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第二百九十五話 謀


 だがそこに付け入る隙がある。


 黒き槍が振るわれる度に、豪風が舞う。穂先を受けずともただ防ぐだけで骨が折れ肉が潰れるであろう。しかし当たらなければただ風を起こすだけの長物。


 無二の腕力を有するが、かといってその技量は卓越と呼ぶには至っていない。銀閃と蹂躙に比べれば及んでいないのは明白。ならば、刺客としての俊敏さと技量が合わされば回避するのは不可能ではない。


 もっとも、それもいつまで続くものでもなかった。


 技量が伴わなくともその一撃は必殺に等しい。僅かにでも擦れば、大嵐に巻き込まれた小舟の如く容易く弾き飛ばされる。


 狙うべきは、あちらが業を煮やし、本気で魔族(こちら)を潰しにかかる刹那。


 繰り返しになるが、最優先事項はユキナの命。


 逆を言えばそれ以外は些事と切り捨てる。


 その中には当然、イブカ自身らの命も含まれている。


 この場にいる魔族たちは玉砕覚悟でユキナを仕留めるつもりなのだ。


 無駄に使えばそれは犬死に他ならない。その使い所を、イブカらは見定めている。


 ユキナたちは見誤っていたのだろう。よもや、平然と命を捨ててまで自身らを殺しにくる者たちの存在がいることを。おそらくそれも感じとっているがゆえに、ユキナには焦燥が滲み出していた。


 そして、いちばん最初に命を投げ捨てるのは己であると、イブカは決めていた。


 他の者では止めるに至らず無駄に散るのみ。自分でなければ、ユキナを止めるに至らないと。


 言葉にせずとも、他の刺客たちにそれは伝わっていた。


 故に──。


「こんのぉぉぉぉっっっ!!」


 気勢を発しながら繰り出されるユキナの刺突。岩盤をも貫く威力を秘めているであろう一刺に、イブカは命の捨て所を定める。


 自身を射抜く軌道であったが、僅かに逸れたのか脇腹あたりを穂先が抉る。イブカはそのまま、黒槍を抱え込むように掴んだ。


「今だ! 俺ごとやれ!」


 ユキナの膂力であれば、黒槍を掴むイブカごと振り回すことも造作ではないだろう。ただそれでも、得物にかかる一瞬の増量に動作が遅れるはず。イブカが叫ぶよりも早く、身を挺した妨害に他の魔族たちが呼吸を合わせる。


 これで確実に黒刃の身命に刃が届く。


 ──けれども、その目論見は崩れる。


 荒れ狂う刃の鎖、飜る一閃、轟く爆炎がそれぞれ、ユキナに飛びかかる寸前であった魔族たちを薙ぎ払ったからだ。


 必殺を確信していた同胞が打ち倒される様を尻目に、イブカは仰天する。


 今のは間違いなく、ユキナの仲間による攻撃。手勢の半数が引きつけていたはずの彼女たちが、黒刃に助太刀をする余地は無いはずなのだ。


「まさか──」と視線を巡らせれば、己の他にこの場で立っている魔族の姿は数える程度。そのほかは全て地に伏していた。


「馬鹿な……あまりにも早すぎる────ッッ」


 足止めに徹し無理な攻勢は避けていたはずなのに、どうしてこうも容易く討たれているのか。少なくとも、戦闘が開始した直後では十分に引きつけていたはず。だからこそ己は身を張って黒塗りの槍の動きを止めようとしたのだ。


「せいりゃぁぁっっ!」

「──ッッッ!?」


 疑問が解に届くよりも早く、ユキナは黒槍を旋回させ、イブカを振り払う。無様に空中へ投げ出されるようなヘマはせず、器用に体勢を立て直し着地するイブカ。


「ぐっ……?」


 と、両足から音もなく地に降りたったイブカであるが、僅かにバランスを崩す。抉られた脇腹が痛みを発しているが、無視できる範囲。この程度で姿勢を乱すなどあり得ない。


 負傷の具合を確かめる為にさりげなく傷に手を添えると、血の滑り具合にギョッとする。戦闘中にも関わらず手のひらを見れば、手の平は魔族の青い血で塗れていた。その出血量は軽傷と呼ぶにはあまりにも多すぎる。


 そこで、イブカかはようやく己の身に起きている『異変』に気がついた。


 指先の感覚に違和感を覚え、そこから芋蔓式に身体の不和に行き着く。思考と動作に小さな齟齬が生じている。しかもそれは、刻一刻と体の先端部から全体部へと広がりつつある。


 イブカはハッとなる。


 重傷にすぐに気が付かなかったのも、着地を仕損じたのも。


 そして、手勢がこうもあっけなく倒されてしまったのも。


「貴様──謀ったな!」


 ユキナを睨みつけ、イブカは声を荒げた。




 魔族はようやく『自身が置かれた状況』を把握したようだ。


「ああ、謀らせて貰った」


『策』が功を成しはしたが、達成感はあまり無い。どちらかというと、罪悪感に近しいものが込み上げるくらいだ。


『それでもキッチリ仕上げるくらい、やっぱり相棒は抜け目ねぇよなマジで』


 今回の『これ』については、少々『運』に助けられた点もあった。


 ロウザを狙う何某がこの厄獣暴走スタンピートの騒ぎに乗じ、邪魔になる俺たちを奇襲しようと目論んでいる──その可能性に行き着いた時に、俺は思いついてしまったのだ。


 これは罠を仕掛ける絶好の好機(チャンス)なのでは、と。


「安心しろ。ちょっと体が痺れる程度の『毒』さ。明日にでもなりゃ、さっぱり抜ける」

「……悪鬼外道という噂は事実だったか」

「この瞬間だけに限ると、否定しにくいよなぁやっぱり」 


 効果としては俺が言った通りの、体の感覚が多少鈍る程度のもの。


 無味無臭ではあるものの、効果が表面化するには多少の時間が必要であるし、動けなくなるほどの強力なものでは無い。


 普通に使えば、対人戦であっても厄獣が相手であってもさほど意味がない代物だ。


 ──ただし、敵を待ち受ける上で『罠』としてなら話は別だ。


 女帝鎌兜との戦闘を開始した時点で、投擲ナイフを放つ最中にキュネイが薬剤を散布していたのだ。もちろん、俺たちは事前に調合された解毒薬を服用済み。また、アイナは風の魔法で毒が拡散しないように気流を操って貰っていた。


 結果として、何も知らない魔族は俺たちの前に姿を現し、知らない内に空気中に撒き散らされた毒を吸い込み続けていたのである。



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なんと卑劣な…
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