第二百九十八話 大うつけ
「他国の文化、その全てを取り込む必要はないのですよ。古き良きを尊び、悪しき伝統を断つ。兄上が必要だと思う技術と知識を、サンモトの兵士に浸透させれば良い」
何もかもを手当たり次第に模倣していけば、元からあった文化が崩壊するのは目に見えている。呼び込んだ文化の中で、サンモトに必要だと思うものを求められる形に解釈し、浸透させていく。それがロウザの考える文化交流なのだ。
「……そこまで考えていたとはな。なぜ今まで、話さなかったのだ。そうすれば──」
「三男坊が語るにしては理想論が過ぎる、と。切って捨てられたでしょうな」
思わぬ反論に眉を顰めるランガだが、実際に想像してみればロウザの言葉通りと悟ったのか、喉の奥を唸らせる。曲がりなりにもロウザが自身に勝ったという事実があればこそ、今は聞く耳を持てているのだと。
ここにきてようやくこの兄弟は同じ立場に身を置いた。だからこそ、ロウザの語る理想はランがの胸に届く。ただの高望みではなく、見据えるべき場所を示せる。
「別に儂が国の行く末の全てを担うつもりはありません。おおよその方針は定めましょうが、その範疇であれば引き続き兄上には軍政をお任せいたします。ま、多少の口出しはさせていただきますが、それはご容赦いただきたい」
「お前が面倒なだけだろ、それ」
「はっはっは。その通りだとも黒刃。儂は自他共に認める怠け者だからな。上に立つ者は下の者に仕事を任せて、どんと構えていればいいのだ。儂の役目は最終的な舵取りと責任を取ることよ」
ロウザのスタンスはどこまで行っても変わらない。
任せるべきを任せ、己はただ背後で見守る。
けれどもそれは、すべての責を負う覚悟が求められる。
怠惰に浸る、王の覚悟だ。並々ならぬ重責であろう。
その重圧も吹き飛ばしてしまいそうなロウザの笑い声が響く
「将軍様──父上がロウザに目を掛ける理由が分かったよ」
ランガは深く掘り込まれていた眉間の皺を和らげ、口元を綻ばせた。
「イブカよ。お前との契約はこれにて満了だ。今までご苦労だった」
「俺としては貰えるものを貰えれば文句はないが……良いのか?」
依頼は失敗し、相応の処罰があって然るべきだったず。それがなくなり、イブカは驚く。
「構わん。お前は儂がこれまで見てきた手練れの中でも屈指の腕よ。それを返り討ちにする策謀と力を招き入れた手腕は、嫌でも認めざるを得ないだろう」
「策謀については、黒槍使いの悪知恵と言いますか、卑劣な手管と言いますが」
「それを含めて、引き入れたお前の才覚であろうよ」
さりげなく俺を貶めようとしないでほしい。お前が笑って同意したのを俺は絶対に忘れないぞ。
「随分とあっさりお認めになるのですね。もう少し時間が掛かると思っていましたが」
アイナがいうと、ランガは首を横に振った。
「父上ほどではなかったにしろ、この愚弟の才覚は俺とて認めていたのだ。『力』ではなく『徳』によって人を束ね従える魅力は、決して無視できるものではなかった。でなければ、父上の御命令とはいえ、そこなシラハの二人が命運懸けてまで付き従うはずもない」
ゲツヤもコマリも言っていた。最初からロウザが本気であれば、今はランガやシンザの下についている家臣団を手中に収めるのも難しくなかったと。ランガもその『人たらし』を決して無視しているわけでは無かった。
「ただ知っての通り、将軍の家に生まれながらも遊び呆ける阿呆な放蕩ものでもあったからな。そのようなうつけが、急にやる気を出したところでまともになると誰が考える」
ランガとしても、ロウザが非凡であるのは分かっていた。ただ将軍の地位に座るにはあまりにも甘く、将軍家としての自覚も薄かった。
「結局のところ、ロウザくんがこれまでずっとちゃらんぽらんだったのが、話をややこしくした一番の原因よね」
「先生は的確に儂の痛いところを抉ってきますな。さすがは名医でいらっしゃる」
さりげなく発せられたキュネイの小言に突き刺され、ロウザが呻く。
「故に、刺客を放って始末をつけようとした。この程度で死ぬようでは将軍の器にあらず。その程度の男だったということだ」
やり方はあまりに容赦なかったが、どれもこれもロウザの『力』を試す儀式でもあった。もちろん、末弟が半ばで倒れれば、その時こそランガが将軍になるつもりだったのだ。
だがロウザはそれを突破した。ランガを納得させるだけの才覚を見せつけたのだ。
「こやつはうつけには違いないだろうが、頭に『大』が乗るうつけであったようだ。その器の大きさを計り損ねた俺の負けよ」
「うつけ呼びはいい加減に撤回してほしかったりしますけどな!」
それは求めすぎじゃないかと俺は思ったりする。
「この長兄ランガ。末弟ロウザが将軍となる助力になることを、改めてここに宣言しようではないか。なに、俺が睨みを効かせている間は、こやつの軽すぎる腰も少しは落ち着こう」
「これはいささか手厳しいですなぁ……」
これでロウザの将軍座へ道は大きく進んだようだ。




