第二十八話 真の使い手になるようですが
二話投稿。
本日の最新話は前の回です。
僅かながら宙に浮かぶ奇妙な感覚が躯を支配し、それから一秒もしないうちに重力に引かれて背中から地面に叩き付けられた。
自分が生きている事を、背中の痛みで認識した。どうやら、槍での防御が功を成したらしい。でなければ俺の躯はコボルトキングの腕と爪で無残な状態になっていたに違いない。
──ただし、命を拾った代償は決して安くは無かった。
手元にあるはずだった槍がどこにも見当たらない。今の衝撃で森の中へと弾き飛ばされたようだ。
「いぎっ────っ」
身を起こそうと左腕に力を込めたところで、背中の痛み遙かに凌駕する激痛が走った。
改めて見てみると、左腕は無事なところが見当たらないほどにズタズタに抉られていた。腕としての形をどうにか保っているといった体だ。
──ちょっと詰んでるな、これ。
「何を……」
すぐ側から、銀閃が力ない声が届いた。奇しくも、俺の躯は彼女の近くにまで飛ばされていたようだ。
「何をしに来たの……あなたは」
「見てわからねぇのか。助けに来たんだよ」
その割には絶体絶命の危機に直面しているわけだが。
俺は無事な方の腕でどうにか躯を支えて立ち上がる。
正面のコボルトキングは右腕の爪に俺の血と肉をこびり付かせ、こちらに近付いてきている。足取りがゆったりとしているのは、既に己の勝利を確信しているからか。あるいは俺たちの恐怖に歪む顔を拝みたいからか。
左腕は──駄目だ。激しい痛みが伝わってくるだけでぴくりとも動かない。
「馬鹿じゃ──無いんですか?」
「………………………………」
「助けなんて呼んでないのに勝手に助けに来て、勝手に大怪我して……」
「ぐだぐだ……文句を言ってる暇があったら……打開策の一つでも考えちゃくれねぇか。俺ぁまだ死にたくないんでな」
痛みに声が途切れるも、絞り出すように熬った。
「だったらどうして助けに来たんですか。飛びだしてこなければ、あなた一人でも逃げられたでしょうに」
「…………………………」
それを言われるとぐぅの音も出ない。
何せ、気が付いたら勝手に躯が動いていたのだ。
けど、こんな状況になってはいるものの、俺はその事に関して後悔していなかった。
「あなたは本来もっと考えが回る人間だと思ってました。あの状況で一人だけ逃げても、『仕方がないこと』だと、誰もあなたを責めはしない。なのにどうして……あんなことを言った私を──」
「そんなの──決まってんだろ!!」
銀閃は今、俺を『考えが回る人間』と言った。
──そいつは大きな勘違いだ。
逃げても責める奴がいない?
それは間違いだ。
あの場で逃げれば、俺は逃げた俺自身を激しく責めるはずだ。
俺は基本的に自分にとって本当に必要なこと、本当にやりたいことしかやらないし、やりたくない。
それがたまたま、人様からすれば〝小賢しく〟生きているように見えるだけだ。
だから、剣では無く馬鹿にされている槍を使うし、村で招集されても無視して厄獣の駆除に走り回ったし、路地裏で襲われてたお嬢さんを助けたし、極上の女を抱くために傭兵になり、
そして──こうして左腕を潰されながら銀閃を守るために立ち上がっている。
全部が全部、俺が必要だと思い、俺がやりたいと思ったことだ。
他人に何をこう言われたって関係ない
誰かの評価なんてどうだって良い。
俺が従うのは、『己の意思』に他ならない。
誰かに用意された答えなんて、誰が選んでやるものか。
──俺は俺が成すべきと思ったことを、自らの意思で〝選択〟する。
だから俺は惑わずに答えた。
「助けたいと思ったから助ける! 女が危ない目に遭ってたら問答無用で助ける! だから俺はここに居るんだ! 俺がそうするって決めたんだ!」
「なっ……そんな理由で」
「うるせぇ! 怪我人は黙って助けられてろ!」
啖呵は切ったが、実際のところは絶体絶命に変わり無い。このままで俺たちは仲良くあのコボルトキングの胃袋に収まることになる。
──その時だった。
「くくくくく……」
どこからか、男の声が聞こえてきた。
「くくくくくく、くかかかかかかか…………」
そいつは、笑っていた。
「くかかか、あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
心のそこからの愉悦を堪えるような、狂った笑い声。
俺が最近よく耳にしていた奴の声だった。
「最高だぜ相棒! 俺はお前みたいな奴をずっと待ち焦がれていた!!」
森の奥から木霊するあいつの声は、偽らざる喜悦が含まれていた。
「その我欲! その傲慢! 俺はここに、ユキナという男を真の主と認めよう!!」
ズクリと、痛みとはまた違った熱が左腕を駆け巡った。
左腕から発したそれはやがては全身にまで行き渡り、俺の躯の内側で暴れ回る。
「俺は汝の武器として汝と共に歩もう!!」
そして──。
「さぁ我が主よ、呼ぶが良い! 汝の武器である俺の名を!!」
見ればコボルトキングは目の前に立っていた。
高らかと振り上げられた爪が下されれば、俺の命は銀閃ごと引き裂かれ、叩きつぶされる。
だが、死への恐怖を上回るほどの熱量が、俺を支配していた。
迫り来るコボルトキングの腕に構わず。
──俺は唱えた。
「こい、グラムッッ!!」
俺の躯から『黒い光』が溢れ出した。
「──っっっだぁぁぁぁぁ!!」
俺は突然現れた『そいつ』を左手で握ると、技術も何も無く力任せに振るった。
俺が振るった『そいつ』が衝突すると、コボルトキングの躯が先ほどの俺と同じように吹き飛ばされた。
俺の背後で銀閃が息を呑んだ。俺も同じ気持ちだ。
無我夢中で『そいつ』を振るったが、自身の数倍以上の体躯から繰り出される一撃を本体ごとはじき飛ばせると誰が予想できたか。
そして、振り切ってから俺は手の中にある『そいつ』の姿を確認した。
以前に武器屋で手に入れたときの、古ぼけた印象は完全に消失していた。
光を飲み込むように漆黒、紅蓮を思わせる朱が混じった無骨で美しい槍。
穂先の根元に埋め込まれていた石が、今は爛々と輝きを発している。
この時になってようやく、俺は自身の左腕が動いていることに気がつく。
見るも無残な状態だったはずの腕は、それが嘘だったかのように綺麗さっぱりに完治していた。
──否、一つだけ違った。
「ここに契約は交わされた!」
左手の甲には、見たことのない痣が穿たれていた。
「『選びし者』よ! 汝はこれより『英雄』と成れ! 己が欲のために、己が義のために、己が覇のために!」
高らかな宣言が木霊する。
「我が名は『魔刃グラム』!!『英雄』が振るいし刃成り!!」
ユキナの行動理念は簡単です。
『やりたいことはやるし、やりたくないことはやらない』
賢く合理的に生きているように見えて、その根っこは傲慢で不遜です。
だから、相手のことなんか気にしないで好きなように動きます。
だから、助けたいと思ったら迷わずに助けます。




