第二百九十三話 想定されていた展開
厄獣暴走の原因なり得る女帝を討伐し、それが生み出した鎌兜も大量に片付けた。鎌兜そのものの強さは特筆したものではなく、数の暴力さえなければあとはこの近辺の厄獣が処理してくれる。自然の自浄作用に任せれば、厄獣の異常な出没も無くなるはずだ。
「あと、しばらくはこの近辺への監督を強化し、時が過ぎれば以前の状態と変わらなくなると思います。それで近隣里の安全は確保されたでしょう。村の人たちも安心して森に入って来れるはずです」
「承知いたしました。では、私は配下を連れ、ひと足先にロウザ様の元へご報告に参ります」
掃討をあらかた終えた頃に再び現れたコマリに、アイナは現状を説明。大まかな今後の推移を予想を伝えると、護衛衆の棟梁は頷き撤退していった。
「みんな、大怪我をしなくて偉いわ。お姉さん嬉しい」
俺を含めて皆の負傷を確認していたキュネイは腰に手を当てて満足げだ。茂みの枝で軽く擦り傷を作ったり、厄獣の爪や突起で少し引っ掻かれたりはしたが、負傷は無いに等しい。
回復魔法で傷は回復できるが、被回復者の体力を少なからず消耗する。傷の度合いが大きければ大きいほど、その消耗は増えていく。どれほど優れた癒し手がいようが、やはり負傷がないに越したことはないのだ。
負傷が少なかった理由は、戦闘時間を短く出来たのが大きいだろう。
「時間をかければ、逆上した女帝鎌兜が群れを消しかけてくる可能性がありましたからね。その暇も与えずに仕留められて何よりです」
語るミカゲであるが、表情には仄かな苦味が混ざっている。以前に犬頭人が大発生した厄獣暴走においては、親玉であるコボルトキングと対峙している際に、子分をけしかけられたことがあったからだ。
苦い思いをしながらもミカゲがあの経験を語ったからこそ、アイナも役割分担を徹底した短期戦を提示したのである。
「結果的には皆さんの消耗も少なく済んで何よりです。ただ、ユキナさんにはご負担をおかけすることになりましたが」
女帝鎌兜を一人で引きつけたり、突進を受け止めたりと中々の重労働ではあったが、かと言って疲労困憊とまではいっていなかった。少しだけ全力疾走したくらいで余力は十分以上に残っていた。
「ま、あのくらいは任されるさ。ミカゲやリードと違って器用な立ち回りとか無理だし、俺」
ミカゲは言わずもがなであるが、その点で言うとリードも中々なのである。
『ただでさえ扱いが面倒臭い蛇腹剣なんぞを、動き回ってる味方にかすりもせず操ってるからな。空間の認識能力とかが優れてるんだろうよ』
手下を引き連れながら暴れ回っても、攻撃に巻き込んだりはほとんどないのだろう。であるからこそ、粗暴とはいえああして慕われているのだと分かる。
で、そのリードといえば、先ほどからずっとソワソワしている。
どこか心ここに在らずの様子で、蛇腹剣を鞘におさめもせず地面に向かっている切先がゆらゆらと揺れ動いている。先端の蛇腹が少し伸び、カチカチと揺れるたびに音を立てていた。
揺れる蛇腹の先を一瞥すると、ミカゲが刀を収めた鞘に手を添えながら言った。
「ユキナ様、そろそろではないかと」
「ああ、だろうな」
その言葉を口火にし、俺たちは穏やかな雰囲気をかき消しながら森のある一点を見据える。
僅かばかりの間を経ると、草木を踏み締める音ともに、陽炎のようにそいつらは姿を現した。
先頭を歩くのは猫背で陰鬱な男。けれども、油断も隙もない眼光が長い髪の間からギラリとこちらを睨め付けていた。
「全く、嫌になるな。森に入ってからここに至るまで、隙を見せないとはな」
舌打ち載せてから、男が吐き捨てる。
今は人間の姿をしているが、その正体は魔族。アークスで、俺とロウザが立ち合いした際の騒ぎに乗じて潜んでいた暗殺を目論んでいた男だ。一度会話をしたことがあるリードから人相を聞いていたので間違いないだろう。
「本来ならば奇襲で仕留めるつもりであったが……その様子を見る限り、俺たちが潜んでいると予想していたようだな」
種明かしをしてしまえば、何らかの拍子で仕掛けてくるのは想定内であった。それがあの時の魔族であることも。だからこそ、俺たちも厄獣暴走をなるべく体力を温存するように抑えて立ち回ったのである。
「うちには、可愛い指揮官様と、頭のおかしい策士がいるんでね」
──ちょうどこの頃に、ロウザが盛大にくしゃみをしたと後から聞かされた。
可愛らしい指揮官様は恥ずかしさに頬を赤らめ軽く咳払いをしてから、闖入者を油断なく見据える。
「おそらく、この地の異常も、その根幹たる厄獣暴走の兆候もも、それ自体は偶然なのでしょう。けれども、あなた方の背後にいる者は、この状況を利用しようと画策した」
俺たちを人知れずに、また余計な被害を出さずに始末するとなれば、こうした森の奥は格好の場である。厄獣の回収にまわっていた人足たちも、厄獣暴走の可能性が示唆された時点で支持し、村まで撤退させている。
「どうりで、張り付くのが楽だったわけだ。護衛衆の数が三男坊や他のところに手を回しているかと思っていたが、意図的に穴を作っていたか。……では、あの棟梁を先に戻らせたのも」
「あなたたちが仕掛けてくる機を、私たちが設けました。もっともその時点で、あなたたちも諸々に気がついたようですが」
「至った時点で、自らの未熟さに憤慨したよ。これでは、バエル達をとやかく言える立場ではなくなってしまった」
自身の技量に誇りを盛大に傷つけられたようで、悔しげに歯を噛み締めていた。
リードとスレイがずっと落ち着きなかったのも、魔族とその手勢がいつ仕掛けてくるのか、まだかまだかと楽しみで仕方がなかったからだ。姿を現した今では、飛び出したくてウズウズしているのが丸わかりである。ご馳走を目の前にした犬かなにかである。
『強欲っつーよりも、戦闘中毒なんじゃねぇ、あのコンビ』
それはきっと、本人の名誉のために言っちゃいけないやつだろうな。




