第二百九十一話 演目の始まり
リードと一緒に厄獣を狩猟してから、どうにもひりつく空気が肌に触れていたのだ。災厄の封印がまるで関係ないとすると、思い出すのはブレスティア近郊の森で発生した厄獣暴走だ。
「なんだか懐かしいわねぇ……って、和んでいい話でもないけど」
俺とミカゲ、キュネイの関係に大きな影響を与えた大きな契機ではあるが、流石に彼女も懐かしさに浸る気になれる状況ではないと苦笑した。
「おっしゃる通り。人里から遠く離れた森の奥深くに、他所から流れてきた大物とその子らが根付いております」
一種の厄獣が大幅に増加したことで、それらの餌となる動植物が急激に減少。煽りを受け餌を求めた他の個体が、村の近辺まで出没するようになった。大物がどこから流れてきたかまでは流石に調査しきれなかったようだ。
『そこまでは高望みが過ぎらぁな。原因が確定しただけでも十分すぎる』
グラムの言葉に内心で頷いていると、ミカゲが口をひらく。
「程度としてはまだあれほどの規模には届いていないでしょうが、時間を掛ければ深刻な被害を招きかねません」
厄獣暴走は早期発見と対処が肝心だ。
俺たちがこれまで狩猟してきた厄獣は種類がまちまちで、元からここに生息していたものばかり。増え始めている問題の厄獣とその子らは、まだ森の奥に留まっているということ。ということは、異変は生じてもまだ程度は軽い。
「コマリ殿。あなたの所管で構いません。この場の戦力にある戦力でどうにかなり得る相手でしょうか」
「油断は出来ませんが、今なら皆様方の実力で対処は十分に可能であると、私は判断しております」
逆を言えば、これ以上の時間が経過すると俺たちだけでは収拾がつかなくなる。
人手不足で俺たちにお鉢が回ってきたくらいだ。ここから人数を募り、討伐部隊を再編成するとなると時間がかかる。
であれば、この場にいる面子で厄獣暴走の根っこを早急に刈り取るのが上策だ。
「こりゃぁ、ランガの旦那には報酬にたんまりと色をつけてもらわなけりゃな」
既にリードはやる気を出しているようで、ミカゲを含む他の面々も同様のようだ。俺としても、このまま『親玉』討伐に乗り出すに異論はない。
「承知しました。ではその旨、ロウザ様にお伝えしましょう」
俺たちの意思表示に頷いたコマリが手を挙げると、耳にほんの微かではあるが枝葉の揺れる音が触れた。
『潜んでいた護衛衆の一人だろうぜ』
伝令としてロウザの元に向かったようだ。
「案内はお任せを。化生の仔細については、道中にてご説明いたします」
コマリの先導に従い、俺たちはさらに森の奥へと向かった。
──時は戻って。
「ご歓談の最中、失礼仕ります」
張り詰めた空気の中に割って入ったのは、文字通りに戸を開いた男の声であった。この場に居なかった護衛衆の一人である。ロウザが目配せをすると「構わん」とランガも頷く。
恭しくも手早く頭を下げると、護衛衆は急ぎロウザの元に参じ耳元に囁く。
「………………」
「ほほぅ。そうなっているのか……」
護衛衆の囁きに耳を傾けるロウザはしきりに頷く。
「──して、如何なさいましょうか」
「現場の采配は黒刃らに任せるとしよう。ただ、他に急報が入れば、次からは断りを入れる必要ない。最優先で儂に伝えよ」
「承知いたしました」
指示を受けた護衛衆はもう一度頭を下げてから、足音もなく出ていった。
「どうしたものか」とロウザは頭を掻きながら思案を巡らせてから、ランガへと向く。
「兄上。こいつはもしかすると、ただの厄獣狩りでは済まなそうですぞ」
「……詳しく聞かせろ」
ロウザは今し方に護衛衆から聞き及んだ厄獣暴走についてを報せる。
話を聞いたランガは、ただでさえ深かった眉間の皺がさらに深く掘り込まれる。
「そんなに眉間に皺を寄せていると、いつか突き抜けてしまいそうですな」
「やはり斬り合いでの決着を所望のようだな」
ギロリと、鋭いと呼ぶには些か切れ味がすぎる視線に晒されて、「冗談でございますよ」ロウザは肩を竦めた。
「ちっ」と舌打ちを交えると、内心の苛立ちを誤魔化すようにランガは酒を煽る。
「もしや、心当たりでも?」
「ここの領主が俺に泣きついてきた時の様子だ。今にしてみれば、妙に焦っていたように思えてな。ようやく合点が入った」
定期的な厄獣の排除は、国が領主に命じている義務。化生の氾濫は、常日頃から掃討を行なっていれば通常は起こり得ない。少なくとも、真っ当に役をこなしていれば、異変についても掃討の過程で早期発見できて然るべきである。
「とすると、領主がその役を怠い、余った費用で懐を暖めていた。兄上はそうお考えですか」
バキンっと、音を立てて砕けたのはランガが手にしていた盃。大太刀振るいで分厚くなった手の皮は破片で傷ひとつつくことなく、むしろさらに握り込まれて粉微塵になっていく。それだけランガの憤慨を如実に語っていた。
「この辺りは化生の出没が少ないと、たかを括っていたのだろう。……まったく、この俺に己の尻拭いをさせようとは、実にイイ度胸だ」
「まだそうと決まったわけではありますまい。此度の件が収束次第、改めて調査をし事実関係をしてからでもその大太刀を振るうには遅くありますまい」
ここでロウザが制止しなければ、ランガは今すぐにでも大太刀を引っ掴み領主の屋敷に踏み入りそうな勢いであった。従者が慌てて用意した新しい盃を手に取ると、ランガはこぼれるのも構わずに乱雑に酒を注いで飲み干す。
「座して待ちましょう。『互いの駒』が果たしてどのように動くのか。ココからが演目の本番でございます」
ロウザは心底愉快と言わんばかりに盃を掲げながら、鷹揚に喉に酒精を流し込んだ。




