第二百九十六話 刺客の雇い主
戦闘中、気が付かない体の感覚が鈍くなれば、避けられるはずの攻撃も避けられず、防げるはずの攻撃も防げなくなる。平常のつもりで立ち回れば、意図せぬ麻痺が盛大に脚を引っ張る。
戦いが始まった当初は、人間には通ずる毒が魔族にも効果を及ぼすかが少し不安であったし、敵の半数近くが俺の方に集中した時は本気で焦った。だが、痺れ薬は効果を発揮し、動きが鈍った足止め係の魔族たちをアイナたちが早々に倒し、俺の助力に回ってくれたのである。
「そうか……俺は死ぬ気で貴様の槍を止めるつもりであったが、穂先は急所を外れた。あれは貴様が外したのではなく、俺が受け損ねたのか」
「やっぱりそうなのかよ……覚悟決まりすぎだろ」
グラムが、魔族たちが死ぬ気で俺を仕留めてきている──いわゆる『死人』となっていると伝えられていた。脇腹を抉った刺突も、別に仕留めるつもりなんてなかったというのに、急所ギリギリの位置を掠めたもんだからヒヤリとした。魔族の口ぶりからすると、本当に体を張って黒槍の動きを止めるつもりだったのだとわかり、ゾッとした。
そうしている内に、他の魔族全てが、アイナたちによって倒される。残っているのは俺と向き合っている一人だけとなった。俺一人であればともかく、こうなってしまえば魔族に逆転の余地はない。
「かくなる上は──ッッ」
状況の高いが不可能と踏んだ魔族は、ギリっと歯を軋ませると手に持っていた短刀の刃を首元に添えた。
──ヒュンッ!
「ぐぅっ!?」
けれども、刃が首筋を撫でるよりも早くに、飛来したナイフがその手に突き刺さり短刀が零れ落ちる。キュネイが投げ放ったものだ。ナイフが突き刺さった手を抑え彼女を睨みつける魔族であったが、その直後にはミカゲが踏み込むとその体を地面に押さえつけた。
「申し訳ないが、お前は大事な証人だ。死なれて貰っては困る」
ミカゲは手早く荒縄を取り出すと魔族の手足を縛り上げていく。
「……さっさと殺せ。言っておくが、何を喋るつもりもないぞ」
身動きを封じられた魔族は、俺を強く睨みつけてくる。
少し意外だったのは、向けられるもっとドロドロとした憎悪の感情だと思っていたが、この魔族からはその色が薄いような気がする。ただ単純に、罠に嵌め込まれて憤慨していると言った具合だ。
「おたくら魔族にはめちゃくちゃ恨まれてるんだろうけど、その割にはなんかあっさりしてるな、お前さん」
「…………………」
魔族は険しい表情のまま無言だ。これ以上は語りかけても今は意味ないようだ。黒槍を背中の帯に固定すると、俺はまた魔族に言葉を投げる。
「おたくが何も喋らなくたって構わないさ。とりあえず、依頼人ってのと顔合わせてもらえりゃ、あとの事はロウザがどうにかする」
その辺りについては、ロウザが自身ありげに語っていたからな。
実際のところ、魔族の生死についてはあまり重要視はしていようだった。大事なのは、ロウザを狙う刺客たちを俺らが制圧できるか。その如何が必要なのだという。
(グラム、頼む)
『おうよ。ちょっくら待ってな』
グラムに念話を向けると、俺とリードにだけ感じ取れる強い『念』が黒槍から発せられる。これで、村で待っているトウガを介してロウザに報せが届くはずだ。
ロウザとランガが護衛集や側仕えたちを伴って現れたのは、戦闘が終了してしばらくが経過してからだった。
「……いやまぁ、ユキナたちが全員無事であるのは重畳に違いないが──他はどうにかならなかったのか?」
「仕方がねぇだろ。持ってきた縄とかじゃ全然足りなかったんだから」
苦言を漏らすロウザが向ける先には、地面に置かれた魔族たちの『生首』である。
とはいえ、本当の生首ではないし、全員生きている。アイナが魔法で地面に掘った穴の中に放り込んで、首から上だけを残して埋めただけである。ロウザが言うように絵面は相当に酷くなったが、これが大人数を拘束する上で一番手間が掛からず、かつ効率的だったのである。
いくつもの物言いが込み上げるも、ロウザはグビッとの喉奥で飲み込んだ。
「──で、そいつが儂を狙っていた刺客共の首魁か」
まさしくお縄についた魔族が憮然とした表情のまま黙している。俺たちに捕まってからこれまで一言も喋っていない。仲間が土に(首だけ残して)埋められていく様を目にしても、顔を引き攣らせる以外はずっと黙り込んでいた。
「この様子じゃ、何言っても喋ってくれそうにないけど、どうするんだ?」
「先にも言ったろう。この刺客どもを倒せたと言う事実だけで十分であると」
ロウザは、離れた位置にいる将軍家長男に眼を向ける。
「ランガ兄上。この勝負、儂の勝ちという事で異論はありますまい」
末弟の言葉を受け、ランガはただでさえ険しい面持ちをさらに厳しくする。
やがては喉を唸らせ──。
「どうやら、そのようだな」
苦虫をすり潰して嚥下したような渋面を浮かべながらも、ランガは肯定を口にした。それを聞いたロウザは、普段の澄まし顔はそのまま──けれども、兄かららは見えない角度。背面で固めた拳を力強く握りしめていた。
エガワ将軍家長男、エガワ・ランガこそが、ロウザの命を狙う刺客を差し向けた犯人であったのだ。
「……すまなかったな、依頼人殿。仕事を果たせなかった」
「イブカよ、此度の仕掛けは当方が命じたこと。ロウザの策謀を見通せなかった俺の落ち度だ。責めはすまい」
無言を貫いていた魔族もついには観念したようで、依頼主に謝罪を述べる。仕損じたのは命じた自身の責任だと、ランガは認めた。




