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第三百話 次男の苛立ち


 ──エガワ将軍家に使える家臣団を二分するランガ派が、ロウザに降る。


 その報せは、瞬く間にシンザ派にも伝わった。


「くそっ、あの脳筋の馬鹿兄が! こうも容易く末弟にしてやられたか!」


 当然、派閥を纏め上げる将軍家次男、エガワ・シンザにも報は届いていた。


 伝聞を届けた家臣を下がらせ、部屋に一人残ったシンザは忌々しげに畳を叩いた。


 シンザとて、決してロウザという男を安く見積もってはいなかった。派閥の規模こそ三兄弟の中で一番小さかったが、逆を言うとその少数はどれほどの手管をこれまで取り込むことは叶わなかった。それほどまでに派閥ないの結束は固く、つまりはそれらを率いるロウザが優秀であることの証左だ。


 ただ、これほどまでにランガが陥落したのは、シンザにとってあまりにも想定外であった。


 脳筋ではあるが時勢には疎くないあの兄のことだ。ロウザが将軍座の争奪に乗り出せば折りを見て、早々にロウザに接触するのは想像に難くなかった。


 ロウザとランガが争えば、漁夫の利を狙うのも難しくはない。少なくとも、ロウザやランガの元に集う家臣を取り込む策を弄する時間も生ずるであろう。 


 と、そこにこの急報である。


「よもや、あの時点でランガを取り込む算段ができていたのか……」


 シンザが深読みし疑ってしまうのも致し方ない。 


 思い返すのは、ロウザを屋敷に呼び込んだ日の事。


 協力し、ランガ派を打倒せんと取引を持ちかけたが、ロウザにすげなく断られた。一応(・・)はロウザの下に付くと文字通り下手に出たにも関わらずだ。ああも迷う素振りすら見せず首を横に振られれば、どれほど己が安く見積もられたか。表面上こそ取り乱さなかったが、内心では業を煮やしたものだ。


 ただ、腹を立てばかりもいられない。真正面からロウザを取り込めないと分かれば、方針も変えようがある。


 ロウザが本腰を入れ、他派閥の家臣の切り崩しに乗り出せば、脅威になるのは確実。ただそれでも少なからずの時を要するのもまた確か。であればその猶予を使い、本格的にロウザ当人ではなくその周囲を切り崩す算段も立てようがある。


 これで、正攻(・・)の手段でシンザが将軍になる──あるいはサンモトの影なる支配者になる目は非常に困難になった。


「やはり、悠長に他人任せにしておくのはらしくなかったか」


 ロウザやその周囲を影から狙う手段はいくらでもあった。実際、これまで目障りであった重鎮や家臣については後ろ暗い手段を用いて排除ないし籠絡するのは、シンザにとって躊躇いなく打てる手の一つに違いなかった。


 ただ、ロウザに対してその手段を取らなかったのには訳がある。


 理想では、ロウザの後ろ盾となり彼を盛り立て、将軍の座に据えた後はその『貸し』を利用し末弟将軍を傀儡とする事。必要以上の脅しや過度の手段は、ロウザを将軍にした後に余計な禍根を残すと考えていたからだ。あくまでもシンザはロウザの味方であらねばならなかった。


 ランガが他所から呼び寄せた『刺客』を差し向けているのも知り得ていた。ならばランガこそを、ロウザにとっての敵とさせれば、よりこちらの陣営にへと一層取り込み容易くなると。


 しかしその目論見は容易く崩れ去った。


 ランガ派の大半を手中に収めたロウザの勢力は、確実に自身を凌ぐ。これを機にランガを見限る家臣も出てくるだろうが、それらを取り込んだところで多少に留まる。それでは意味がないのだ。


「となれば、いよいよ『アレ』を使うしかなくなったか……だが、しかし」


 ──逆転の策はある。


 けれどもこれは 本来であれば己がサンモトの支配者に君臨したのちに、シンザが考える方策の『手札』として用いるべきもの。これを将軍になるための一手として投じるには相当に危険が伴う。


 だが、真っ当な手段でここから逆転を起こすのは不可能に近いであろう。


 シンザが後ろ暗い決断に惑っていると、廊下から足音が近づいてきた。人影が襖に映り込むと、断りもなく不躾に開かれた。将軍家の人間に対してはあまりにも不遜であり、手打ち(・・・)にされてもおかしくはない行為であった。


 家臣たちには人払いを命じており、本来であれば呼ぶまで誰かがこの部屋に来るはずはない。それを押してまで現れた二人に、シンザは険しい視線を向ける。


「あなた方を呼んだ覚えはありませんよ」

「そう言うな『雇い主』。そちらの目下最大の敵が堕ちたという話を聞いてな」

「大層に荒れてんだろうなと様子を見に来たら……予想の通りだったな」


 シンザが睨みつけるのは、落ち着いた紳士服の男と、片腕を鎧で覆った男。どちらも装束や顔たちの造形から、サンモト外の者であると誰もが一目でわかる出立ちだ。


 先ほどまでの苛立ち具合を聞かれていたようで、シンザは舌打ちをしたがそれ以上に責めるようなことはなかった。彼らは家臣ではなく、ただの『雇用関係』に過ぎない。礼儀を問いただしたところで意味はないのだ。


「一人、姿が見えませんが?」

「相棒っつって、四六時中一緒にいる道理はないだろ。あいつはあいつでお仕事中さ」


 片腕の鎧をカチャリと鳴らしながら、男が答える。


 敬意の欠片も感じられない言動が癪に触るが、それを指摘したところで効果はないのはわかりきっている。だからと言って、剣呑な空気は収めようがない。


 緊迫感が漂う中で、紳士服の男が口をひらく。


「私たちは忠告したはず。悠長に構えていれば、時を逸すると」

「……ええ、あなた方のいう通りでしたよ。あのロウザがまさかここまで──」

「違う、そうではない」


 内心の鬱憤をどうにか抑え込みながら語るシンザであったが、その最中に紳士服が遮る。


「こいつが言ってんのは、あの『黒槍を背負った男』を甘く見るなって話だよ。忘れてんなよ、雇い主様」


 片腕鎧の男が発した言葉に、シンザは眉を顰めた。


 ロウザを屋敷に呼ぶ前に、彼らからの忠告を思い返すと、確かにそのようなことを言われたような記憶があった。


実は前話までの間にシンザ(次男)とソウザ(将軍)の名前が一部逆転してたので、修正しました。

まだ残ってたら許してほしい

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