第二百八十九話 器量の測り方
常に不真面目で不届きを謳っていようとも、ロウザは筋を違えるような男ではない。このランガを前にして、単なる冗談だけで『力』という言葉を吐き出すほど愚かではないはずだ。
漂う緊迫な空気を破るように、ロウザは握った拳でポンと手のひらを叩いた。
「そうだ。ちょうど良い者が居ます。我ら自身ではなく、我らの臣下でもない。それでいて、競いあわせるに足る腕のある者たちが」
「馬鹿をいえ。そのような都合の良い者たちが──」
愚かの類であったかと、やはり買い被りが過ぎたなとランガは吐き捨てようするが、ロウザの顔を見て言葉を途切れさせた。
「将軍ともなれば、その器量は自身のみならず、付き従う臣下らの才覚も問われましょう。であれば、外から新たに何某を招き入れる裁量にもまた、支配者の器量が伺えると、そう思いませんかな、ランガ兄上」
あまりにも不遜で不敵な笑み。全てを見透かし全てを知り得たと言わんばかりの様に、ランガは喉の奥を低く唸らせた。
────時は、少し遡る。
結構な数の厄獣を討伐したところで、一旦キュネイたちと合流。あっち側も同程度のペースで狩っていたようで、合わせるとかなりの量になる。
「最近は人間相手に斬った張ったが多かったから、厄獣狩りが妙に新鮮に感じる」
仕留めた厄獣を回収していく人足たちを眺めながらボヤく。とてもじゃないが、俺たちだけで運び切れる数ではない。本来なら結構な数の傭兵が合同で行う作業量だ。
「ユキナ様。リードはちゃんと仕事しておりましたか?」
「獲物にちょいちょい荒い傷は作っちゃいたけど、概ね真面目にやってくれたぞ。その辺りはさすが二級傭兵ってところだな」
「そうだぞ銀閃。お前はちょっと俺ちゃんに厳しすぎる」
ミカゲの問いに答えると、問題児扱いされたリードはプンプンと文句を述べた。実際のところ、彼女が居てくれたおかげでかなり助かった部分もある。
『手下を率いてた経験だろうな。ああ見えて、誰かしらと歩調を合わせるのが上手いのかもしれねぇ。雑な時はくっそ雑なのはそうなんだろうけどよ』
蛇腹剣という癖の塊みたいな武器ではあるが、扱いには相当な技量と広い視野が求められる。傭兵団の団員たちを傷つけないように存分に蛇腹を振るっていたのであれば、背中を預けて心強い相手には違いない。
「やはり、人里がそばにあるにしては厄獣の数が多過ぎますね。これだけ出没するのであれば、村に狩人衆の駐在所を作る必要が出てきます」
「その辺りについちゃロウザたちお上の領域だ。俺たちができんのは、軽く口添えする程度だろうよ」
「ぶっちゃけ、一時的なもんかもしれねぇしな──って、アイナちゃん。顔色がよろしくねぇけど、大丈夫か?」
明るい雰囲気の傭兵三人ではあったが、一方でアイナの表情は優れなかった。
理由はわかっている。彼女たちも、村人の亡骸をいくつか発見していたからだ。
死体の場所も既に伝えてあり、こちらも人足らが運び出している。ただ、藁を被せられた姿を見送るアイナの表情は、見ているだけこちらが胸が締め付けられる悲痛が含まれていた。
未だに顔を伏せているアイナの肩に、キュネイが手を置く。
「気に病まないで──とは言えないけど、気負い過ぎないで。亡くなった人たちには申し訳ないけれど、私たちではどうしようもなかったんだから」
「……分かっては、いるつもりなのですが」
アイナとて、必要に駆られた状況であれば悪党に対して攻撃魔法は躊躇わない。だがやはり、無辜の民から犠牲者が出ているとあらば話は別なのだろう。俺だってあえて明るく振る舞っているが、森の中で村人の亡骸を見つける都度に胸の奥が重たくなっていった。
「そう言うキュネイちゃんは大丈夫なのかい?」
「私はほら、これで『医者』だもの」
「そうか……いや、悪い。変なこと聞いちまったな」
どこか悲しさを滲ませた笑みのキュネイに、リードは謝った。
町医者の域にとどまらず、アークスで随一の腕を持つキュネイではあるが、そんな彼女でも救えなかった者はいる。俺が一緒に住んでからも、そう言う場面に幾度かでくわしている。掛ける言葉も見つからない俺にできる事といえば、黙って彼女の隣に寄り添う程度だった。
救えなかった者に囚われて、救える者を見誤っては駄目だと、キュネイは言うのだ。
「私のせいで妙な空気になってしまいましたね。気落ちするのは後回しです。今は請け負った仕事に専念しましょう」
パンっと手を叩いたアイナが、凛とした声を発する。
王位継承の座から離れているとはいえ、それまでに培われた王侯教育は彼女の中に根付いている。人の死に悲しむ前に、成すべき成さなければならないのだと教わっているのだ。
『個人の生死に振り回されてちゃぁ、万人を導く王族なんぞ務まらないからな。それでいて、誰かの死から目を逸らすつもりもない。立派な姫さんだぜ、本当に』
アイナの気丈な振る舞いに皆が頷いた。
その様を眺めながら、不意に込み上げたのは我が身の顧みだ。
リードにも言ったが、ただの一介の新人傭兵が今や国の趨勢に関わるようになるなんて、あの頃は考えもしなかった。しかもこれだけの凄い仲間に囲まれてだ。我ながら、ちょっと数奇すぎる道のりを辿っている自覚はあった。
『行く先々で面倒に巻き込まれる相棒の悪運についちゃぁ、俺もたまに恐ろしくなる』
問題はそこなんだなぁ、と。
しかも、ついつい首を突っ込んでしまいたがるお節介な己がいるのである。
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「災厄の封印場所がここにあるって、都合のいい話はねぇよな」
自身の悪運を顧みて、口からぼやっととんでもない可能性が漏れ出した。




