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第二百九十二話 頼り甲斐のある仲間がいて助かります


 コマリの先導で森の奥深くへと足を運ぶと、それまで見なかった厄獣が姿を現した。


「でましたな。あれが『鎌兜』です」


 アークスでは『鎌兜(シックルホーン)』と呼ばれる、昆虫型の厄獣だ。


 一言で表せば、でかい甲虫(カブトムシ)である。


 通常の甲虫と異なるのは、前の二本足が蟷螂の鎌のように鋭く発達している点。後ろの四本の足で器用にバランスをとって歩行する。


「見てくれだけは、割とカッコいいんだけどなぁ」

「男の子とか大好きよね、ああいうの」


 俺が率直に述べると、キュネイが呆れた風に言った。男はどこまで行っても、かっこいいツノの生えた虫とかが好きなのだ。そこに鎌まで持ってたら最高である。


 年頃の少年たちにとって憧れの存在になりそうではあるものの、鎌兜は紛れもなく厄獣である。雑食で木の蜜なども食べるが、当然の如く肉食にも適応している。立派な一本角と左右の鎌を用いて獲物を貫き切り裂き、仕留めて捕食するのである。


「これより先は鎌兜(やつら)の縄張りにございます」

「分かった。コマリ、あんたは下がっててくれ」

「畏まりました。皆様、ご武運を」


 コマリは数歩下がると音もなく跳躍し木の枝に飛び移ると、そのまま木の葉に紛れて姿が消える。跳んでから消えるまでを見続けていたはずだが、最後に姿が失せる瞬間はほとんどわからなかった。


 護衛衆の棟梁だけあってコマリの腕は確かだろうが、万が一の事態が起こった際に、ロウザへの伝令に向かう必要がある。戦闘に参加せずに遠間から俺たちを見守る役だ。当人が申し訳なさそうに言っていたが、アイナが一番に納得したので俺たちも特に異を唱えなかった。


 そして────。


「おらおらおらぁぁぁっっ! もっと掛かってこいやぁぁ!!」

『うひゃひゃひゃひゃっひゃ! 入れ食いってのはこの事だなぁぁぁぁ!』


 押し寄せてくる厄獣を前にして、リードはここぞとばかりに活き活きとし出し、剣の刃を無尽に伸ばしていく。蛇腹剣(スレイ)もついには起き出し、笑い声を撒き散らしながら厄獣を切り刻んでいく。やたら滅多らと蛇腹を動かしているように見えて、仲間には掠りもせず的確に鎌兜を仕留めていく手腕はさすがの一言である。


 平時であれば、鎌兜の甲殻はなるべく傷つけないように仕留めるのが稼ぎの鉄則だ。甲殻に処理と加工を施せば細工の材料にもなるし、立派な角や鎌も武具として活用できる。


 リードに倒された鎌兜は甲殻も角も鎌も容赦無くズタズタになっており、ほとんどが素材としての利用は不可能になっている。傭兵としては稼ぎを大きく減らす行為ではあるが、こうも大量に襲ってくれば、気を付ける(いとま)などない無い。


「にしても、あいつら楽しそうだな」


『群れ』との戦闘が始まってからかれこれずっと、リードたちのテンションが上がりっぱなしだ。蛇腹の刃が擦れ合う甲高い音の響きがその証左とも言える。

『道中も別に不満はなかったろうが、厄獣の損耗を気にしなくていいってんだからな。モチベもあがらぁな』


 グラムの声を受けながら、正面から飛びかかってくる厄獣をまとめて黒槍で叩き割る。


 リードたち(あいつら)ほどでは無いにしろ、素材への配慮をしないですむのは気が楽かもしれない。もっとも、後から後から虫が襲ってくる状況は、犬頭人コボルトが押し寄せてきた時とはまた別の意味ですこしゾッとする。


 男の子は確かに甲虫が好きだが、それがこうもゾロゾロとやってきたら悲鳴の一つもあげるに違いない。


 それでもかつてよりも落ち着いていられるのは、あの時とは違って孤立無縁では無いからだ。「疾ッ」 


 無造作に並ぶ木立の間を駆け抜け、すれ違いざまに鎌兜を斬り捨てていくミカゲ。狙うのは硬い甲殻と甲殻の隙間。柔らかい肉がわずかに除く節目。移動しながらの斬撃であるはずなのに、的確に弱い部分に刃を滑らせていく。


「左でも流石の腕前だな」

「いえ、まだまだ精進あるのみでございます」


 ミカゲは先日の怪我の影響で、まだ右腕の感覚がもとに戻っていない。一度、腕が体から離れるほどの大怪我は、たとえ回復魔法で神経も傷も完治しても、以前と全く同じ状態にするには時間がかかるのだ。


 しかし彼女はその状態を機に、利き腕とは逆の腕で刀を振るっている。常に万が一を想定し、左右どちらの腕でも万全に刃を扱えるようにと鍛錬中なのだ。船での移動中も左で刀を扱い続けて、いよいよ実戦での調整だ。


 厄獣には申し訳ないが、ただの素振りや見立ての木人より、生きた標的を斬り付ける方がはるかに経験が稼げるのは確かである。


「新手が来ます。左手の四つは私が、正面の三つはお任せします」

「了解ッ」


 アイナの指示を受けた俺が身構えると、宣告の通りに三体の鎌兜が茂みから飛び出してくる。鎌を振り上げて襲いかかってくるが、それごとまとめて甲殻を叩き割る。一方でアイナといえば、俺らから見て左手側から迫り来る四つの厄獣に杖を向けていた。


氷槍(アイスランス)! 大地圧縮(ガイアプレス)!」


 杖の先端から発せられる鋭い氷の槍が三つの鎌兜を突き刺さり、内側から凍り付かせる。残る最後の一つが勢いよく飛びかかるが、その最中で地面から生じた土塊の二枚板に両側から挟まれて圧殺される。


 アイナが魔法を使う光景は実に凛々しく美しいのは確かなのだが、使っている魔法が割とエグいせいでかなりシュールな光景だ。周囲が木々に囲まれていることもあり、延焼の危険を回避するために、炎系は控えて氷や土属性の魔法で厄獣に対処している。


「ここを凌げば、しばしの小休止になります。それまで皆さん、油断せず対応をお願いします」


 攻撃と並行して風の魔法を辺り一帯に張り巡らせており、増援の接近や位置関係も常に把握しているらしい。


 彼女が逐一に周囲の状況を報告してくれるおかげで、俺たちも必要以上に警戒をせずに目の前の厄獣に対処ができる。


 ……気を引き締めてから、はっとなり改めて魔法を使っているアイナの方に眼を向ける。


 攻撃魔法を継続しながらも、アイナは常に魔法で索敵を継続しているのだ。つまりは最低でも二種類。多ければ三種類の魔法を同時に制御しているのである。


「複数の魔法を同時展開って……よくよく考えなくても凄くね、あの子」

『指揮官向けの素養もあって、並列思考の脳内容量がとんでもねぇぞ』


 左手で文字を書きながら右手で別分野の絵を描いているようなもんだ。しかも、一つ一つの魔法が澱みない上に、戦況の把握しながら的確な指示も出している。俺も戦いながら多少は辺りに気を配れるようになってきているが、アイナのやっている事は()が違う。


 俺の視線に気がついたのか、アイナは勇ましくも可愛らしい笑みを浮かべる。


 ほんのり和みそうになったのはここだけの話である。


「……みんなが頼り甲斐ありすぎて、なんだか私だけ何もしてないようで申し訳ない気持ちになってくるわ」


 と、言葉を漏らしつつも、キュネイは手持ちの投擲ナイフを放ち、随所で鎌兜に突き刺さっていた。麻痺作用のある魔法を付与しているようで、甲殻に浅く突き刺さるだけでもかなり動きが鈍くなる代物だ。


 十分に助かってはいるのだが、地味な効果であるだけにキュネイとしてはちょっと不満があるらしい。


「回復要員が最前線で大きく戦果を立てるのも変でしょうに。あなたがいるから、我々も多少の無茶ができるというものなんですから」


「それはそうなんだけどね……って、無茶をするのを前提で戦うのはやめなさい」

「っと、これは失言でした」


 ミカゲも冗談混じりではあるが、キュネイが背後に控えていてくれるから腰を据えて戦えるというのは間違いない。キュネイには事前に肉体への補助魔法を付与してもらっており、その維持も行なっている。おかげで体力の温存ができるのだから大助かりだ。


 こうして改めると、リードの参入だけでなく全員の成長もあって、傭兵活動を始めた頃から比べて仲間(パーティ)として一層の厚みが増したように感じられる。


『こりゃ相棒も負けてられねぇな。うかうかしてたら、ベッドの上だけじゃなく日常でも尻に敷かれちまうぜ』


「余裕かっ! アホな事ぼやいてないで真面目にやれ!」

『真面目にやるのは、俺じゃなくて黒槍(おれ)を使ってる相棒だけどな』


 愉快に屁理屈をこねくり回すグラムに辟易をしながらも、そうした軽口が俺の気負いが必要以上になるのを防いでくれるのは確かなのだ。その辺りはグラムもわかっててやっているのだろう。


 各々が成長していく中で、変わらない関係(もの)もあるのだと知りながら、俺は黒槍を振い続けた。


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