第二十六話 銀の光のようですが
「ああ、なるほど。銀閃ってそう言う意味か」
目を丸くする俺とは対照的に納得した風なグラム。
その後もコボルトキングは銀閃を葬り去ろうと何度も腕を振るい爪で引き裂こうとするが、銀閃は落ち着いた様子でそれらを回避。その合間に銀の閃光が煌めき、その都度でコボルトキングの体躯に傷が増えていく。
おそらく、あの銀の光が原因なのだろうが──。
「カタナを鞘から引き抜く動作とその時の手首の返しを利用して、通常よりも格段に早い剣速を得てるんだ。相棒が辛うじて捉えてるのは抜刀されたカタナの残像だ」
銀閃とはつまり、恐るべき速さで振るわれるカタナの〝煌めき〟から取られているのか。遠目から見ているから辛うじてあの光が見えているが、おそらく相対しているコボルトには視認できていないのではないだろうか。
時が進むにつれて傷が増えていくコボルトキング。対して奴の豪腕は一度たりとも銀閃に届いていない。
状況は銀閃の優勢。誰がどう見ても彼女の勝利は揺るぎない。
「…………」
だが、俺の胸中には未だ不安があった。
「……このままじゃマズいな」
グラムが不穏な言葉を漏らす。
「さすがは二級傭兵って言いたいところだが、これ以上に戦闘が長引くとヤバいぞ」
「ヤバいって、銀閃が優勢じゃ……」
「俺の予想が正しければ──」
先を聞く前にコボルトキングが一際大きな悲鳴を上げた。見れば、コボルトキングの左目が深く切り裂かれ、血が溢れ出している。左目の視力は確実に失われたことだろう。
左目を押さえながら後退るコボルトキング。
それを好機と見たのか、銀閃は一気にケリを付けようと腰を深くし踏み込みの溜めを作る。
だが、銀閃が駆け出すよりも早くにコボルトキングが咆吼を発した。今まで聞いた中で一番に大きく、そして魂を揺さぶるような轟き。
気勢を削がれたのか、銀閃の踏み込みが止まった。
「馬鹿野郎! そこで踏みとどまってんじゃねぇぞ狐ッ娘!!」
それを見たグラムが焦燥感を含ませた叫びを上げる。
グラムの声が届いたのか、銀閃が驚いたようにこちらを振り向いた。だが、俺たちに対して何か反応を示すよりも早くに状況が激変した。
それまで立ちすくむように銀閃とコボルトキングの戦いを傍観していた犬頭人達が、一斉に銀閃へと殺到しだしたのだ。
突如として襲いかかってくる犬頭人達に銀閃は驚くも、すぐさま手近に迫っていた何頭かを血祭りに上げる。だが、波のように押し寄せてくる犬頭のせいで最大の敵であるコボルトキングへの道が絶たれてしまった。
「なんでこんな急に!?」
この瞬間にも犬頭人達は銀閃によって殺され続けているというのに、仲間の屍を踏み越えて更なる犬頭人が銀閃に襲いかかる。俺の時と似たような状況だが、決定的に違うのは犬頭人のどれもが死んだ仲間の遺体に見向きもしないこと。
厄獣暴走が起きている以上、奴らの根底にあるのは飢餓による食欲のはずなのに、足元の餌よりも銀閃へと自殺紛いの特攻を優先させていた。
「あのデカブツが手下どもをけしかけたんだよ!」
「けしかけるって、さっきまで明らかにあいつら銀閃に恐怖してただろ!」
「その恐怖をコボルトキングの支配権が上書きしたんだよ!」
そうか。コボルトキングの脅威的な繁殖能力によって増えたのならば、この場に存在している犬頭人の大半がコボルトキングの子供。そしてさっきの咆吼はその手下達に指示を送るためのモノだったのか。
「って、子供に特攻させる親とか鬼畜か!?」
「厄獣に親子の愛情とかあるはずねぇだろ!!」
言い争いに近いやり取りをしている最中にも、犬頭人は銀閃に襲いかかる。
一対多の状況であっても銀閃は次々と襲い来る厄獣を切り捨てていく。傭兵としての活動の中に、似たような状況もあったのだろう。遠目から見る限りその動きによどみは無い。
「いや、徐々に動きが悪くなってきてる」
「やっぱり、あれだけの数を相手にしてりゃぁ体力も削られる」
「それだけじゃねぇ。得物の問題だ」
得物って……カタナのか?
「カタナは質量で叩き切るんじゃなくて、鋭さで切り裂く性質の剣だ。こうも大量に犬頭人をぶった切ってりゃぁ、いくら使い手が腕達者でも血糊でカタナの切れ味が鈍ってくる」
よく見れば、銀閃の表情は徐々に険しさを帯び始めていた。それも、犬頭人を断ち切った直後が一際険しい。おそらくグラムの言葉が正しいのだろう。
そして──。
「────ッ!?」
それまで淀みを一切見せなかった銀閃の動きが止まる。振るった一太刀が犬頭人の躯を両断すること無く、半ばで止まってしまったのだ。
銀閃は歯噛みをし、犬頭人の躯に足を引っかけ、力任せに刃を引き抜く。躯の半ばまで刃を食い込まれた犬頭人は息絶えたものの、その後に更に襲いかかる犬頭人への対応が遅れる。
態勢を立て直そうと必死の形相になる銀閃に、大きな影が覆い被さった。
度重なって襲いかかってくる犬頭人と武器の不調に気を取られ、本命であるコボルトキングの接近に反応できなかったのだ。
「マズい!!」
俺は咄嗟に声を発していた。
コボルトキングは腕を振り上げ、ようやく振り向いた銀閃へと腕を叩き付けた。辛うじて飛び退いてコボルトキングの腕を避ける銀閃。一方で逃げ遅れた犬頭人の数体が豪腕の振り下ろしに巻き込まれ、肉片を撒き散らしながら叩きつぶされた。
転がるようにして地面に着地した銀閃はすぐさまコボルトキングの方へと向き直り剣を構えようとする。だが、立ち上がろうとする寸前でがくりと膝を屈した。
「やべぇぞ相棒! 今ので足をやられやがった!」
銀閃の足を見れば、太ももの辺りが真っ赤に染まっていた。銀閃の歯を食いしばっている表情から、決して浅くない傷だと分かった。
手下の血で腕を真っ赤に染めたコボルトキングが、地面に食い込んだ爪をゆっくりと引き抜くと銀閃に近付く。
銀閃はどうにかその場から離脱しようとするが、犬頭人が襲いかかる。足が使えない以上、カタナだけを振るって犬頭人を迎え撃つが、その場から離れることが出来ない。
「────ッッ!!」
──気が付けば、俺の躯は動いていた。




