第二百九十二話 本気と書いてマジと読む
二十を超えた辺りから仕留めた数をかぞえるのやめてしばらく。
そのまま奥へと突き進めば、いよいよこの厄獣暴走の主が姿を現した。
犬頭人が厄獣暴走を引き起こす要因がコボルトキングであるように、鎌兜の厄獣暴走もやはり同族亜種の厄獣が原因となっている。
それが女帝鎌兜だ。
──ゴギンッッッ!!
「うぉぉっとぉ!?」
鎌兜が中型犬程度の大きさであるとすれば、女帝鎌兜は全長が十数メートルに到達する大型厄獣だ。特徴である前足の鎌は巨体に見合った大きさと凶悪な鋭さを有している。
黒槍で危なげなく受け止めたつもりであったが質量差で押し負けて弾き飛ばされる。尻餅をつくような無様こそ晒さなかったが、黒槍を握る腕にはじんわりと痺れが残っていた。
「でかいだけあるか、やっぱり」
『相棒、ぶちかましが来るぜ!』
グラムの警告の直後に、女帝鎌兜は後ろ足で地面を擦ったかと思うと、地響きを立てながら突進してくる。
直前に弾かれたこともあり、俺は受けではなく横へ大きく転がって回避する。女帝鎌兜はそのまま突き進むと大きな木に激突、巨大な角は一撃で幹をへし折り停止した。鎌兜の角が真っ直ぐな一本角であったのに対し、こちらは先端が二又に分かれている。間に獲物を捕縛し、壁や木の幹に叩きつけて仕留めるためだ。
突進の直進上に残っていた鎌兜を容赦なく踏み潰され、無惨な亡骸を晒している。
「コボルトキングと同じで、同族意識とかほとんどねぇよな、あいつら」
『だから厄獣って呼ばれてんだろうよ』
コボルトキングは犬頭人の雌に子供を生ませるが、クイーンハーミットは名の通りに雌個体。つまりはこの近辺で大増殖した鎌兜を実際に生み出した個体なのだ。一応、自分の腹を痛めて産んだはずなのだが、邪魔であれば情け容赦なく潰すあたりがやはり厄獣たる所以だ。
「他のみんなはどうなってる」
『順調に数を減らしてるぜ。こっちにくるまでもうちょいだ』
「じゃ、引き続き囮役として頑張りますかねっ」
俺という標的を一度失った大物は体を動かすと、離れた位置で魔法を放っているアイナに角の先端を向ける。だが、大兜が再び突進の構えをとるよりも先に俺が距離を詰め、黒槍の刃を叩きつけた。
甲殻は鎌兜に比べて遥かに頑強であり表面をへこませるに止まる。それでも、女帝鎌兜の注意をこちらに向けるには十分だったようで、くぐもった音を漏らし振り向きざまに大鎌を叩きつけてくる。
巨体を揺らし、鋭い鎌の先端で俺を突き刺そうと狙ってくるが、俺は回避しながらあえてその辺りに集まっている鎌兜の方に誘導していく。女帝鎌兜は俺への敵意で頭がいっぱいのようで、己を取り巻く子兵を鎌で貫き踏み潰しながら追いかけてくる。
──女帝鎌兜を発見した時点で、その周囲を地面を埋め尽くさんばかりの鎌兜が固めていた。
あれには流石の俺もちょっとゾワっとしたし、女性陣も顔色を悪くしていた。
アイナが立てた作戦はシンプルだ。
俺が女帝鎌兜の敵意を集めている間に、他のメンバーで取り巻きの鎌兜を殲滅。あの巨体と頑丈な口角を持つ厄獣の気を引くにはそれなりに大きな一撃が必要となってくる。であれば、考えるまでもなく囮役は俺が適任である。
ここに至る道中でも、鎌兜の殲滅速度はミカゲたちの方が早かった。単純に得て不得手や戦い方によるものだ。
十分に鎌兜の数を減らしたら、全員で一気に女帝鎌兜を仕留める算段である。
コマリは、俺たちであれば殲滅可能と評価していたが、あれはちょっと卑怯であろう。
数が多いのは覚悟していたが、そろそろ仕留めた数が三桁に上りそうな気がする。これだけの数を相手にするとなると、もっと大規模な戦力を編成するのが妥当だ。
『リードとアイナがいなかったら、やってられねぇな』
「範囲攻撃できるの、あの二人だからな」
アイナの魔法とリードの蛇腹剣は、この状況において非常に頼りになっていた。コマリもその辺りを見越しての判断であろう。それにしても随分と腕を買われたものだ。
他の皆が鎌兜の大部分を引き受けてくれているとはいえ、俺の方にもそれなりの数が襲いかかってくる。それらについては、女帝鎌兜との戦闘に巻き込んで同士討ちを狙う。もっとも、主と子では明らかに大きさが違い、もはや蹂躙に近い形だ。女帝としては、後でいくらでも増やせるから多少の被害など気にならないのだろう。
そこからしばらく鎌を振り回していた女帝鎌兜であるが、己の鎌を擦り合わせて憤りを発すると、再び突進の体勢に移った。前足を地面に突き刺して体を固定しながら後ろ足で地面を何度も蹴り、角の向き先を俺に合わせる。
俺は突撃の機を見計らい、回避のタイミングを考えるが。
『いや、ここ避けずに受けろ相棒!』
「本気で言ってんのか!?」
『本気だよ!』
もちろん戦闘中にグラムがこの手の冗談を叫ぶはずがない。
腹を括った俺は黒槍に重量増加を乗せる。女帝鎌兜が地面を揺るがし、大角を俺にむけて駆け出した。二又の大角を正面から黒槍で受け止めると、とてつもない圧が押し寄せてくる。
「ぬぎぎぎぎぎぎいぃぃぃぃぃぃっっっっ」
突き刺さった黒槍が地面を裂き、俺の体ごと押し出されるが、腰を落として全力で踏みとどまる。やがては突進の勢いも失われていき、どうにかこうにか女帝鎌兜の突進を防ぐことに成功する。我ながらであるが、馬鹿力がそろそろ人の領域を越え始めていないかと、戦々恐々なこの頃である。
『阿呆か! ぼさっとしてんな!』
「わかってんよぉ!」
女帝鎌兜の武器は大角だけではない。鋭い鎌を振りかぶり、こちらを貫こうと翻る。俺は黒槍を踏みつけ、屈伸の勢いで一気に飛び退いた。
地を二転三転し、口に入った土を吐き出し急ぎ体勢を立て直した俺であるが、いつの間にか間合いを詰めていた女帝鎌兜は今度こそ俺を叩き切ろうと肉薄する。
「させねぇよぉっ!」
しかし、俺が腰の大鉈を抜いて身構えるよりもさらに早く、遠方から飛来した鎖──蛇腹の刃が振り上げられた大鎌に絡みつくと、その動きを宙に肯定した。
「やれっ、銀閃!」
「せいやぁぁぁっっ!」
鎌の動きを蛇腹で止めたリードが叫ぶと、ミカゲが駆け抜けて刀を一閃。頑強な殻の細い節目を見事に両断してみせた。
だが、女帝鎌兜は怯む様子もなく、残った大鎌を振りかぶる。
「氷結嵐!!」
そこへ、アイナの強力な魔法が襲いかかる。超低温を宿した突風が厄獣を撫でると、健在だった鎌ごとその半身を凍り付かせた。
グラムがあえて回避ではなく防御を提示したのはこれのためか。
『あらかた小物の殲滅が終わったからな。あそこで大物の動きを止められりゃぁよ』
黒槍を呼び寄せ、支えにしながら立ち上がると背中に手が添えられる。
「大丈夫? やれそう?」
「『無茶するな』とは言ってくれねぇのな」
「こんなの、もう『無茶』の範疇に入らないでしょ」
「確かに」
キュネイの回復魔法に包まれ、ほのかな温もりと共に四肢に力が入る。腕の痺れや節々の痛みもこれで消え失せた。
ミカゲたちは請け負った鎌兜の郡をほぼ討伐し終え、こちらの加勢に来たのだ。グラムのおかげで上手い具合に不意打ちが通り、巨体の動きが大きく鈍った。
『さ、ここできっちり締めねぇと、後で笑いモノにされるぜい』
「うちの子たちはそこまで性格悪くねぇよ」
いや、リードはちょっとどうか分からないけども。
笑われはしないだろうが、それでも仕損じれば恥ずかしいのは変わらない。
大鎌の片方を切り落とされ、もう片方は半身ごと凍らされ、それでも女帝大兜は最後の力を絞り、大角を振り翳そうとする。
「悪いが、これで終わりだっ」
女帝大兜が本格的に動き出すよりも早く、俺は駆け出すと大角の先端──二股を足場に飛び上がり、重量増加で超重量となった黒槍の切先を脳天に突き刺した。




