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第二百九十九話 筋の通し方


 張り詰めた空気が少し緩んだところで、ランガが言う。


「俺が刺客を放つことは無くなったが、他の誰かしらが雇った者に関してはしらんぞ」

「その辺りは将軍とやらになる者の宿命として、腹を括るしかない」


 ランガが本末転倒なことを言うが、ロウザは「こればかりは仕方がない」と苦笑する。


「それと、派閥の主が恭順の意を示したところで、派閥全員が素直に従うとは限らん。俺の元から離れ、シンザに付く者も多少なりとも出てくるだろうな。どうするつもりだ」

「どこのお家どこの国であろうとも、お家騒動の様は変わりますまい。そのゴタゴタをどう鎮めるかもまた、儂の将軍としての手腕が問われましょう」


 貴族様もお家断絶を避けるために、側室を迎えてまで沢山の子を作るわけだが、そうなれば当然後継者問題が出てくるわけで。そこら辺は万国共通らしい。アークスみたいにスムーズに事が進む方が稀有であろう。


「それはまた後の話です。今は先に片付けておかねばならない問題があります故」


 ランガ周りについては一応の結実を迎えた。


 となれば、次に出すお題はもちろん『災厄』の解決だ。


 ロウザから目配せを受けた俺は、ランガに向けて語りかける。


「早速だけどそこの魔族に頼んでくれねぇか。『刻限の要』がどこにあるかって」

「コクゲンノカナメ? なんだそれは?」


 反応を見る限りでは、災厄についてや、その封印の鍵である『刻限の要』についても預かり知らないってところか。将軍家でも知るだけで罪になる類の伝承であるし、将軍様当人も相当に気を遣っているからな。目にかけているロウザにすら将軍も話していないのだ。ランガにも伝わっていないのは不思議ではない。


「事情は後ほど説明いたします。今は──」

「どうやら、ただならぬ事情があるらしいな」


 俺たちやロウザの様子から事態の重さを察したランガは、イブカに目を向ける。が、当の魔族は視線が集まるのも構わず縛られたまま肩をすくめるのみだった。


「この国で俺以外の魔族が動いているのは承知しているが、具体的に何をやっているかまでは知らんぞ」

「それを素直に信じろってのか?」

「どうとでも受け取ると良い。それこそ、今ここで首を断たれようが知らぬものは知らん」


 仲間の情報は死んでも漏らさない──というノリを覚悟していたのに、実際に帰ってきたのはカラッとした拒絶。まさしく『我関せず』を地でいく反応であった。


 ──なんだかちょっと、雲行きが怪しくなってきてねぇか。


 罠を使ってまで魔族(イブカ)を生け取りにしたのは、刻限の要を盗んだ魔族のいどころを突き止める手がかりを得る為。最初から素直に答えてくれるとは思っていなかったが、イブカからの思ってもみなかった反応に、俺たちは不安が混ざった顔を見合わせる。


 そも、このイブカという魔族からは、相対した時から殺気殺意の類は向けられていたが、憎悪や怨恨のような薄暗くドロリとした感情はあまりなかった。言い草は酷かったが、仕事に徹する職人のような気質が見えていた。


「もしや、ロウザ様を狙っていた魔族と、刻限の要を奪った魔族は、別口であると?」

「嘘だろ……これまでの苦労はなんだったんだ」


 新たに湧いて出てきた事態をミカゲが口にすると、俺たちは頭を抱えてしまう。


「まー、これでお坊ちゃんが将軍になることはほぼ確定なんだしさぁ。気を落とすのは早いぜダーリン」

「ランガ様がロウザ様の下につくと宣言した時点で、将軍様の仰られていた条件は満たしております。少なくともこれで備えに専念できましょう」


 リードとミカゲの言葉を聞いて、徒労感はかなり薄れる。災厄については着実に前進したのは確かなので、決して骨折り損では無かったわけだ。ランガを下しその勢力の取り込みに成功した旨を将軍に伝えれば、災厄の封印場所が判明するのは確かなのだから。


 気を取り直した俺であったが、そこに口を挟んだのはイブカであった。


「報酬は貰えるが結局仕事は失敗した。このままで知らぬ存ぜぬでは俺の沽券に関わるか」

「なんだそりゃ……」

「傭兵だって同じだろう。たとえどのような形であろうとも、それなりの『筋』を通さねば、その後の仕事に差し支える。依頼を仕損じたのであれば、別のところで補填するのが正しい筋というものだ。違うか?」


 魔族なのに妙に律儀なやつだ──と考えたところで頭を振る。少しばかり頭が硬くなっていたのを自覚したのだ。


「それで、お前さんは何を教えてくれるんだい?」


 俺が聞く耳も持つと、ロウザがギョッとする。


「流れのままにしていたが、こやつは魔族なのだぞ? 素直に言うことを信じるつもりか」

「魔族っていっても、色々な奴がいるだろうが。とりあえず聞くだけ聞いてから改めて考えりゃぁ良い」


 最初から疑っていては、何も分からない。嘘か(まこと)かは後で精査するとして、今は一つでも多くの情報が欲しいのだ。


「黒刃と呼ばれる男は、魔族と見るや真っ先に殺しにくる悪逆非道な男と聞いていたが、やはり噂とは違うようだな。こうも素直に聞く耳を持たれるとはな」

魔族(おたくら)の間で俺がどんなふうに噂されてるのか、きっちりと話してもらう必要があるみたいだな」


 難く握りしめた拳を振り下ろさなかったのは、リードとミカゲにやんわりと腕を掴まれたからである。


「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、俺は魔族だからって理由で特別に敵視してるつもりはねぇよ。良からぬ企みしてる奴らばかりだから、警戒はするけど」


 どこぞの勇者様みたいに、満遍なく上手くこなせるほどの器量も度量も技量もないのだ。であれば、手元にある札でどうにかやりくりするしかない。それが多少のリスクを背負う手札であったとしても、必要であれば躊躇わず切る。


「……かの勇者殿が聞いたら、かなり問題になりそうな発言だな」

「分かってるなら、ちゃんんと黙っててくれよ。勇者様と揉めたら面倒だからな」


 ゲツヤが嘆息するも、俺は一応釘を刺しておく。魔王復活を目論む魔族は絶対に許さん勢だろうからな、勇者一行は。


 魔族が魔王復活のために暗躍しているのは確固たる事実。何を隠そう、俺たちだって魔族が人間社会の秩序を乱し、混乱に導こうとする計画に何度も直面してきている。


 ただ、だからと言って魔族の全てが魔王様復活のために動いている──なんて話があるだろうか。あるいは、その為に果たしてどれほどのモノを懸けているのか、実際のところは分からない。


「世間の皆様に迷惑を掛けるってんなら容赦無くぶっ飛ばすが、ぶっ飛ばした後に余裕があれば話だって聞くさ。それは相手が人間だろうが魔族だろうが、ぶっちゃけ厄獣だろうが変わらねぇぞ、俺は。……人の言葉を話せる厄獣なんてのがいればの話だけど」


 俺の素直な気持ちを述べると、イブカはまるで素っ頓狂と呼べるほどキョトンとした顔になっていた。それまでの冷静でカッコよく言えば渋めかった顔たちが面白いほどに崩れていた。


 再び顔を向けると、魔族(イブカ)はハッとなった。その目は先ほどまでよりどことなく棘が抜けており、穏やかな色があるように見えた。俺の気のせいかもしれないけど。


「人たらしと言う意味では、お前も大概だと思うがな、黒刃」

「今ちょっと真面目な所だから。茶化すな」


 余計な口を挟むロウザにピシャリと言ってから、俺はイブカに眼を向ける。


「……捕われの身で厚かましいが頼みがある」

「なんだい?」

「そこで生き埋めにされている者達の助命だ。俺と同じ、仕事のために命を惜しまぬ奴らには違いないが、無駄死にをさせるほどには安くはないつもりだ」


 生首状態の魔族達を見ると、どいつもこいつも目が座っており覚悟が決まっている。おそらく、こいつらを人質にして情報を吐かせようとしたら、即座に舌を噛んで口を閉じそうだ。だからと言って仲間意識がワケでもないと。


 アークスで観衆に紛れてロウザを狙っていた時も、無駄死にはしないとリードに言っていた。こいつらは己の命を安売りはしていない。命を仕事の勘定には計上しつつも、無駄にはしない。


 そして今度は、改めて自身の命に値をつけさせている。


「応じたところで、俺たちに何の得がある」

「俺たちはこれ以降、そこの跡継ぎ(ロウザ)の身辺や黒刃の郎党を狙うような仕事は一切請け負わんと誓おう。報酬次第にはなるが時と場合によっては助太刀にも応じる」


 刻限の要を奪った魔族達と別口であると同時に、このイブカという魔族はこれまで遭遇した魔族(それら)ともまた違った毛並みのようだ。


 ロウザに無言で視線を投げると、顎をしゃくる。俺に采配を委ねるらしい。


 であれば、俺の答えは決まった。


「もう一度聞くけど、お前さんは何を知ってるんだい?」



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