敢えなく返り討ちになったのだ。
「まー、この屋敷が全損して一帯が更地になるくらいの覚悟がおたくにありゃぁ、まだやりようもあっただろうけど」
「そこまで被害が出ると言うのですか……」
「私たちが潜んでいると。狙っていると気がついた時点で、あの男は一切躊躇なく黒槍を振るうぞ。最低限、雇い主や他の者の命は配慮するだろうが、それ以外は些事と切り捨てるに違いない」
「やるだろうな、あの男なら」と腕を組んでうんうんと同意する鎧の男。
「……私の存在を──将軍家の権威を些事であると?」
「世の何を大事と些事に分けるかは各個人次第。彼奴のそれは、彼奴の中にある揺るがぬものに準じている。狭い島国に引き篭もったままでは分かりかねる感覚かもしれませんが」
「いや、これは失敬しました」と、毛並みを逆立てるシンザを前にして、紳士服の男はわざとらしい仕草で己の口元に手を添えた。
だが、シンザはそれ以上の怒りは発露はしなかった。
元々、将軍家が相手であろうとも敬意を示すような者たちでないことは分かり切っているし、期待もしていない。彼らの間にあるのはただの契約関係に他ならず、シンザが将軍の座に着くまでは維持する必要がある。
紳士服の男が語った言葉も、ある意味では正しい。
サンモトがこれまで他国に目を向けてこなかったのは事実である。それは、サンモトが周囲を海原に囲まれていたことも起因している。
かつて、海を渡ってサンモト土地を狙う侵略者が現れたことがあったが、群雄割拠の長い戦乱に明け暮れていたサンモトの屈強な戦士たちによって、容易く撃退した記録もある。
そのこともあって、サンモト人は外敵への警戒心が薄いのである。
(ですが、私をこれまでの保守的な有象無象と一緒にされては困る)
──何もシンザとて、単なる権威を求めて将軍の座を狙っているわけではない。
これまで互いの腹を隠してはいたが、シンザは他の兄弟たちがどのような方策を考えているのか、その性格や行動からおおよその検討は付けていた。
ランガは鎖国にて交流を閉じることで異国からの影響を最小限に留め、その間にサンモトを他所からの侵略に対抗できる強き国へと育て上げようとしている。
ロウザは逆に、異国の文化を積極的に取り入れることでサンモトの孤立を防ぎ、同時に国力の底上げを考えている。
方針は真逆のように見えるが、根っこにあるのはサンモトの守護。
つまりは防衛に焦点があるのはどちらも共通していた。
けれども、シンザの目指す先は違う。
鎖国という点についてはランガと同様だが、完全に国交を閉じるつもりはない。全面的に将軍家が管理し必要最低限の貿易交流を行う方針だ。外の国に目を向けるのは将軍家だけであり、民草にまで浸透させる必要はない。
下手に庶民が他国の影響を受ければ、そこから将軍の統治する政治に疑問を抱くということも十分に考えられる。
(力を得るのは将軍家とそれが保有する軍のみで十分。庶民はこれまでもこれからも変わらず、下手な知恵も力を付けずともエガワ将軍家統治の元で安寧のまま暮らせば良いのだ)
交易の全てを将軍家が担うことで、情報の流出を徹底的に制限。他国に一切漏らさずにサンモトの軍備増強を進めることができる。
(ランガは眼前の危機を。ロウザはその一歩前を。けれども私は、さらに先を見据えて動く)
今は魔王復活の件もあり、諸国は足並みを揃えて入るだろう。しかし、その魔王が倒され共通の敵が消え去った時はどうなるか。そのまま共存共栄の道を歩む国もあるだろうが、中には覇道を目指す国も出てくるはず。そうした侵略の国々がサンモトの豊かな土地を狙うだろう。
──ならば、サンモトの力を世に知らしめるしかない。
鎖国の間に蓄えた育てた精強なサンモト軍の力で、世に打って出る。
これこそがシンザの思い描く未来であった。




